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それからの生活

おソノの診療所 12

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 柏木優一の祖母、おソノの診療所で、柏木優一とモドキは働いていた。

「すまんな。モドキ。難しい症例の患畜だったから、助かった」

 おソノ婆ちゃんは、モドキちゃんに礼を言う。
 僕よりもきっと、モドキちゃんの方が役に立っている気がする。

 今日の患者は、気弱なポメラニアン。
 獣医に来たというだけで怯えてしまって、震えあがって聴診器一つで縮こまってしまっていた。
 
 モドキちゃんが動物語でなだめてくれたおかげで、難なく緊張をほぐしてあげることができたし、治療の方針を患畜自身に話してあげられるのは、とても大きい。
 病気を治してあげたいのだというこちらの意向を的確に伝えてあげられたことで、細かい治療も、負担少なくこなせたのだ。


「まあ、儂にかかれば、こんな物だ! 礼は、贈答用デラックスチュール三本セットで良いぞ!」

 フフン! とモドキちゃんが、どや顔をする。
 
「優一。何やら、子どものことで悩んでいるんだそうだな」
「わ、何で知っているの?」

 二人で話している内容は、家族には漏らしていないのに。
 まだ、出来てもいない子どもの問題。微妙過ぎる問題は、家族に話をするつもりはなかった。

 あ、モドキちゃんか。
 モドキちゃんが、薫さんと僕の会話を聞いて、おソノ婆ちゃんに連絡したんだ。

「金のことなど心配するな。何のために家族がいる?」
「え、どういうこと?」
「モドキとお前が、馬車馬のように働けば、それなりに給与は出せる」
「待て、おソノ! 儂も働くのか?」
「当然だろう? こんな便利な猫、使わぬ手はないわ!!」
「クッ!」

 カラカラと笑う婆ちゃんの横で、モドキちゃんが悔しがっている。
 貸してくれるのではなく、働けという所が、婆ちゃんらしい。
 でも、それでも、有難い。


「だから、二人だけで相談して、早まった結論だけはしないでもらいたい」

 早まった結論。
 僕が、学校を辞めるとか、妊娠を諦めるとか。

 僕の学校はともかく、お金が原因でそんな結論に至るのは、それは悲しすぎる。
 きっと、それを心配してくれているのだろう。

「ありがとう、婆ちゃん」

 僕は、素直に婆ちゃんに礼を言う。
 
「柏木よ。ゆっくりしている暇はないぞ?」

 モドキちゃんが、スマホを見て慌てている。

「絹江が、おソノの診療所にいることに感づいた!」

 え、モドキちゃんの元飼い主の絹江さんが? それは、まずい。
 元気すぎるかの人がくれば……。

「源助さん!!! 源助さーん!!」

 遅かった……。
 
 診療所の入り口が、バーンと大きな音を立てて開かれる。
 本日も、ド派手な真っ赤なジャケットを着こなす絹江さん。

「絹江!! 静かに!!」

 おソノ婆ちゃんの怒鳴り声が、診療所に響く。
 モフモフのモドキちゃんに抱きついてスリスリしている絹江さん。おソノ婆ちゃんの怒りは、全く通じていないようだった。   
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