マッスル書店へようこそ！

えぶりばてぃ マッスル！

　目の焦点を合わせてはならない。
　そこは、筋肉地獄だ。
　自己モザイクの向こうでフンフン勇ましい掛け声を掛けながら本因坊店長が、ライバルの放出さんと仲良くトレーニングしている。

　本屋なのに！　てか、放出さんは、自分の中古車販売の仕事を放り出して何やっているのだか。

「佐々木君！　どうしたのだ！　今日も元気ないな！」

　真っ白な歯をニカッと見せて本因坊店長が笑う。
　
「本因坊店長達は、今日も元気そうですね」
「それはそうだ！　日々筋肉と会話して小さな変化も逃さないからな！」

　筋肉と会話？　筋肉が話す？
　いやいやいやいや。どういう状況だよ。

「さすが本因坊店長！　抜かりありませんね！」

　すっかり馴染んでいる太秦さん。「レジ殺し」の異名を俺につけられた太秦さん一人では、とてもまだ店番を任せられず、太秦さんの入る時は、本因坊店長か俺が一緒に店にいる。

　インドに行った中書島先輩、元気かな？
　早く帰ってきてください。
　すでに使えなくなったレジの開きは、一ダースを超えました。

　ふと、書棚に目を向けると、遠藤周作の「深い河」が目に入る。
　ガンジス河に愛を求めて旅する人々を描いた長編小説。ガンジス河で人々は、出会い別れ、見つめて精神の旅をする。ガンジス河のほとり。それはそれは、深く考えさせられる、深い深い旅が、遠藤周作の手によって描かれる。

　この本が気になるのは、中書島先輩のことを思い出したからだろう。

　インドに行った中書島先輩。彼女も、遠藤周作の描いた小説に出てくる人々のように、一つの精神の旅を経て、大きく成長して帰ってくるのかな。


「あ、佐々木先輩！　見ました？」
「何を？」
「中書島先輩のSNSですよ」

　え、中書島先輩、そんなのやっていたんだ。
　俺だけ知らされていない？
　いやいや、おそらく言っていたけれど、俺が興味なさ過ぎて聞いていなかったのかも。

　うん。きっとそうだ。
　深く考えずに、浅く考えることにする。
　太秦さんの手元にあるスマホを除けば、満面の笑みの中書島先輩。

　はーい！　ダルシムさんの奥様に、美味しいカレーをいただきました！

　もはや足がどこに生えて手がどこから出ているのかも分からないような曲がりくねった姿勢の中書島先輩が、カレーの皿を持って笑っている。

　きっと日本に帰ってくる時には、中書島先輩は、ファイヤーを吐けるようになっているだろう。
　深く考えれば、負けな時もあるんだな……。

　俺は、一つ精神レベルが上がった。