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強敵と書いてトモと読む(武者小路実篤と上腕二頭筋)

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 サイドチェストを決める本因坊店長。それに「筋肉喜んでいるよ!」「仕上がっているね!」と元気よく掛け声をかける中書島ちゅうしょじまさん。

 本因坊店長は、本日も、上半身裸で、その上からエプロンを着ている。

 ああ、ここに来てから、セルフモザイクを脳内で錬成する技を覚えた俺には、本因坊店長の姿は、もうスリガラスの向こう側に存在するがごとくに、おぼろげに見える。

「もう、佐々木君たら、ノリ悪いなぁ! こういう時は、掛け声をかければ、筋肉が何割か増しに喜ぶのよ!」
中書島さんが、俺を非難する。

 えっと、俺が悪いのか? 俺は、真面目に仕事しているだけなのに……

「まあまあ、そこが佐々木君の良いところ。この空間に居ながら、なお染まらない頑固さ。筋肉が目覚めた時には、さぞかし熱いトレーニングを見せてくれることだろう!!」

はっはっはっ! と高らかに本因坊店長が笑う。
いや、そんな訳の分からない期待を向けられても、『困る』以外の感情は湧いてこないのだが。



「あの。本が欲しいのじゃが……」

入り口に立っていたのは、白髪頭で腰の曲がったお爺さん。

「はい。どういった本をお探しでしょう」

 店内は、トレーニング器具が全面に押し出されているから、本来のお客様である本を求める客には、このようにお伺いして、そのお話から店員がバックヤードから本を取ってくる仕組みとなっている。

 筋トレして帰る客ばかりで、本が売れることは、少ないのだが……。大丈夫なのか? この本屋。潰れると、バイト代が入らなくて俺が困るのだが。

「武者小路実篤先生の……」

「「人間万歳……」」
お爺さんの言葉の続きを、本因坊店長が被せる。

お爺さんと完璧にハモった本因坊店長。どうして、お爺さんが、人間万歳が欲しいと分かったのか……
しかし、根明そうな題名。出来れば、太宰治の『人間失格』と合わせて読みたいものだ。

「ふっ、素人の目を誤魔化せても、この本因坊の目は誤魔化せんぞ!」
本因坊店長が、自信満々でお爺さんを指さす。

 えっと……それ、お客様に対する態度でございましょうかね? 何がなにやら。


「こい! 勝負だ!!」

本因坊店長が、机に肘をついてお爺さんを待ち構える。
こ、こいつ、お年寄り相手に腕相撲を挑む気か? こんなお爺さん、本因坊店長と腕相撲したら、それだけで骨折しそうだ。

「ふおっふぉっ! 面白い。青二才が!!」

 え、お爺さん?

 お爺さんの上腕二頭筋が、フンッというお爺さんの掛け声共に、ボコッと膨らむ。

 はぁぁぁぁ~!!!! フォンン!!!!

 お爺さんの気合と共に、ムッキムキの筋肉が盛り上がる。

 嘘だろ??


 ガッシッと本因坊店長の手を握るお爺さん。……いや、そこにいるのは、ただのお爺さんではない。一匹の筋肉の獣。

 本因坊店長と謎の老人は、その筋肉の全てを使って対決し、決着はつかなった……。

「佐々木君、この御仁に武者小路実篤の『人間万歳』を!!」

 珍しい。この展開で購入許可が出た。
 俺は、慌てて倉庫に向かう。
 本因坊店長は、俺を呼び止める。

「おっと、この『強敵とも』に、武者小路実篤の『友情』を忘れず添えてくれ! 俺のO☆GO☆RI☆おごりだ!!」
サムズアップして、白い歯をキラリンと輝かせる本因坊店長。

 割れんばかりの拍手をして感動しているのは、中書島さん。
 相変わらず、このノリに付いていけてないのは、俺。
 
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