妖狐

ねこ沢ふたよ

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1 白金狐

半妖<はんよう>

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 助け出した烏天狗は、言っていた。
 不思議な術を使う人間につかまり、あの教祖の男に売られたのだと。

「磔にされたまま下衆どもにいいように扱われ屈辱の日々でした」

 烏天狗が、そう砂を握りしめながら怒りで震えていた。
 九尾狐の業火と里の烏天狗達の仲間を冒涜されたことへの怒りによって、人間達の行く末がどのようになったのかは、知らない。
 


「白金様。烏天狗を捕まえるような高い術を持った人間なんてそんなにたくさんいるのでしょうか?」

黄が聞けば、白金が首を横に振る。

「烏天狗は、妖の中でも高い妖力を誇る。そんなに多くいるとは思えない」

 では、烏天狗を騙した人間は、あの妖魔を操っていた人間と同一人物だろうか?
 件を生かす手術をした人間も気になる。あの老人ばかりの村には、件の頭を人間にすげられそうな人物はいなかった。あの件も、あの妖魔を操っていた男が?? 

 それに、百年近く前に、黄の『器の穴』をあけた犯人も、ひょっとしたら同じ人間……。それは、さすがにおかしいか。人間の寿命から考えれば、百年も生きているとは、考え難い。

 何か秘密があるのだろうか?

「ま、その内に分かるだろうよ」

白金は、相変わらず悠然としている。

「それよりも、今日の仕事を済ませてしまおう。帰って、蒼月にもらった酒が飲みたい」

「はい。白金様。そうでしたね」

 今、黄と白金は、薄暗い森の中の沼に居た。
 目的は、ここに住む河童から、薬を分けてもらい、その薬をある場所へ届けること。
 簡単なようだが、まず。この沼までたどり着き、沼の中から河童を呼び出さなければならない。そして河童から、薬をもらい、それを届けなければならない。面倒な仕事だ。
 この沼までは、白金の管狐のお陰で、それほどの苦労をせずに来たが、ここからが問題だった。

「沼は深く、とても泳いで河童の所までたどり着けそうにない。さて、どうしようか」

白金が黄に聞く。

「そうですね。向こうから来てくれるのが嬉しいですが、私たちがここに居ることも、河童は知っているのか怪しいですね。管狐で呼びに行きましょうか」

「うん。普通に管狐を出しても、管狐では泳げない」

「そうですね。亀か、カエルか、魚か」

「そうだね」

白金は、子猫ほどの大きさの管狐を出して、それを魚に変じさせる。白銀に輝く鯉は、濃い緑色の水の中に潜ると、そのままスッと消えていった。

「化け狐を舐めてはいけない。この程度なら造作もない」

白金は、軽く言うが、管狐を自分の形以外に変じさせるのは、難しい。九尾狐ならではの高い妖力がなければ、たちまち形を保てなくて崩れてしまう。

 ましてや、こんな水の中を泳がせるだなんて、至難の業だ。

「すごいですね」

黄が、鯉が消えていった沼を見つめる。

 一時ほどして、鯉が再び姿を現した時には、後ろに河童の姿があった。



「河童よ。話は、稲荷神から来ているか?」
白金が問えば、

「はい、お伺いしております」
と、河童が頭を下げる。

 痩せた人間の姿。パーカーにジーパンをはいた姿は、最近の人間の服装に合わせているのだろう。猫背で陰気な男の姿。
 その男が、巾着袋を白金に差し出す。

「この薬の処方は心得ていらっしゃいますでしょうか?」
と河童が聞く。

「うん。知っている」
白金は、事も無げに答える。

「お間違えになれば、毒になってしまいますから。お気をつけください。」

 河童は、そう念を押して沼に戻って行った。
 河童がいなくなれば、沼はまた静まり返っていた。

 薬の入った巾着を、白金が袂に入れる。

「その薬をどちらに届けるのですか?」
黄が聞けば、

「これを人間の家に届けるらしい。まあ、何が起こるかは、その時次第。」
と白金が笑う。

 白金は、管狐に黄と一緒に乗って、空を飛ぶ。

 着いたのは、小さなログハウス。
 白金が扉を叩けば、中から髭面の人間が顔を出す。

「また美人が……妖狐ですか?」

髭面の男が、白金と黄を見てそう言う。

「妖怪には詳しいようだね」

白金がそう言えば、髭面は、腕を捲って見せる。そこには、人間の顔をした出来物が笑っている。

「そりゃそうだ。俺に憑りつかれたこいつは、人間というよりはもう妖怪に近い」

ゲラゲラと出来物が笑う。

「俺は、串本といいます。この人面瘡に憑りつかれてから、稲荷神様に薬を届けていただいて生活しております。こんな人里離れたところに住んでいるのも、こいつのせいです」

 憎々し気に串本が人面瘡睨めば、ますます人面瘡は、楽しそうに高笑いする。
 白金が薬を取り出して塗ってやれば、人面瘡は、たちまち大人しくなって、ただの出来物になる。

「これも、三日も経てば、また人間の顔を持ち大騒ぎし始めるんです」

その度に、この薬を塗って、人面瘡を押さえるのだと、串本はぼやく。今回白金達が持ってきた分で何年分もの分量にはなるが、薬が切れるたびに、このように稲荷神の命を受けた狐や他の妖が薬を届けているのだそうだ。

「それは、お気の毒に」

黄は、串本を労う。それでは、人間と離れて生活するしかないだろう。こんな怪しい人面瘡を持っていれば、周囲の人に気持ち悪がられてしまうだろう。

「元々、神職をしていたので、それがご縁で稲荷神様が薬を分けて下さっています」

串本に薬を分けてもらえるように口利きをしてくれた妖狐が昔いたそうだ。

「もう、人面瘡と魂が混ざってしまっているね。こんな生活を二百年くらいは続けているのだろう?」

白金が串本に尋ねる。

「はい。おっしゃる通りでございます」

切なそうな顔を串本が見せる。

「長生きはつらいですか?」
黄が気遣えば、

「人間は、皆、命が短いですから。知り合いは皆、居なくなってしまいましたし。妖でも人間でもない私は、ここで孤独にいつまで耐えられるか。精神が、この人面瘡に飲まれてしまわぬように、耐えるばかりです」
と、串本はため息をつく。

「また会いに来ると言えば、元気になりますか?」

黄が尋ねれば、串本が少し笑う。

「私には、妖狐はかつての親友、若草一匹です」

若草、聞いた事のない妖狐の名前。里に居る妖狐ならば、たいてい聞いたことがあるが、黄が聞いたことがなければ、もうその妖狐は死んでしまっているかもしれない。

「若草に会える時を心待ちにします。」

串本は、そう言っていた。
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