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4 紫檀狐
平安
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蒼月の営む小さな店『山月記』で、白金、黄、それに紫檀まで揃って、酒を飲んでいる。
……こいつら、ちゃんと料金を払う気があるのだろうな?
日本酒を水を浴びるように飲み続ける紫檀に一抹の不安を覚えながらも、蒼月は、つまみを出してやり、応対する。
「黄は、若草に会わなくて良かったのかい?」
白金に聞かれて、黄は首を横に振る。
「母は人間に生まれ変わっているのでしょう? 記憶もないのでしょう? 妖狐の私がお会いしたところで、何の話がありましょう。それよりも、佐次さんと若草さんが、そんな状態で上手くいくのかが気になります」
佐次にとっては、若草狐の生まれ変わりでも、若草には記憶はなく佐次は初めて会う人だ。そんなの上手くいくのだろうか? 黄は、そのことが気になっていた。
「それは、佐次と若草次第であろう?」
紫檀がそう言って笑う。
「また、いいかげんな。長老狐から狐竜になられたのですから、もっとちゃんとしていただかないと」
黄が文句を言えば、
「はは。八尾になっても変わらんな」
と紫檀が黄の頭を撫でる。
「そう言えば、紫檀様。晴明の式神を佐門は使役しておりました」
「うん? おお……懐かしいなあ。あいつら健在であったか」
「では、ご存知でいらっしゃる」
白金は、佐門の使役していた式神の特徴を伝える。
あれは、明らかに解呪に妖狐の力を必要とする。ひょっとして、紫檀と晴明が知り合いであったのならば、あの式神の解呪は、紫檀に託されたものであったのかもしれない。
「晴明のクソじじい。面倒な仕事を置き去りにしたものだ。そうであったかもしれんな」
カラカラと上機嫌に紫檀は笑う。
「ねえ、紫檀様。晴明様とは、どのようなお方であったのでしょう?」
黄が尋ねる。
天才と呼ばれる妖狐と人間の子、晴明。会ったことがあるなら、知りたい。
「そうだな。まだ、九尾になる前に出会ったのだが……」
紫檀は、まだ若い狐であった頃のことを語り出した。
千年を超えて昔。平安と呼ばれる時代に、天才陰陽師と呼ばれる安倍晴明が生きていた。
既に、並みの人間が生きる寿命は超えているのに、晴明の姿は若い頃のまま。誰しもに怪しまれ、晴明は、自らが死んだという噂を流して、一人ひっそりと山の中の庵に住んでいた。
夜遅く。晴明が書物を読みながら、うつらうつらとしていると、闇に潜む影があった。
影は、すうっと晴明の後ろから腕を伸ばす。
何の音もなく、気配もなく、晴明の首に手が伸びる。
「おろかな」
晴明は、腕を握ると、そのまま壁に投げつけた。
投げつけられたのは、まだ若い妖狐紫檀。
バンと大きな音と共に壁にぶち当たり、その場にうずくまる。
「痛いではないか。やり過ぎた」
紫檀が文句を言えば、
「隙をつこうとするのが悪い」
と、涼しい顔で、晴明が言う。
紫檀は、まだ大人にもなっていない若い妖狐。晴明の噂を聞きつけて、たびたび訪れては、晴明に一泡吹かせようと挑戦してくる。
「今日で……九十日ほどだ」
晴明がため息をつけば、
「応、そうであったか。後十日も通えば、百夜通いになってしまうな」
と紫檀が笑った。
……こいつら、ちゃんと料金を払う気があるのだろうな?
日本酒を水を浴びるように飲み続ける紫檀に一抹の不安を覚えながらも、蒼月は、つまみを出してやり、応対する。
「黄は、若草に会わなくて良かったのかい?」
白金に聞かれて、黄は首を横に振る。
「母は人間に生まれ変わっているのでしょう? 記憶もないのでしょう? 妖狐の私がお会いしたところで、何の話がありましょう。それよりも、佐次さんと若草さんが、そんな状態で上手くいくのかが気になります」
佐次にとっては、若草狐の生まれ変わりでも、若草には記憶はなく佐次は初めて会う人だ。そんなの上手くいくのだろうか? 黄は、そのことが気になっていた。
「それは、佐次と若草次第であろう?」
紫檀がそう言って笑う。
「また、いいかげんな。長老狐から狐竜になられたのですから、もっとちゃんとしていただかないと」
黄が文句を言えば、
「はは。八尾になっても変わらんな」
と紫檀が黄の頭を撫でる。
「そう言えば、紫檀様。晴明の式神を佐門は使役しておりました」
「うん? おお……懐かしいなあ。あいつら健在であったか」
「では、ご存知でいらっしゃる」
白金は、佐門の使役していた式神の特徴を伝える。
あれは、明らかに解呪に妖狐の力を必要とする。ひょっとして、紫檀と晴明が知り合いであったのならば、あの式神の解呪は、紫檀に託されたものであったのかもしれない。
「晴明のクソじじい。面倒な仕事を置き去りにしたものだ。そうであったかもしれんな」
カラカラと上機嫌に紫檀は笑う。
「ねえ、紫檀様。晴明様とは、どのようなお方であったのでしょう?」
黄が尋ねる。
天才と呼ばれる妖狐と人間の子、晴明。会ったことがあるなら、知りたい。
「そうだな。まだ、九尾になる前に出会ったのだが……」
紫檀は、まだ若い狐であった頃のことを語り出した。
千年を超えて昔。平安と呼ばれる時代に、天才陰陽師と呼ばれる安倍晴明が生きていた。
既に、並みの人間が生きる寿命は超えているのに、晴明の姿は若い頃のまま。誰しもに怪しまれ、晴明は、自らが死んだという噂を流して、一人ひっそりと山の中の庵に住んでいた。
夜遅く。晴明が書物を読みながら、うつらうつらとしていると、闇に潜む影があった。
影は、すうっと晴明の後ろから腕を伸ばす。
何の音もなく、気配もなく、晴明の首に手が伸びる。
「おろかな」
晴明は、腕を握ると、そのまま壁に投げつけた。
投げつけられたのは、まだ若い妖狐紫檀。
バンと大きな音と共に壁にぶち当たり、その場にうずくまる。
「痛いではないか。やり過ぎた」
紫檀が文句を言えば、
「隙をつこうとするのが悪い」
と、涼しい顔で、晴明が言う。
紫檀は、まだ大人にもなっていない若い妖狐。晴明の噂を聞きつけて、たびたび訪れては、晴明に一泡吹かせようと挑戦してくる。
「今日で……九十日ほどだ」
晴明がため息をつけば、
「応、そうであったか。後十日も通えば、百夜通いになってしまうな」
と紫檀が笑った。
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