天使の顔して悪魔は嗤う

ねこ沢ふたよ

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卒業間際

爆弾魔 11

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 引き戸の下に薄い板をすべり込ませて、その下に長い棒を差し込む。
 棒の下には、支点として置かれているのは、跳び箱。

 俺でも分かる。てこの原理を利用して、引き戸をレールから外そうとしているんだ。
 この倉庫、扉のギリギリまで物を詰め込むためか、扉は引き戸。
 子どもが引き戸を引くときに怪我をしにくいようにするためか、引き戸のレールは倉庫の内側に付いている。

 外からかけられている南京錠を、倉庫の中から開けるのは不可能。
 通風孔を含めて、他に開口部はない。

 だから、赤野は、引き戸の南京錠が付いている側と反対をレールから外して、俺たちが通れる隙間を開けようとしているんだ。

「やりたいことは分かった。手伝う」
「ありがとう。助かるよ。てこの原理を使うとしても、力は必要だからね」

 赤野の後ろに立って、赤野をサポートする。
 
「合図したら、斜め下に棒を押してね」
「分かった」

 「いいよ」という赤野の合図とともに、赤野と俺は、思い切り力を入れる。

 ガコン

 大きな音と共に、引き戸の端が、レールから外れる。
 だが、まだ人間の通れる隙間はない。

 すかさず赤野が、出来たばかりの隙間に棒を差し込む。

「次は、横にこの棒を押すんだ」

 赤野に従って、棒に力を加えれば、隙間は大きくなって、俺たちが通れる大きさになる。

 倉庫の傍に街灯があるのだろう。
 きっと、倉庫の中にぼんやり漏れていた光の正体は、この街灯だ。

 サアッと、暗がりに慣れていた目に光が飛び込んでくる。

 目の前には、俺のシャツと上着を羽織っただけの赤野の姿。

「うまくいったね……」

 俺と目が合って、自分の正体がバレてしまったことに気づいた赤野に、しまったという表情が浮かぶ。
 慌てる赤野を、ギュッと抱きしめれば、

「ごめんね。騙していて。こんなヘンテコなヤツは、友達と呼べないよね」
と、腕の中で赤野がつぶやく。

「違うから! その……赤野! そんなことないから」
「松尾君……」

 じゃあ、友達でいてくれるの?
 切ない赤野の声。

「と、友達だから!」

 本当は言いたかった「好き」の一言。
 友達ではない物になりたかったのだけれども、こんな切ない声で『友達』を求められては、そうではないとは言えなかった。

 自分の臆病さに嫌気がさす。

「ありがとう」

 腕の中の赤野が、俺を抱きかえしてくる。

◇◇◇◇

 俺の提案で、赤野は俺の上着を腰に巻く。
 他の奴に好きな子のあられもない姿を見せたくない。

 倉庫から脱出した俺たちは、急いで刑事を達を探す。
 案の定、まだ数名の刑事が学校に残って警備を続けていた。

 木根刑事の姿もそこにあった。
 俺たちの姿を見て「無事で良かった」と言いながらも、眉間に一瞬よった皺を、俺は見逃さなかった。
 刑事さん達が持ってきてくれた毛布を被りながら、俺は木根刑事を睨む。


「なんだよ。不満そうな顔して。死んだ方が良かった?」

 俺が木根刑事に不満をぶつければ、木根刑事が静かに首を横に振る。

「いいや」

 木根刑事は、俺の考えを否定する。

「だが、もう一度言う。周作にこれ以上深入りするのは、危険だ。松尾君。今回巻き込まれて分かっただろう?」
「なんだよ。それ!」
「うん。僕もそう思う。だから……ね、松尾君……こんなことをまた起きたら、今度は僕を置いて逃げ……」
「俺が、赤野を守れるくらいに強くなれば、誰もそんな文句は言わないんだろう?」
「ま、松尾君?」

 そうだよ。
 仙石ってやつが赤野を狙っているなら、俺が強くなって赤野を守ればいいんだ。
 そして、そうなった時には、今度こそちゃんと告白すればいい。

 そんな俺の気持ちを分かってるのかどうかは怪しいが、赤野の顔に微笑みが浮かぶ。「そんなの無茶苦茶だよ……」なんて言いながらも、喜んでくれているようだ。

 事件のあらましを、赤野が木根刑事に説明する。
 優作も、どうやら無事らしい。
 知らない人から、荷物を預かったと、交番に届けに来たところを、保護されていたようだ。

「しかし、残念だな……。犯人は逃がしてしまった……」
「大丈夫。たぶん居場所は分かるよ。おじさん、元子に連絡して」

 木根刑事が、周作に言われて木根元子に連絡をすれば、不機嫌な声がスマホから聞こえてくる。

「お父さん、周作に注意してよ!!」
「なんだ。どうしたんだ?」
「あの馬鹿、私のスマートタグを勝手にまた持ち出して!! この間、スマートタグを買い直したところなのに、また勝手に使っているのよ!!」
「元子、スマートタグは、今どこにある?」
「え、スマートタグ……今は、北へ幹線道路を……って、あんたが持っているんじゃないの??」
「おじさん、犯人は、今、幹線道路を北上中らしいよ」

 赤野は、一瞬の接触で、咄嗟にスマートタグを相手のポケットにでも忍ばせたのだろう。
 
 田島葵は、数時間後、警察に捕まった。
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