上 下
16 / 40
立ち向かう者達

烏天狗の忠義

しおりを挟む
 壮羽の話によると、太政大臣は、黒い虎の処刑を命じたのだという。
 黒焦げでも何でもよいので、死んだら報告しろとだけ、葉居に言ったのだという。

「は? 太政大臣は、頭が悪いのか? せっかく報奨金までつけて捕らえた不吉の黒虎だぞ? もっと効果的に使って殺す方法がいくらでもあるだろうが。国難を全て、黒虎のせいにして民の前で派手に殺すとか。捕らえて生きたまま市中に晒すとか。……いや、待て。事態が急変したのか。そんな誤魔化しが効かないところまで、妖魔の軍勢が来ていて……」

 壮羽の話を聞いて、西寧がグルグル考え出す。

「話を聞いておられましたか? 唯一の出入り口に火を放たれたのです。今、こうしている間にも火は木製の階段を燃やしながら登ってきます」

「ああ。聞いていた。煙突効果とやらで、火の回りは早いだろう。一刻を争うな」
西寧は、答えながらもなおも考え込んでいる。

「そして私は、葉居にあなたの死を確実にするために、殺して火の回るのを確認しろと命じられました」

「いや、それはお前の命まで危うくなるだろうが」

 西寧は、キョトンとする。
 自分を殺すのには、火を放つだけで十分だろう。もちろん、逃げる自信はあるが。

「だから、そう言っています。私は、元々あなたを探すために連れて来られました。その私が、嘘を言っていたことがバレました」

「嘘?」

「でたらめを伝えました。黒い虎は、目の細い頬のこけた黒目の少年だったと。捕らえられた西寧様の顔を見て、嘘が明るみに出ました。歯向かうものは死ねと言うことでしょう」

 何でそんなことを。
 そう言いかけて、西寧は言葉を詰まらせる。

 愚問だ。優しいこの烏天狗は、自分を助けたかったのだろう。烏天狗の信条に反してまでも。

「すまない。俺のせいで、お前に無茶をさせた」

 壮羽が、苦しそうに首を横に振る。

「そんな風におっしゃらないで下さい。殺し辛くなります」

 壮羽は、懐からナイフを取り出した。

「私の最期の指令は、あなたを殺して、死を確認することです」

 そう言いながらナイフを振るう壮羽を避けながら、西寧は部屋中を走り回る。
 鋭い刃使い。小さなナイフが、部屋中の物を切り刻む。

 あれ? 殺し辛いとか言っていなかったか? それでこれか?

 盾にした椅子は、木っ端微塵だ。とても敵わない。

「待て。お前だけでも逃げろ。壮羽。今ならそこの窓から飛んで逃げられるだろ」

 攻撃を防ぎながら、西寧が、壮羽に逃げ道を示す。燃え盛る火の中、壮羽は、直も、西寧に攻撃を繰り返す。

「無理です。私の羽は、この作戦の前に逃げないように新しく切り取られてしまいました。飛ぶことは出来ません。ここで、火を階下から付けられたということは、私の主人は、私をこの場であなたと共に。焼き殺してしまおうとしているのでしょう」

 壮羽が翼を広げる。
 籠の小鳥が逃げないようにそうするように、翼に切れ込みを入れられている。これでは、この高い建物から逃れることは出来ない。西寧の眉間に皺が寄る。

「お前は、そんな主人に従う必要はない!」

 憤慨し叫んだ西寧の言葉に、壮羽が、悲しそうに首を振る。

「金で買われたとはいえ、私の主は、あの人なのです。烏天狗として、主を裏切る訳には行きません!」

 壮羽が、西寧の喉元にナイフを当てる。
 手が震えている。
 命令通りに西寧の命を取ることに、迷っているのだろう。

 西寧が、真っ直ぐ壮羽を見つめると、壮羽は、諦めて目を閉じる。
 どうしても殺せなかったのだろう。

「最後のチャンスです。私は、今、あなたを殺しそこないます。お逃げください。あなたの知恵なら、逃げられるでしょう? 私は、ここで、殺しそこなった責任を取って死ぬことと致します」

 壮羽の言葉に、西寧が、ハッと笑う。

「ここでお前を見捨てて逃げるようなら、俺に価値などない。存分に殺せ。壮羽」

 喉元にナイフを当てられて、直も、西寧は、壮羽を真っすぐ見つめる。

 壮羽の頭の中に、烏天狗の信条がよぎる。

 『主を裏切ることは、万死に値する』『主に生涯の忠誠を尽くせ』

 また、私は、主を裏切らなければならないのか。
 忠義を尽くそうと決めた兄から逃げ、助けてくれた緑蔭を殺し、金で雇った主を裏切ってきた。
 だが、この少年王のような人を殺めてまで、どうして今の主人に忠誠を誓わなければならないのか。
 壮羽の心は、壊れそうなくらいに揺れる。
 西寧が、言葉をつなげる。

「俺を信じろ。俺の臣下になれ。壮羽! 自らの手で、主を選べ!」

 壮羽は、足元から崩れて、西寧に額づいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...