妖狐

ねこ沢ふたよ

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3 妖狐

木花咲夜姫の神気

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「式神が負けたようだな」

佐次がそう言えば、佐門がイラつく。

「どいつもこいつも、役立たずにも程がある」

 佐門の胸の人面瘡が悪態をつく。
 じりじりと間合いを詰めて、慎重に攻撃を進める佐次。槍の間合いは長いが、その懐に入ってしまいさえすれば、剣の方が格段に有利になる。

「本当に、まだるっこしい奴だ。疾く死んでくれ。俺は、次の馬を探したい」

佐次の腕の人面瘡が、ぶつくさと文句を言う。

「セガレよ。お前は、運がない。そんな駄馬では、何ともしようがなかろう?」

 ゲラゲラと笑う人面瘡の声が次第に歪んてくる。
 何が起こっている?

 佐門の指から黒い霧のような物がジワジワと広がり始める。
 ……幻術?
 かつて、若草狐を騙した技。妖ガシャドクロになり果てた母が佐門に教えた技。

 黒い霧は佐次を囲み遮る。
 さて、どうしようか? 幻術の中で下手に動けば危険だ。敵と思ったものは味方であり、腕だと思った物は、首になる。体に傷を付ければ痛みで術が解けると聞いたことはあっても、腕に傷をつけたつもりで切ったところが首なら、致命傷になってしまう。

 ほのかに懐が温かい。小豆の袋が淡い光を放っている。
 木花咲夜姫の神気が、黒い幻術の霧の中で光を放つ。佐次は、袋の小豆を一掴み飲み込んでみる。
 ジワリと温かくなる臓腑。

「くっそ、なんだ。これは!!」

腕の人面瘡が震え出す。
 
 あれほど佐次を苦しめた人面瘡が、木花咲夜姫の神気に耐え切れずに、あっけなくポトリと床に落ちる。人面瘡は、小さな乾燥した瘡蓋となって剥がれ落ちた。

「ハハ。今、この大事な時に、人面瘡を失って、さらに弱くなったか」
黒い霧の中から、佐門の嗤う声がする。

 違う。力が、湧いてくる。

 人面瘡を得た時とは違う、精神の泉の底から、何かが湧き出てくるような不思議な感覚。大きな力に包まれているのが分かる。

 人面瘡の残した刀を振るえば、佐次に呼応した神気の力で、黒い霧が晴れる。

「参る」

佐次は、神気を纏った佐次の姿に驚いている佐門の胸を剣で貫いた。

「くそッ」

 佐門がよろめく。
 せがれの剣を突きさされた、佐門の人面瘡が、目を見開いて血を噴いている。それが、人面瘡の血なのか、佐門の血なのかは、分からない。
 だが、佐門の命運は、すでに尽きている。

次第に、水分を奪われる佐門の体。佐門の体から奪われた水分が煙となってシュウウウと音を立てて天に昇っている。

「佐門。分かるか? その剣には、河童の薬を塗ってある」

「あ、河童の薬だと?」

「ああ。若草を騙した時に、お前は同時に河童も騙した。薬の制約は知っているだろう? それは、お前達にとってだけ、猛毒になって襲う」


 剣を引き抜こうとする佐門の手が崩れ落ちる。
 バキッと軽い音を立てて、体重を支えきれなくなった足が折れて崩れる。

 もう、何も言葉を発することも出来ないであろう佐門に妖魔たちが群がる。

 佐門は跡形もなく消えてしまった。
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