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就活生(SPIとヒラメ筋)
しおりを挟む天気の良い日は、外に出て大きく伸びをして、鳥の声を聞きながら爽やかな風を楽しむ。
その時には、お気に入りの本を一冊。時間を気にせずに、ゆったりと読む。
理想ですよね? ええ、俺もいつかそんな生活が出来るようになりたいと心から思っています。
本因坊店長が腹筋を鍛えながら、フンッフンッ! まだまだ! と掛け声をかけているのを、こんな日に聞く人生では、決してないのです。
本日もまた、俺は『マッスル書店』で、バイトをしている。
これでこの本屋、意外とバイト代をはずんでくれるのだから、分からない。一体どこで儲けているのか。
俺がいない時には、客があふれかえるほど押し寄せているとか? いやいや、まさかそんな訳ない。
「あのう……本が欲しいんですけれど……」
入り口で声をかけてきたのは、お姉さん。
「どんな本をお探しでしょうか?」
俺が声をかければ、
「就活用のSPI適性検査の本を……」
ということは、就活生か。
どんな就職先を求めているのかは知らないが、大変だな。
思うようなところに就職できるかどうか、ブラック企業に勤めないためには、どうしたら良いのか。
この間来た受験生のように、人生の分岐点に立っているのだろう。
「はい、お待ちください!」
腹筋のメニューをこなすことに夢中の本因坊店長が気づく前に、俺は倉庫に急ぐ。
突然始まる筋トレに巻き込まれたら、お姉さんが可哀想だ。
急いで何冊かの候補を持って、倉庫から店舗に戻れば……遅かった。
「ほら、もっと! 背筋を伸ばして!!」
「はい!!」
店備え付けのジャージに着替えたお姉さんは、しっかり筋トレ指導を本因坊店長から受けている。
「て、店長?」
俺がおずおずと声をかければ、
「就活生のようなんだ。この女性は! ということは、つまり、ヒラメ筋が必要だろう?」
自信満々に本因坊店長がサムズアップして笑う。
え、必要なんですか? ヒラメ筋……、ところで、それってどこですか?
俺が、きょとんとしていると、
「なんだ! 知らんのか! 仕方ないな。書店員の基本だぞ! ヒラメ筋は、ふくらはぎの筋肉だ!」
と、本因坊店長が、教えてくれる。
俺の常識が間違っていなければ、書店員の基本ではないと思うぞ。
「な、なんだか自信が湧いてきました!」
お姉さんがのたまう。
はい?
「だろう? ヒラメ筋を鍛えて、その足で道を切り開け!」
イイ感じにまとめる本因坊店長。
「はい! 頑張ります!」
お姉さんは、明るく笑顔で飛び出していった。
えっと、本は要らないのかな……? おーい!
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