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5黄金狐
軟膏
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「なんだ。じゃあ、白金が持って行ってやればいいじゃないか」
蒼月が、どうして俺達を待っていたのか? と首をひねる。
「だって、変な結界が張っているんだよ? あの建物」
七尾の白金では、とても入れなかったらしい。
河童がその辺りをうろついていたことで、診療所の責任者が心配になって術師のような者に、妖怪避けの結界を張ってもらったのだという。
ここに居るのは、妖怪ばかり。
妖怪避けの結界となれば、山猫も河童も妖狐も入れない。
「八尾の黄金でも駄目かな?」
「うーん。どうだろ? 無理矢理破れば、何とかなるが、それで周囲を傷つけないかと言われると自信がない……」
黄金が頭を掻く。
「じゃあ、人間を騙して、それで届けてもらうのが良い?」
「騙すって、普通にお願いすればいいだろう?」
黄金は聞き返す。
「だって、病院に薬を届けるだなんて、変な話ではない?」
白金の言う通り、そこが病院なのだから、薬はそこにあるだろう。
外から薬を届ける必要はない。
「そもそも、信用のおけない者に薬を託すのはちょっと……」
河童がとまどう。
第一、知らない者から受け取った薬を、少女が使ってくれるかどうか? 怪しいと言って、そのままゴミ箱へ捨ててしまうのが関の山ではないだろうか。
「そうだ。信頼のおける人ならいいんだろう?」
白金が、何かを思いついたようで、ニコリと笑う。
朝の道で、診療所に出勤した医師は、女が一人立っているのを見つける。
タエの義母だ。
入院してから一度も見舞いにも来なかったのに、さすがに本日の午後には療養所へ転院となると心配になったのだろうか?
「あの……。あの子は元気にしていますでしょうか?」
義母は、医師に声をかける。
「ご心配なら、お見舞いをなされてはいかがですか? タエも喜ぶでしょう。隔離と申しても、大人が少し距離と取りながら話すことくらいは出来ますよ」
医師が診療所に入ることを促せば、義母は首を横に振ってそれを拒否する。
「今更、どの面下げてあの子に会うことができましょう? あの子につらく当たってしまったことに後悔しかありません。あの子も、怯えて私に良い顔をしないでしょう……」
俯く義母に、医師はため息をつく。見舞いではないなら、なぜ診療所を訪れたのか……。
「お医者様が、良い薬を処方して下さっているのは、知っています。それで信頼して任せておりますが、知人に良く効く薬をいただきまして、失礼なことは十分承知しておりますが、後生ですから、義母の懺悔の気持ちとして、この薬をあの子に塗ってやっていただけませんか?」
そう言って義母が医師に渡したのは、小さな貝の容器に入った軟膏。……まさか毒? 日頃の義母とタエの関係を知っている医師が訝っていると、義母は一掬いして自分に塗る。
どうやら毒ではないようだ。
西洋医学が盛んになったとはいえ、生薬や漢方を中心とした、迷信まじりの民間療法はまだ多い。この軟膏もその類だろうか? 詐欺のように高い金額で、薬にも毒にも成らない物を、病気で切羽詰まった者に売りつける人間もいる。
「まあ、いい。分かりました。気休めにしかならないでしょうが、朝の診療の時に塗って差し上げますよ」
こんな物をいくらで買ったのだろう。呆れながらも、医師は薬を預かった。
蒼月が、どうして俺達を待っていたのか? と首をひねる。
「だって、変な結界が張っているんだよ? あの建物」
七尾の白金では、とても入れなかったらしい。
河童がその辺りをうろついていたことで、診療所の責任者が心配になって術師のような者に、妖怪避けの結界を張ってもらったのだという。
ここに居るのは、妖怪ばかり。
妖怪避けの結界となれば、山猫も河童も妖狐も入れない。
「八尾の黄金でも駄目かな?」
「うーん。どうだろ? 無理矢理破れば、何とかなるが、それで周囲を傷つけないかと言われると自信がない……」
黄金が頭を掻く。
「じゃあ、人間を騙して、それで届けてもらうのが良い?」
「騙すって、普通にお願いすればいいだろう?」
黄金は聞き返す。
「だって、病院に薬を届けるだなんて、変な話ではない?」
白金の言う通り、そこが病院なのだから、薬はそこにあるだろう。
外から薬を届ける必要はない。
「そもそも、信用のおけない者に薬を託すのはちょっと……」
河童がとまどう。
第一、知らない者から受け取った薬を、少女が使ってくれるかどうか? 怪しいと言って、そのままゴミ箱へ捨ててしまうのが関の山ではないだろうか。
「そうだ。信頼のおける人ならいいんだろう?」
白金が、何かを思いついたようで、ニコリと笑う。
朝の道で、診療所に出勤した医師は、女が一人立っているのを見つける。
タエの義母だ。
入院してから一度も見舞いにも来なかったのに、さすがに本日の午後には療養所へ転院となると心配になったのだろうか?
「あの……。あの子は元気にしていますでしょうか?」
義母は、医師に声をかける。
「ご心配なら、お見舞いをなされてはいかがですか? タエも喜ぶでしょう。隔離と申しても、大人が少し距離と取りながら話すことくらいは出来ますよ」
医師が診療所に入ることを促せば、義母は首を横に振ってそれを拒否する。
「今更、どの面下げてあの子に会うことができましょう? あの子につらく当たってしまったことに後悔しかありません。あの子も、怯えて私に良い顔をしないでしょう……」
俯く義母に、医師はため息をつく。見舞いではないなら、なぜ診療所を訪れたのか……。
「お医者様が、良い薬を処方して下さっているのは、知っています。それで信頼して任せておりますが、知人に良く効く薬をいただきまして、失礼なことは十分承知しておりますが、後生ですから、義母の懺悔の気持ちとして、この薬をあの子に塗ってやっていただけませんか?」
そう言って義母が医師に渡したのは、小さな貝の容器に入った軟膏。……まさか毒? 日頃の義母とタエの関係を知っている医師が訝っていると、義母は一掬いして自分に塗る。
どうやら毒ではないようだ。
西洋医学が盛んになったとはいえ、生薬や漢方を中心とした、迷信まじりの民間療法はまだ多い。この軟膏もその類だろうか? 詐欺のように高い金額で、薬にも毒にも成らない物を、病気で切羽詰まった者に売りつける人間もいる。
「まあ、いい。分かりました。気休めにしかならないでしょうが、朝の診療の時に塗って差し上げますよ」
こんな物をいくらで買ったのだろう。呆れながらも、医師は薬を預かった。
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