妖狐

ねこ沢ふたよ

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満願

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 佐次の言葉を大人しく聞いていた黄は、ハラハラと涙を流す。

「それは、私の母のことではありませんか。私を白金様に預けたのは、黄金です」
黄がそう言うと、

「なんと。では、あなたは、若草と兄佐門の子ですか?」

 佐次が、黄をマジマジと見つめる。
 まだ幼い子狐と思っていた。
 妖狐の子どもは、成長が早いと聞く。幼い姿はほんの一時。十五年も経てば立派に成人して尾の数も定まる。百年も前に産まれた妖狐が、この幼い姿なのは、どういうことか。

「申し訳ありません。私はあなたの憎い相手が、若草狐に産ませた子です。自分の妖力を貯める器に穴をあけられてしまったために、このように幼い姿のままでおります」
そう言って、佐次に黄が頭を下げる。

「器に穴を? ということは、兄の佐門が?」

「証拠はありません。しかし、佐次さんの話をお伺いしたところ、それで間違いないでしょう。しかし、白金様、何故槍を失った佐門にそのような芸当ができたのか。妖狐の妖力を奪うなんて、烏天狗の力無しにはできるとは思えません。その後の佐次に何があって、どうやってその力を手に入れたのか」

「佐門には、親父から引きついた烏天狗の矢があったはずだ」

あの日、若草を蔵に閉じ込めた時に使っていた矢。それを、まだ持っていたとしたら? その矢を使って、折れた槍を修復していたとしたら? そうすれば、黄の器に傷を付けることは、可能ではないだろうか。

 白金が、管狐の形を変えて、いつか妖魔に喰い荒らされた骸が見せたスーツを着た男の姿をつくる。

「さ、佐門!!!」

ニタリと嗤った男の姿を見た佐次が、叫ぶ。

「九尾様。これは?」

「廃病院で骸が見せた男だ。妖魔を操って人間を喰い荒らしておったわ」

白金が答える。

「では、佐門は、また力をつけて」

「黄の妖力だ。八尾であった黄の妖力を手に入れた佐門が、その妖力を悪用して、人を喰らい烏天狗を捕縛し、件の運命を捻じ曲げて生かした」

今まで黙っていた白金が雄弁に語り出す。

「白金様?」

長老狐、紫檀の話では、制約があって白金は、黄の過去に関わりそうなことを話すことが出来ないはずだ。

「満願だ。黄よ。記憶がなくとも、自ら考えて、若草が母と分かり、その犯人を突き止めた。自ら欠けた記憶を補うことで、黄の器の穴はこれで埋まる。白金の妖力を入れるぞ。覚悟して受け止めよ」

 白金が、そう言って黄に口づける。
 黄の体に、白金の妖力が、恐ろしい勢いで流れてくる。
 清流のような妖力は、ほのかな甘みを含み、良く磨かれた米で造られた清酒のような香りがした。
 だが、この流れは激流だ。何メートルも上から流れ落ちる滝に等しい。
 意識が押し流されそうになるのを、必死で黄は耐えて、妖力の滝を登り切る。

 瞬く間に、黄の体が大きくなり、八尾の妖狐にまで成長する。

「こ、これは……若草に似た」

 どこか、若草の面影を残す姿に成長した黄を見て、佐次が涙を流す。

「泣いている場合ではないだろう。佐次よ。お前には、まだ仕事が残っている。そうだろう?」

 白金が、そう言って佐次を見て笑う。

 白金の背に九本の白い尾が揺らめいて輝いている。金の瞳は、獲物を狩れる喜びで満ちている。

「この、九尾狐が、妖狐を嘲る行為に応えてやろう。黄を傷つけた。そのことを千年の後悔に変えてやる」
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