黒虎記~たかが占いと伝承のせいで不吉の虎と呼ばれ迫害され暗殺されかけた王子だが、商人の家で得た知識で巻き返す

ねこ沢ふたよ

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立ち向かう者達

烏天狗の忠義

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 壮羽の話によると、太政大臣は、黒い虎の処刑を命じたのだという。
 黒焦げでも何でもよいので、死んだら報告しろとだけ、葉居に言ったのだという。

「は? 太政大臣は、頭が悪いのか? せっかく報奨金までつけて捕らえた不吉の黒虎だぞ? もっと効果的に使って殺す方法がいくらでもあるだろうが。国難を全て、黒虎のせいにして民の前で派手に殺すとか。捕らえて生きたまま市中に晒すとか。……いや、待て。事態が急変したのか。そんな誤魔化しが効かないところまで、妖魔の軍勢が来ていて……」

 壮羽の話を聞いて、西寧がグルグル考え出す。

「話を聞いておられましたか? 唯一の出入り口に火を放たれたのです。今、こうしている間にも火は木製の階段を燃やしながら登ってきます」

「ああ。聞いていた。煙突効果とやらで、火の回りは早いだろう。一刻を争うな」
西寧は、答えながらもなおも考え込んでいる。

「そして私は、葉居にあなたの死を確実にするために、殺して火の回るのを確認しろと命じられました」

「いや、それはお前の命まで危うくなるだろうが」

 西寧は、キョトンとする。
 自分を殺すのには、火を放つだけで十分だろう。もちろん、逃げる自信はあるが。

「だから、そう言っています。私は、元々あなたを探すために連れて来られました。その私が、嘘を言っていたことがバレました」

「嘘?」

「でたらめを伝えました。黒い虎は、目の細い頬のこけた黒目の少年だったと。捕らえられた西寧様の顔を見て、嘘が明るみに出ました。歯向かうものは死ねと言うことでしょう」

 何でそんなことを。
 そう言いかけて、西寧は言葉を詰まらせる。

 愚問だ。優しいこの烏天狗は、自分を助けたかったのだろう。烏天狗の信条に反してまでも。

「すまない。俺のせいで、お前に無茶をさせた」

 壮羽が、苦しそうに首を横に振る。

「そんな風におっしゃらないで下さい。殺し辛くなります」

 壮羽は、懐からナイフを取り出した。

「私の最期の指令は、あなたを殺して、死を確認することです」

 そう言いながらナイフを振るう壮羽を避けながら、西寧は部屋中を走り回る。
 鋭い刃使い。小さなナイフが、部屋中の物を切り刻む。

 あれ? 殺し辛いとか言っていなかったか? それでこれか?

 盾にした椅子は、木っ端微塵だ。とても敵わない。

「待て。お前だけでも逃げろ。壮羽。今ならそこの窓から飛んで逃げられるだろ」

 攻撃を防ぎながら、西寧が、壮羽に逃げ道を示す。燃え盛る火の中、壮羽は、直も、西寧に攻撃を繰り返す。

「無理です。私の羽は、この作戦の前に逃げないように新しく切り取られてしまいました。飛ぶことは出来ません。ここで、火を階下から付けられたということは、私の主人は、私をこの場であなたと共に。焼き殺してしまおうとしているのでしょう」

 壮羽が翼を広げる。
 籠の小鳥が逃げないようにそうするように、翼に切れ込みを入れられている。これでは、この高い建物から逃れることは出来ない。西寧の眉間に皺が寄る。

「お前は、そんな主人に従う必要はない!」

 憤慨し叫んだ西寧の言葉に、壮羽が、悲しそうに首を振る。

「金で買われたとはいえ、私の主は、あの人なのです。烏天狗として、主を裏切る訳には行きません!」

 壮羽が、西寧の喉元にナイフを当てる。
 手が震えている。
 命令通りに西寧の命を取ることに、迷っているのだろう。

 西寧が、真っ直ぐ壮羽を見つめると、壮羽は、諦めて目を閉じる。
 どうしても殺せなかったのだろう。

「最後のチャンスです。私は、今、あなたを殺しそこないます。お逃げください。あなたの知恵なら、逃げられるでしょう? 私は、ここで、殺しそこなった責任を取って死ぬことと致します」

 壮羽の言葉に、西寧が、ハッと笑う。

「ここでお前を見捨てて逃げるようなら、俺に価値などない。存分に殺せ。壮羽」

 喉元にナイフを当てられて、直も、西寧は、壮羽を真っすぐ見つめる。

 壮羽の頭の中に、烏天狗の信条がよぎる。

 『主を裏切ることは、万死に値する』『主に生涯の忠誠を尽くせ』

 また、私は、主を裏切らなければならないのか。
 忠義を尽くそうと決めた兄から逃げ、助けてくれた緑蔭を殺し、金で雇った主を裏切ってきた。
 だが、この少年王のような人を殺めてまで、どうして今の主人に忠誠を誓わなければならないのか。
 壮羽の心は、壊れそうなくらいに揺れる。
 西寧が、言葉をつなげる。

「俺を信じろ。俺の臣下になれ。壮羽! 自らの手で、主を選べ!」

 壮羽は、足元から崩れて、西寧に額づいた。
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