黒虎記~たかが占いと伝承のせいで不吉の虎と呼ばれ迫害され暗殺されかけた王子だが、商人の家で得た知識で巻き返す

ねこ沢ふたよ

文字の大きさ
上 下
15 / 40
立ち向かう者達

壮羽の心

しおりを挟む
 意識を取り戻した時、西寧は、葉居の敷地の中で、幽閉するために建てられた塔の中に閉じ込められていた。
 男物の服が着せられていたのは、有難い。ボロボロの服でも、無いより数倍マシだ。体中が痛いのは、気を失っている間に、ずいぶん乱暴に扱われたのだろう。

 石造りの塔の最上階。
 小さな小部屋一つに簡易的な水回りが付けられている。大きな窓には、古いカーテンが吊り下げられている。きっと、何世代も前から、言いなりにならない者を閉じ込めて置くために作られたのだろう。何もかもが古ぼけて時代掛かっている。埃っぽい。それなりに調度品が贅沢なのは、時には身分の高い者を閉じ込めたからかもしれない。何人の者が、ここで辛い思いをして死んだのだろうか。大きな窓に鉄格子も入っていないのは、流石にここから落ちれば、命がない高さだからか。下をみれば、兵士達がゴマ粒のように見える。

 西寧が、外を眺めていると、遠くに鳥が飛んでいる。幼い頃に王宮の木の上から見た光景を思い出す。結局俺は、この年になっても、こんな場所にいる。何もかもがまだ上手くいかない。 
 結局、壮羽には会えなかった。兵士達の話では、奴隷の身分で未来の無い毎日。決して幸せとは言えないようだった。折角の綺麗な翼。飛ばせてやりたい。壮羽と話がしたい。心の傷があるようだったから、それを癒して未来を考えるようにしてやりたい。未来さえ希望を持てれば、きっと自力でも逃げられる実力があるだろう。

「あなたは、アホですか? なんで、わざわざ捕まるような真似をしたんですか!」

「壮羽!」

 扉から、壮羽が入ってきた。怒っている。いや、呆れている。
 壮羽に会えて、西寧の表情はみるみる明るくなる。

「壮羽が着せてくれたのか? この服。そのまま転がされているだろうと思っていたのだが、身綺麗にされて服まで着せられていた。こんな場所でそんなことをしてくれるのはお前だけだろ?ありがとう!」

 西寧の喉がゴロゴロ鳴っている。壮羽に会えたのがよっぽど嬉しいのだろう。

「まあ、そのくらいは。……いや、それよりも、今は、どうしてこんな所に来たのかを聞いているのです」

 壮羽は怒っている。
 西寧が無鉄砲に自分を捕えようとしている人間の屋敷に潜り込んだことが、気にくわないのだ。

 壮羽にとって、西寧はたった一人の希望だった。ほんの一時会っただけだったが、西寧に惹かれた。生きてくれていて元気でいてくれれば、それだけで良かった。なのに、その西寧が自ら死にに行くような真似をすることが、許せなかった。

「お前が心配で話がしたかった。葉居は、お前が好むような主ではないだろ?」
西寧が、叱られてシュンとする。

「それは、そうですが。しかし、わざわざその為にこんな危険を? 命を失うところだったのですよ? 本格的にイカれていますね」

 壮羽はかなり怒っているらしい。先ほどから、言葉がきつい。

「なんとか今のところ命は助かっただろ。俺は太政大臣の獲物だ。勝手に連絡もなしに殺しはせんだろ? たぶん」

 西寧に確証はない。
 腕や足を食いちぎられて葉居が怒り狂って勢いで殺してしまうことも考えられた。気を失っている間に、ずいぶん痛めつけられたようで、体中が痛い。誰が何をしたのかなんてもう知りたくもないが、取りあえず骨も折られずに今生きていることで十分だった。

「なあ。どうして逃げ出さない? 見ず知らずの町娘を捉えて太政大臣への貢ぎ物にしようとするような奴だぞ? 主と認める必要がどこにある?」

 西寧の瞳が、真っ直ぐ壮羽を見つめる。
 壮羽は、言葉につまる。

 西寧の言う通り、葉居は良い主ではない。だが、主は主だ。裏切る訳にはいかない。もう主殺しはしたくない。

「前に、主を殺したのだと言っていただろ? それだって、壮羽のことだ。何か理由があったからだ。俺は、お前を信じている」

 西寧の強い言葉。真っ直ぐな信頼を向けられて、壮羽はたじろぐ。

「どうして信じられるのですか? 会って間もない私を」

「会って間もないただの子どもの俺を助けてくれたのは、お前だ。それだけで十分だ」

 西寧の言葉に、壮羽は緑蔭を思い出す。
 何もない子どもの自分を助けてくれた緑蔭。
 
 自分が殺した。心が痛む。
 
 うろたえる壮羽を西寧が抱きしめる。

「今度は、俺がお前を助ける。俺が、お前の罪を許す。俺がお前を全部認めてやる。だから、お前は、自由に空を飛んでいいんだ。俺が、お前を飛ばしてやる」

 壮羽の目から涙がこぼれる。
 もう何年空を飛んでいないだろうか。

 奴隷となり翼には切込みを入れられて、無茶な要求や嫌な仕事ばかりを押し付けられてきた。翼の切込みは、主が自分を信頼していない証。いつ裏切っても簡単に逃げ出せないように入れられたもの。

 烏天狗に産まれ誰よりも高く速く飛ぶ壮羽が、地を這って生きてきた。奴隷の身分であることを、壮羽にいつも思い知らせてきた。
 
 階下から、焦げ臭い匂いと煙が上がってくる。閉じられた扉の隙間から、煙が溢れる。

「西寧様。残念です。始まってしまったようです」

「何がだ」

「処刑ですよ。あなたは、ここで私と死ぬのだそうです」

 壮羽は、涙を拭って寂しそうにニコリと笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ウルティメイド〜クビになった『元』究極メイドは、素材があれば何でも作れるクラフト系スキルで商売をして生計を立てていく〜

西館亮太
ファンタジー
「お前は今日でクビだ。」 主に突然そう宣告された究極と称されるメイドの『アミナ』。 生まれてこの方、主人の世話しかした事の無かった彼女はクビを言い渡された後、自分を陥れたメイドに魔物の巣食う島に転送されてしまう。 その大陸は、街の外に出れば魔物に襲われる危険性を伴う非常に危険な土地だった。 だがそのまま死ぬ訳にもいかず、彼女は己の必要のないスキルだと思い込んでいた、素材と知識とイメージがあればどんな物でも作れる『究極創造』を使い、『物作り屋』として冒険者や街の住人相手に商売することにした。 しかし街に到着するなり、外の世界を知らない彼女のコミュ障が露呈したり、意外と知らない事もあったりと、悩みながら自身は究極なんかでは無かったと自覚する。 そこから始まる、依頼者達とのいざこざや、素材収集の中で起こる騒動に彼女は次々と巻き込まれていく事になる。 これは、彼女が本当の究極になるまでのお話である。 ※かなり冗長です。 説明口調も多いのでそれを加味した上でお楽しみ頂けたら幸いです

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア
ファンタジー
【祝!第17回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞!】 転売屋(テンバイヤー)が異世界に飛ばされたらチートスキルを手にしていた! 元の世界では疎まれていても、こっちの世界なら問題なし。 相場スキルを駆使して目指せ夢のマイショップ! ふとしたことで異世界に飛ばされた中年が、青年となってお金儲けに走ります。 お金は全てを解決する、それはどの世界においても同じ事。 金金金の主人公が、授かった相場スキルで私利私欲の為に稼ぎまくります。

処理中です...