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小学六年生(心が極薄、犯罪に巻き込まれ復讐します)
都市伝説
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夏休み、小学6年生の周作は、小学1年生の弟の優作と過ごす時間を満喫していた。一緒に本を読んだり公園に行ったり宿題を見てやったり。普段、平日の学校のある時間に会えないことが不満な周作にとっては、満ち足りた時間だった。
中学2年生木根元子と帰国した父イサクが家で滞在するようになるまでは。
元子の両親の木根夫妻が、1週間の海外旅行に出かけた。そのため、どうせ母の頼子が仕事が忙しくて出かける予定の無い赤野家で元子を預かることになったのだ。
普段仕事があり海外に住んでいる赤野家の父イサクも、バカンスで帰って来て賑やかな赤野家。一番幼い優作を可愛がりたいイサクと元子と周作の、優作争奪戦は激しかった。しかも、イサクは、周作のことももみくちゃにして可愛がる。周作にとっては、とても面倒な事態だった。
夕べも、優作と一緒に寝ようとした周作は、イサクに捕まってしまった。体が大きく、よく絵本でみる鬼の絵そっくりな筋骨隆々としたイサクの腕から逃れるのは難しく、優作を元子の奪われた上に、イサクの抱き枕となって眠ることになってしまった。
完敗だった。
「優作と周作は、とても可愛いですね~」
近所の子ども達が一目見て泣き出すいかつい顔立ち。周作と同じ淡い茶色の髪、オリーブ色の潜む瞳だが、女顔の周作とは全く印象は違う。職場で『狂った殺人熊』と恐れられているのもうなずける。
そのイサクが、目を細めて、作務衣を着て座敷に座っている。髭面を膝に載せた周作と優作に押し付けて、頬ずりしている。幼い優作は、髭がくすぐったくて楽しそうに笑っているが、周作は、不機嫌だった。
心を満たす勘弁してほしいという想いは、周作を不機嫌にしていた。だから、少しでも外に出られるならいいかと、元子の誘いに乗ってしまった。
元子の提案してきたのは、『肝試し』だった。場所は、都市伝説のある寂れた神社。
近くの寂れた神社。境内の横の雑木林がゴミの不法投棄場所になっているのだが、そこに捨ててある大きなどこかの企業のマスコット人形が、時々首を動かすのだそうだ。
市に不法投棄の現状を訴えようと、日を替えて同じ場所を撮影した写真。日によって、首の向いている方向が違うことに、撮影者は気づいた。誰かのいたずらかと思って、夜中にビデオカメラを仕掛けておいたのだが、その結果に撮影者は戦慄した。
真夜中の12時。
ゆっくりと、首が動き出したのだ。
上を見上げていたはずの人形の首が回転してビデオカメラの方をじっと見つめるような方向に変化して止まった。それ以上のことは、何も起こらなかったが、撮影者を恐怖に陥れるには、それで十分だった。撮影者は、そのビデオのデータをすぐに消去して、写真も燃やしてしまった。結局市に訴えることは出来ず、人形もそのまま。
というのが、都市伝説の内容。
元子が、芝居がかった声で説明した。優作が、怯えて周作にしがみつく。可愛い。こんな風に怯えるのは可哀想だけれども、毎日しがみついてもらえるのなら、怪談話も良いかと思う。周作は、全く信じていないが。
「肝試しに、そこの人形が本当にあるのかを確認しましょうよ」
元子が息巻く。
だが、子ども達を溺愛するイサクが、子ども達だけで行っても良いというはずもなく。
結局、元子と周作と優作、イサクの4人で神社に行くこととなった。しかも、夜は危険だからという理由で、昼食を食べ終わった後の真っ昼間。
イサクがいれば、幽霊の方が逃げ出しそうなのだが。
「アドベンチャーですね。楽しいです」
神社に向かって歩いている途中で、たどたどしい日本語でイサクが喜ぶ。
本来、赤野家だけのときは英語で話すイサク。英語が苦手な元子に合わせて、日本語を使っている。作務衣に草履を裸足で履いている。日本文化ひいきのイサクが考える日本のトラディショナルスタイルらしい。ハーフなのに、日本人の血を少しも感じさせないイサクの見た目が余計に日本文化に傾倒させたのかもしれない。
日本にいる時は、少しでも日本文化を感じたいというイサクの影響で、赤野の家は、純和風で鹿威しまで庭に置いている。
「そうでしょ? 自由研究にしようと思って。『都市伝説の謎を解け』って題名で」
「自由……? 都市……?」
元子の言葉の意味が分からないでキョトンとしているイサクに、周作が英語で解説する。
「ホームワークでしたか。日本の子どもは、ホームワーク大変ですね。周作も優作も終わりましたか?」
「No problem」
多くを語りたくはない周作は、それだけをイサクに伝えた。手を抜いている。合理的に、さっさと最低限だけこなした。それで十分だ。元子のように、自由研究に何か面白いことをやりたいという情熱はない。
優作が、素直に朝顔の観察のことや、絵日記のことを一生懸命イサクに伝えている。優作を抱き上げて歩くイサクは、それだけで楽しそうだ。
「ここよ」
そう言って元子が、石の小さな鳥居の前で止まる。
アブラゼミの鳴き声であふれる、うっそうと茂る雑木林の横に、所々壊れた石段が山頂へと続いている。
元子が、スマホで写真を撮る。
「ここが伝説の神社ですか」
イサクの日本語が、何か違っている。それだと、神社自体が、ものすごいことになっている。でも、訂正は面倒で、そのままにしておく。
「この石段、崩れやすそうだから気をつけて」
元子が、声をかける。あんなに息巻いていたのに、自分は周作の後ろに立っている。周作に先に行けということだろう。いざとなると怖いのだろう。
周作は、石段を慎重に登り始める。その後を、元子、優作を抱いたままのイサクが続く。草履のままでも、イサクは器用に足場の悪い道を難なく登っていく。少しずつ前方に社が見えてくる。
あれかな?
ひと気のない社の隣、雑木林に冷蔵庫やら洗濯機やらが投棄されている横に、ゴロリと寝転がされたよく洋菓子店で店前に立っているキャラクターの人形がある。
こちらを見た状態。
ヒッという元子の小さな悲鳴が聞こえるが、周作は気にせずトコトコと人形に歩み寄る。塗装が所々はがれているのが、恐怖感を増している。周作が、首を動かしてみる。首は、簡単に揺れる。
「しゅ周作? 触ったら呪われない?」
イサクの後ろに隠れた元子が、周作に聞く。誰が調べるという話だっただろうか。優作が、イサクに抱っこされたまましがみついている。
確か、上を向いた状態から、夜中に勝手にグリンと今の首の位置に変化したという話だったはず。周作は、試しに人形の首を顔が上に向くように回してみる。手に強い反発を感じる。
なんだ、そうか。
「バネだよ。これ」
周作は、面白がって笑う。こんなの呪いでもなんでもない。
「見ていて」
上に首を回して周作が手を離せば、首がギリギリと横に回りだす。バネが少しサビているのか、動きに滑らかさはないが、そのせいで不気味さが増している。知らずにこの動きをビデオ再生で観たら、人形が意志を持って首を動かしているように見えなくもない。
「でも、どうして勝手に誰もいない時に動き出すのよ」
元子は納得していないようだった。
ちょっとは自分で考えてほしいのだが。誰の自由研究だったっけ?
周作は、もう一度首を上に向けると、首の隙間に近くに落ちていた木片を差し込む。これで木片がストッパーになる。周作は、人形を離れると、木片めがけて拾った石ころを投げつけた。木片は、あっけなく外れて、また人形の首が動き出す。
「たぶん、ああやって挟み込んでいた木片が、……リスかな、虫かな、風で飛ばされてきた物かな、そんなもので弾かれちゃったのだと思う。それで勝手に動き出した。木片が動いた理由は、ビデオが消されちゃっているという話だし、解析できないけれど。断じて呪いの人形何かではないね」
周作の言葉に、元子が、なるほどと、うなずく。
「周作、まだ謎はあります。どうして、誰が? たしか写真で何度も首は動かされている。木片を差し込んだ人物があるはずです」
イサクが楽しそうに、周作に問いかける。周作への課題ということだろう。そこもクリアーにしなければ、まだ人形の謎は解けていないと。
周作にも、一つ疑問がある。
どうして、首に差し込むのに好都合な木片が、今落ちていたのだろうか? そんなの偶然にしては、出来過ぎている。
さきほど差し込んだ木片を、もう一度よく見てみる。
「文字が書かれている」
よく見れば、木片は、古びた絵馬だった。絵馬の表には、狛犬の絵、裏には文字が書かれていた。
『ちは 25 9 16 17』
「何これ」
元子がイサクをみる。大人のイサクの方が知っていると思ったのだろう。
「これは、子ども達のアドベンチャーです。周作分かりましたか?」
ニコニコしながら、イサクが周作に聞く。
「おそらく百人一首。後ろの数字の大きさから考えても。知らない? 「ちは」は『決まり字』。その後の数字はその中の文字」
「競技かるたでは、全部読み終わらない内にかるたを取るのだけど、ここだけ読めばその歌と断定できるのが『決まり字』。有名なところでいくと『む・す・め・ふ・さ・ほ・せ』という一字だけ読まれれば歌を特定できる七つの歌。この場合は二字。だから、この歌はこれ」
ちはやぶる かみよもきかず たつたがわ からくれないに みつくくるとは
周作が有名な曲を一首詠む。なるほど、上の句最初の二文字『ちは』が周作の言う『決まり字』なのだろう。
「数字を文字と置き換えると、みきがわ。右側ってことだろうね。何の右側かは、表面をみれば明らか」
元子が、鳥居から見た右側の狛犬を調べ始める。
「違うって。右橘って聞いた事ない? この場合の右は、神様から見て右だよ。元子、毎年おひな様どうやって並べているの? そんな適当な並べ方じゃあ行き遅れるよ」
周作が、もう片方の狛犬の方に歩く。そんなこと、元子は聞いた事がない。今時の小学生は、どんな遊びをしてそんな知識を得ているというのか。
「うるさいわね。おひな様ごときで結婚が決まるわけないじゃない」
おひな様を出し忘れたりしまい忘れたり、粗末にすれば、婚期が遅くなるというのは、有名な伝承。でも、そんなことで人生が決まる訳がないと、元子は思う。そもそも、女の子にしか婚期の伝承がないのは不公平だ。面倒くさがって、こいのぼりを出さない周作にも、婚期の呪いは掛かってほしいと元子は思う。
周作が右の狛犬を調べると、地面を掘りかえした後がある。丁寧に掘れば、小さな袋があり、中に小さいビニール袋の白い粉が入っている。周作が調べようと鼻を近づければ、イサクが袋を取り上げてしまう。恐らく、麻薬だ。
「残念ながら子どものアドベンチャーは、ここまでですね。Excellentです」
イサクが、周作の頭を撫でる。イサクがスマホを取り出す。警察署に電話しようというのだろう。イサクの手を周作が止める。
「ねえ、まだ、課題の『誰が』は、クリアーしてないよ。犯人をおびき寄せる方法があるのだけれど」
ニコリと周作が笑いかけた。
明け方、袴をはいた宮司の格好をした男が、箒を持って古びた石段を登る。この石段も、そろそろ直さないと、大きな事故が起きてしまうのではないだろうか。男はため息をつく。その為にも、金が要る。父親から受け継いだ寂れた神社。元々この神社を支えていた村の住民は、時代の流れでいなくなってしまった。マンションや新興住宅が建ち並び、小さな神社に関心を持つ者などほとんどいない。
だから、悪事に手を染めた。
自分の仕事は、薬の仲介役。柄の悪い連中から顧客に薬を渡す。連中には、警察が付きまとって、顧客と直接やり取りすれば、顧客諸共捕まってしまう。郵便物も調べられてしまう恐れがある。それは、面倒だ。だから、宮司の自分がひそかに仲介役として薬を受け取り、顧客に渡す。
特に、夏は仕事がやりやすく、家の神棚に祝詞をあげるのだという理由で家に薬を届けて、その礼金として薬代を受け取っても、誰も疑わない。連中の家に上がり込んで神棚に祝詞をあげて、まとめて金を渡せばいいだけ。それだけ。だから、この季節は、仕事が多い。
いつだったか、おせっかいな人が、雑木林の不法投棄を市に訴えると言ってきた時には焦った。この仕事も潮時かと足を洗う覚悟をしたが、何故か勝手に怯えてその話も立ち消えた。
石段を登り切り、社に挨拶をする。祝詞を詠唱して挨拶を済ませると、掃除を始める。人形の首が上を向いている。今日も仕事があるのだろう。
人形の首から絵馬を取り、暗号を解く。いつもの、百人一首を利用した暗号。右の狛犬。阿吽の狛犬の右側の物に、品物が隠されているようだ。
一度、どうしてこんな面倒なことをするのかと、聞いた事がある。直接宮司に会って渡せば、それだけリスクが高まること、同じ場所に隠せば、バレてしまう可能性が高くなることを説明された。純度の高い製品、それだけ慎重に顧客に届けたいのだそうだ。
掘り返せば、いつもの封筒がある。それを迷いなく袂に入れる。もし、誰かに見つけられても、落とし物を拾ったのだと言えばいい、中身については『知らなかった』で通せるだろうと、連中から言われている。確かに、宮司が神社で落とし物を拾っても、おかしくない。
「やっぱり、神社の関係者だった」
子どもの声が聞こえて振り返れば、茶色い髪の少年が立っている。
「僕は、もっと面倒でない方法を提案したんだよ」
周作が、ムッとしている。
周作の提案した方法は、粉に砂糖や塩、小麦粉と言った混ぜ物を入れること。それを犯人が知らずに顧客に渡すことで、それを体内に注入した顧客は体調を崩すか死ぬことになる。そうすることで、犯人は元締めから咎められ、否定すればするほど裏切り者として始末される。
周作たちは、新聞さえ注意して読んでいれば、不審死した人間の中から、推察すればいいだけのことになる。粉に混ぜ物を入れて新聞を見ているだけで、犯人が分かるし、事件に関係した犯罪者がこの世から二人消えて、さらに殺人事件へと事件が発展したことで、捜査も厳しくなる。
捜査が始まった段階で、こんな悪戯をしましたと、周作が封筒のことを言えば、薬と殺人事件の関連を疑った警察により、早期に事件も解決するだろう。合理的だと思った。
だが、これを英語で説明したら、イサクに反対された。
「何の事だい?」
宮司が引きつった笑いを見せている。この探偵気取りの少年を殺せば、目撃者はいなくなる。明け方の社、目撃者もいまい。宮司が周作の首に手を掛けた時、ガサリと音を立てて、茂みから若い男が飛び出した。
「そこまでだ!」
若い男が見せつけてくるのは、警察の証。言わずと知れた代紋。宮司は、慌てて周作から手を離して石段を駆け下りる。馴れた石段、後ろの刑事には不安定な足場でも、宮司は石段を熟知している。逃げおおせると思っていた。逃げ切れば、連中に匿ってもらって、海外に逃亡する道も開けると思っていた。
だが、慣れたはずの石段で、宮司は足を踏み外した。
石段の下りた先に立ちはだかる大きな熊みたいな男に驚いた一瞬。転げ落ちて、足を骨折して動けなくなってしまった。後から下りてきた刑事に手錠を嵌められてから見上げれば、あるはずの石が外され、横に積み上げられている。石段の上で、先ほどの少年が笑っている。
あの少年が、石を外したのだ。
一瞬で理解して、背筋が凍る。恐らく、自分の首に手をかけさせたのも、わざと。殺人未遂を犯させようとしたのだろう。
少年の綺麗な笑顔を彩る凍った瞳。禍々しく宮司には見えた。社を使って悪事を働いた自分に神が、悪霊を遣わしたのかと思った。
宮司は、捕まり、大人しく刑事の取り調べに応じ、全てを話したことで、事件は解決した。
元子の両親が帰国し、元子が木根家に戻った後、盆休みに入った妻の頼子も加わり、イサクは家族水入らずの時間を過ごし日本を満喫した。
帰りの飛行機で思い出すのは、事件の時の周作のこと。
提案を反対された周作が、次に提案してきたのは、刑事である木根の知り合いに連絡することで、騒ぎにせずに犯人を待つこと。そのまま110で通報すれば、パトカーや鑑識などが押し寄せて、恐らく神社の関係者である犯人に、暗号が発覚したことがバレてしまう。下手をすれば、そのまま、犯人が分からなくなってしまう恐れもある。だから、刑事である木根元子の父、木根大輔の伝手を使って、こっそり刑事に張り込んでもらうのだと。
その提案に、イサクは、OKした。
仕事中の妻、頼子に相談し、木根の後輩の刑事が、神社に張り込むこととなった。それで終わりかと思えば、明け方、周作に起こされた。もし、犯人が来るならば、明け方だろう。暗号が読みやすくまだ、人の来る可能性の薄い明け方、神社の用事を済ませるフリをして薬の入った封筒を回収するはずだ。確実に捕まえに行こうと言われ、元子と優作を家に置いて、周作と二人で神社に向かった。
周作の読み通りに、宮司が石段を登り始めた。周作は、それをじっと観察して、イサクに石段を宮司が降りてくるまで待つように指示し石段を登り始めた。
途中で、何段かの石を外しながら登る周作を見て、驚いた。
観察していたのだ。宮司が、どの石を踏んで上るのかを。そして、宮司が降りる時に確実に転ぶように、石を外したのだと。
周作の思惑通り、事はすすんだ。宮司が自分の思惑通りに転んだのが嬉しかったのか、周作は、笑っていた。もし万一宮司が足を踏み外した時に、打ちどころが悪く宮司が死んでいたとしても、周作は、同じように笑っていたかも知れない。
妻、頼子が周作の幼い頃に心配していたことを思い出す。なるほど、あの子の本質を目の当たりにすれば、行く末が怖くなるのもうなずける。だが、イサクの職場である戦場では、あの合理的で目的のためには敵の命も戸惑うことなく奪い去る能力は、貴重な才能だ。まだ、小学生の周作。今後どう成長するかは分からない。だが、成長によっては、自分の作戦に周作を加えてみるのも一興かとも思う。
今後が楽しみだと、イサクは、微笑んだ
中学2年生木根元子と帰国した父イサクが家で滞在するようになるまでは。
元子の両親の木根夫妻が、1週間の海外旅行に出かけた。そのため、どうせ母の頼子が仕事が忙しくて出かける予定の無い赤野家で元子を預かることになったのだ。
普段仕事があり海外に住んでいる赤野家の父イサクも、バカンスで帰って来て賑やかな赤野家。一番幼い優作を可愛がりたいイサクと元子と周作の、優作争奪戦は激しかった。しかも、イサクは、周作のことももみくちゃにして可愛がる。周作にとっては、とても面倒な事態だった。
夕べも、優作と一緒に寝ようとした周作は、イサクに捕まってしまった。体が大きく、よく絵本でみる鬼の絵そっくりな筋骨隆々としたイサクの腕から逃れるのは難しく、優作を元子の奪われた上に、イサクの抱き枕となって眠ることになってしまった。
完敗だった。
「優作と周作は、とても可愛いですね~」
近所の子ども達が一目見て泣き出すいかつい顔立ち。周作と同じ淡い茶色の髪、オリーブ色の潜む瞳だが、女顔の周作とは全く印象は違う。職場で『狂った殺人熊』と恐れられているのもうなずける。
そのイサクが、目を細めて、作務衣を着て座敷に座っている。髭面を膝に載せた周作と優作に押し付けて、頬ずりしている。幼い優作は、髭がくすぐったくて楽しそうに笑っているが、周作は、不機嫌だった。
心を満たす勘弁してほしいという想いは、周作を不機嫌にしていた。だから、少しでも外に出られるならいいかと、元子の誘いに乗ってしまった。
元子の提案してきたのは、『肝試し』だった。場所は、都市伝説のある寂れた神社。
近くの寂れた神社。境内の横の雑木林がゴミの不法投棄場所になっているのだが、そこに捨ててある大きなどこかの企業のマスコット人形が、時々首を動かすのだそうだ。
市に不法投棄の現状を訴えようと、日を替えて同じ場所を撮影した写真。日によって、首の向いている方向が違うことに、撮影者は気づいた。誰かのいたずらかと思って、夜中にビデオカメラを仕掛けておいたのだが、その結果に撮影者は戦慄した。
真夜中の12時。
ゆっくりと、首が動き出したのだ。
上を見上げていたはずの人形の首が回転してビデオカメラの方をじっと見つめるような方向に変化して止まった。それ以上のことは、何も起こらなかったが、撮影者を恐怖に陥れるには、それで十分だった。撮影者は、そのビデオのデータをすぐに消去して、写真も燃やしてしまった。結局市に訴えることは出来ず、人形もそのまま。
というのが、都市伝説の内容。
元子が、芝居がかった声で説明した。優作が、怯えて周作にしがみつく。可愛い。こんな風に怯えるのは可哀想だけれども、毎日しがみついてもらえるのなら、怪談話も良いかと思う。周作は、全く信じていないが。
「肝試しに、そこの人形が本当にあるのかを確認しましょうよ」
元子が息巻く。
だが、子ども達を溺愛するイサクが、子ども達だけで行っても良いというはずもなく。
結局、元子と周作と優作、イサクの4人で神社に行くこととなった。しかも、夜は危険だからという理由で、昼食を食べ終わった後の真っ昼間。
イサクがいれば、幽霊の方が逃げ出しそうなのだが。
「アドベンチャーですね。楽しいです」
神社に向かって歩いている途中で、たどたどしい日本語でイサクが喜ぶ。
本来、赤野家だけのときは英語で話すイサク。英語が苦手な元子に合わせて、日本語を使っている。作務衣に草履を裸足で履いている。日本文化ひいきのイサクが考える日本のトラディショナルスタイルらしい。ハーフなのに、日本人の血を少しも感じさせないイサクの見た目が余計に日本文化に傾倒させたのかもしれない。
日本にいる時は、少しでも日本文化を感じたいというイサクの影響で、赤野の家は、純和風で鹿威しまで庭に置いている。
「そうでしょ? 自由研究にしようと思って。『都市伝説の謎を解け』って題名で」
「自由……? 都市……?」
元子の言葉の意味が分からないでキョトンとしているイサクに、周作が英語で解説する。
「ホームワークでしたか。日本の子どもは、ホームワーク大変ですね。周作も優作も終わりましたか?」
「No problem」
多くを語りたくはない周作は、それだけをイサクに伝えた。手を抜いている。合理的に、さっさと最低限だけこなした。それで十分だ。元子のように、自由研究に何か面白いことをやりたいという情熱はない。
優作が、素直に朝顔の観察のことや、絵日記のことを一生懸命イサクに伝えている。優作を抱き上げて歩くイサクは、それだけで楽しそうだ。
「ここよ」
そう言って元子が、石の小さな鳥居の前で止まる。
アブラゼミの鳴き声であふれる、うっそうと茂る雑木林の横に、所々壊れた石段が山頂へと続いている。
元子が、スマホで写真を撮る。
「ここが伝説の神社ですか」
イサクの日本語が、何か違っている。それだと、神社自体が、ものすごいことになっている。でも、訂正は面倒で、そのままにしておく。
「この石段、崩れやすそうだから気をつけて」
元子が、声をかける。あんなに息巻いていたのに、自分は周作の後ろに立っている。周作に先に行けということだろう。いざとなると怖いのだろう。
周作は、石段を慎重に登り始める。その後を、元子、優作を抱いたままのイサクが続く。草履のままでも、イサクは器用に足場の悪い道を難なく登っていく。少しずつ前方に社が見えてくる。
あれかな?
ひと気のない社の隣、雑木林に冷蔵庫やら洗濯機やらが投棄されている横に、ゴロリと寝転がされたよく洋菓子店で店前に立っているキャラクターの人形がある。
こちらを見た状態。
ヒッという元子の小さな悲鳴が聞こえるが、周作は気にせずトコトコと人形に歩み寄る。塗装が所々はがれているのが、恐怖感を増している。周作が、首を動かしてみる。首は、簡単に揺れる。
「しゅ周作? 触ったら呪われない?」
イサクの後ろに隠れた元子が、周作に聞く。誰が調べるという話だっただろうか。優作が、イサクに抱っこされたまましがみついている。
確か、上を向いた状態から、夜中に勝手にグリンと今の首の位置に変化したという話だったはず。周作は、試しに人形の首を顔が上に向くように回してみる。手に強い反発を感じる。
なんだ、そうか。
「バネだよ。これ」
周作は、面白がって笑う。こんなの呪いでもなんでもない。
「見ていて」
上に首を回して周作が手を離せば、首がギリギリと横に回りだす。バネが少しサビているのか、動きに滑らかさはないが、そのせいで不気味さが増している。知らずにこの動きをビデオ再生で観たら、人形が意志を持って首を動かしているように見えなくもない。
「でも、どうして勝手に誰もいない時に動き出すのよ」
元子は納得していないようだった。
ちょっとは自分で考えてほしいのだが。誰の自由研究だったっけ?
周作は、もう一度首を上に向けると、首の隙間に近くに落ちていた木片を差し込む。これで木片がストッパーになる。周作は、人形を離れると、木片めがけて拾った石ころを投げつけた。木片は、あっけなく外れて、また人形の首が動き出す。
「たぶん、ああやって挟み込んでいた木片が、……リスかな、虫かな、風で飛ばされてきた物かな、そんなもので弾かれちゃったのだと思う。それで勝手に動き出した。木片が動いた理由は、ビデオが消されちゃっているという話だし、解析できないけれど。断じて呪いの人形何かではないね」
周作の言葉に、元子が、なるほどと、うなずく。
「周作、まだ謎はあります。どうして、誰が? たしか写真で何度も首は動かされている。木片を差し込んだ人物があるはずです」
イサクが楽しそうに、周作に問いかける。周作への課題ということだろう。そこもクリアーにしなければ、まだ人形の謎は解けていないと。
周作にも、一つ疑問がある。
どうして、首に差し込むのに好都合な木片が、今落ちていたのだろうか? そんなの偶然にしては、出来過ぎている。
さきほど差し込んだ木片を、もう一度よく見てみる。
「文字が書かれている」
よく見れば、木片は、古びた絵馬だった。絵馬の表には、狛犬の絵、裏には文字が書かれていた。
『ちは 25 9 16 17』
「何これ」
元子がイサクをみる。大人のイサクの方が知っていると思ったのだろう。
「これは、子ども達のアドベンチャーです。周作分かりましたか?」
ニコニコしながら、イサクが周作に聞く。
「おそらく百人一首。後ろの数字の大きさから考えても。知らない? 「ちは」は『決まり字』。その後の数字はその中の文字」
「競技かるたでは、全部読み終わらない内にかるたを取るのだけど、ここだけ読めばその歌と断定できるのが『決まり字』。有名なところでいくと『む・す・め・ふ・さ・ほ・せ』という一字だけ読まれれば歌を特定できる七つの歌。この場合は二字。だから、この歌はこれ」
ちはやぶる かみよもきかず たつたがわ からくれないに みつくくるとは
周作が有名な曲を一首詠む。なるほど、上の句最初の二文字『ちは』が周作の言う『決まり字』なのだろう。
「数字を文字と置き換えると、みきがわ。右側ってことだろうね。何の右側かは、表面をみれば明らか」
元子が、鳥居から見た右側の狛犬を調べ始める。
「違うって。右橘って聞いた事ない? この場合の右は、神様から見て右だよ。元子、毎年おひな様どうやって並べているの? そんな適当な並べ方じゃあ行き遅れるよ」
周作が、もう片方の狛犬の方に歩く。そんなこと、元子は聞いた事がない。今時の小学生は、どんな遊びをしてそんな知識を得ているというのか。
「うるさいわね。おひな様ごときで結婚が決まるわけないじゃない」
おひな様を出し忘れたりしまい忘れたり、粗末にすれば、婚期が遅くなるというのは、有名な伝承。でも、そんなことで人生が決まる訳がないと、元子は思う。そもそも、女の子にしか婚期の伝承がないのは不公平だ。面倒くさがって、こいのぼりを出さない周作にも、婚期の呪いは掛かってほしいと元子は思う。
周作が右の狛犬を調べると、地面を掘りかえした後がある。丁寧に掘れば、小さな袋があり、中に小さいビニール袋の白い粉が入っている。周作が調べようと鼻を近づければ、イサクが袋を取り上げてしまう。恐らく、麻薬だ。
「残念ながら子どものアドベンチャーは、ここまでですね。Excellentです」
イサクが、周作の頭を撫でる。イサクがスマホを取り出す。警察署に電話しようというのだろう。イサクの手を周作が止める。
「ねえ、まだ、課題の『誰が』は、クリアーしてないよ。犯人をおびき寄せる方法があるのだけれど」
ニコリと周作が笑いかけた。
明け方、袴をはいた宮司の格好をした男が、箒を持って古びた石段を登る。この石段も、そろそろ直さないと、大きな事故が起きてしまうのではないだろうか。男はため息をつく。その為にも、金が要る。父親から受け継いだ寂れた神社。元々この神社を支えていた村の住民は、時代の流れでいなくなってしまった。マンションや新興住宅が建ち並び、小さな神社に関心を持つ者などほとんどいない。
だから、悪事に手を染めた。
自分の仕事は、薬の仲介役。柄の悪い連中から顧客に薬を渡す。連中には、警察が付きまとって、顧客と直接やり取りすれば、顧客諸共捕まってしまう。郵便物も調べられてしまう恐れがある。それは、面倒だ。だから、宮司の自分がひそかに仲介役として薬を受け取り、顧客に渡す。
特に、夏は仕事がやりやすく、家の神棚に祝詞をあげるのだという理由で家に薬を届けて、その礼金として薬代を受け取っても、誰も疑わない。連中の家に上がり込んで神棚に祝詞をあげて、まとめて金を渡せばいいだけ。それだけ。だから、この季節は、仕事が多い。
いつだったか、おせっかいな人が、雑木林の不法投棄を市に訴えると言ってきた時には焦った。この仕事も潮時かと足を洗う覚悟をしたが、何故か勝手に怯えてその話も立ち消えた。
石段を登り切り、社に挨拶をする。祝詞を詠唱して挨拶を済ませると、掃除を始める。人形の首が上を向いている。今日も仕事があるのだろう。
人形の首から絵馬を取り、暗号を解く。いつもの、百人一首を利用した暗号。右の狛犬。阿吽の狛犬の右側の物に、品物が隠されているようだ。
一度、どうしてこんな面倒なことをするのかと、聞いた事がある。直接宮司に会って渡せば、それだけリスクが高まること、同じ場所に隠せば、バレてしまう可能性が高くなることを説明された。純度の高い製品、それだけ慎重に顧客に届けたいのだそうだ。
掘り返せば、いつもの封筒がある。それを迷いなく袂に入れる。もし、誰かに見つけられても、落とし物を拾ったのだと言えばいい、中身については『知らなかった』で通せるだろうと、連中から言われている。確かに、宮司が神社で落とし物を拾っても、おかしくない。
「やっぱり、神社の関係者だった」
子どもの声が聞こえて振り返れば、茶色い髪の少年が立っている。
「僕は、もっと面倒でない方法を提案したんだよ」
周作が、ムッとしている。
周作の提案した方法は、粉に砂糖や塩、小麦粉と言った混ぜ物を入れること。それを犯人が知らずに顧客に渡すことで、それを体内に注入した顧客は体調を崩すか死ぬことになる。そうすることで、犯人は元締めから咎められ、否定すればするほど裏切り者として始末される。
周作たちは、新聞さえ注意して読んでいれば、不審死した人間の中から、推察すればいいだけのことになる。粉に混ぜ物を入れて新聞を見ているだけで、犯人が分かるし、事件に関係した犯罪者がこの世から二人消えて、さらに殺人事件へと事件が発展したことで、捜査も厳しくなる。
捜査が始まった段階で、こんな悪戯をしましたと、周作が封筒のことを言えば、薬と殺人事件の関連を疑った警察により、早期に事件も解決するだろう。合理的だと思った。
だが、これを英語で説明したら、イサクに反対された。
「何の事だい?」
宮司が引きつった笑いを見せている。この探偵気取りの少年を殺せば、目撃者はいなくなる。明け方の社、目撃者もいまい。宮司が周作の首に手を掛けた時、ガサリと音を立てて、茂みから若い男が飛び出した。
「そこまでだ!」
若い男が見せつけてくるのは、警察の証。言わずと知れた代紋。宮司は、慌てて周作から手を離して石段を駆け下りる。馴れた石段、後ろの刑事には不安定な足場でも、宮司は石段を熟知している。逃げおおせると思っていた。逃げ切れば、連中に匿ってもらって、海外に逃亡する道も開けると思っていた。
だが、慣れたはずの石段で、宮司は足を踏み外した。
石段の下りた先に立ちはだかる大きな熊みたいな男に驚いた一瞬。転げ落ちて、足を骨折して動けなくなってしまった。後から下りてきた刑事に手錠を嵌められてから見上げれば、あるはずの石が外され、横に積み上げられている。石段の上で、先ほどの少年が笑っている。
あの少年が、石を外したのだ。
一瞬で理解して、背筋が凍る。恐らく、自分の首に手をかけさせたのも、わざと。殺人未遂を犯させようとしたのだろう。
少年の綺麗な笑顔を彩る凍った瞳。禍々しく宮司には見えた。社を使って悪事を働いた自分に神が、悪霊を遣わしたのかと思った。
宮司は、捕まり、大人しく刑事の取り調べに応じ、全てを話したことで、事件は解決した。
元子の両親が帰国し、元子が木根家に戻った後、盆休みに入った妻の頼子も加わり、イサクは家族水入らずの時間を過ごし日本を満喫した。
帰りの飛行機で思い出すのは、事件の時の周作のこと。
提案を反対された周作が、次に提案してきたのは、刑事である木根の知り合いに連絡することで、騒ぎにせずに犯人を待つこと。そのまま110で通報すれば、パトカーや鑑識などが押し寄せて、恐らく神社の関係者である犯人に、暗号が発覚したことがバレてしまう。下手をすれば、そのまま、犯人が分からなくなってしまう恐れもある。だから、刑事である木根元子の父、木根大輔の伝手を使って、こっそり刑事に張り込んでもらうのだと。
その提案に、イサクは、OKした。
仕事中の妻、頼子に相談し、木根の後輩の刑事が、神社に張り込むこととなった。それで終わりかと思えば、明け方、周作に起こされた。もし、犯人が来るならば、明け方だろう。暗号が読みやすくまだ、人の来る可能性の薄い明け方、神社の用事を済ませるフリをして薬の入った封筒を回収するはずだ。確実に捕まえに行こうと言われ、元子と優作を家に置いて、周作と二人で神社に向かった。
周作の読み通りに、宮司が石段を登り始めた。周作は、それをじっと観察して、イサクに石段を宮司が降りてくるまで待つように指示し石段を登り始めた。
途中で、何段かの石を外しながら登る周作を見て、驚いた。
観察していたのだ。宮司が、どの石を踏んで上るのかを。そして、宮司が降りる時に確実に転ぶように、石を外したのだと。
周作の思惑通り、事はすすんだ。宮司が自分の思惑通りに転んだのが嬉しかったのか、周作は、笑っていた。もし万一宮司が足を踏み外した時に、打ちどころが悪く宮司が死んでいたとしても、周作は、同じように笑っていたかも知れない。
妻、頼子が周作の幼い頃に心配していたことを思い出す。なるほど、あの子の本質を目の当たりにすれば、行く末が怖くなるのもうなずける。だが、イサクの職場である戦場では、あの合理的で目的のためには敵の命も戸惑うことなく奪い去る能力は、貴重な才能だ。まだ、小学生の周作。今後どう成長するかは分からない。だが、成長によっては、自分の作戦に周作を加えてみるのも一興かとも思う。
今後が楽しみだと、イサクは、微笑んだ
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