妖狐

ねこ沢ふたよ

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1 白金狐

件<くだん>

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 なかなか連絡を寄こさない白金に連絡が取れるようにと、蒼月からスマホを貰ったのは良いが、なんとか電話を使えるようになったものの、明治大正辺りで人間界の知識が止まっていた白金には、メールやチャットまでは分からない。

「このボタンは先ほど、違う機能だと言っていたではないか」

白金が首をひねる。

「ああ。だからそれは、違う画面だったからだ。これは、この印が……」

田舎の年寄りに教えるような状況に、蒼月は頭を掻く。

「蒼月様の説明で分かりますよ。こうですね」

黄が、スマホを器用に動かして見せる。

「おお。良かった。なんだ、黄の方が器用じゃねえか」

「蒼月様、これはここで画面を戻して……絵文字は、こんな感じで……」

パタパタと打ち込んで、黄が蒼月にメッセージを送信してみせる。

「やるなあ。そうそう、データの添付はここで……」

飲み込みの早い黄に、蒼月が次々と新たなる機能を教える。

「黄よ。展開が早くてついていけないのだが」

白金が後ろから覗いて、困惑している。白金の狐耳は、完全にイカ耳になって後ろに伏せられている。

「しばらく、黄に教えてもらえ」

「お教えいたします。修行なさって下さい」

弟子の黄にそう言われて、白金は苦笑いをかえした。

 蒼月の店を出て狐屋敷に帰ろうとする白金の裾を黄がつかむ。

「お待ちください。書簡を持ってまいりましたので、狐屋敷に帰る前に、一仕事しましょう」

黄の一言に白金が固まる。

「酒を飲んで良い気分の時に仕事……」

白金が、キュウと、小さな悲鳴をあげる。

「いいじゃねえか。百年近くサボっていた罰だ。行ってこい」

蒼月にまでそう言われては、逃げ道は無い。

「仕方ないね。どんな仕事だい?」

白金に問われて、黄が書簡を開く。

「ええと、ですね。『件(くだん)』という妖が出まして、人間に予言をするのだそうです。妖は、人間に祭り上げられて、神様のように扱われているようですが、その予言の内容が、だんだん酷くなりまして。中には、自殺したり殺人にはしったりしてしまう人間も出るということです」

黄が、書簡の内容を簡単に説明する。

「おかしいね。件は確かに予言をすることで有名な妖だが、その寿命は極端に短い。産まれてすぐに一言予言して、死んでしまうんだ」

白金が、件を思い出す。件は、人間の顔、牛の体で、まれに普通のメス牛から生まれる。産まれて、天変地異や為政者の崩御などを予言して、死んでしまうと言われている妖。

 それが神として崇められるほどに長く生きているとなれば、何らかの異常が考えられる。

「どれ。行ってみようか」

白金が、そう言って熊程の大きさの管狐を出す。黄と一緒に乗り、そのまま管狐を走らせる。店を出て、天に舞い、風と共に走る。

「どうして私は、これほどに大きな管狐を操れないのでしょう」

黄が、小さな声でつぶやく。白金のように管狐を出して操りたい。自分の管狐で飛べれば、どんなに楽しいだろうと思うのに、出せても子犬程度の大きさ。少しも上手くいかない。

「今は仕方ないさ」

「そうでしょうか? 百年経っても小さく妖力も増えませんから。才能がないのかもしれません」

そう言って自信なく俯く黄の頭を、白金が優しく撫でてくれる。

「そんなことはない。お前の器には、少し穴が開いている状態だ。その穴さえ埋まれば、一人前の狐にすぐ成れる」

穏やかに白金が微笑む。

「なぜ穴が開いたのでしょうか?」

「穴が埋まれば、すぐに分かる。そう焦ることはない」

 駄目だ。白金は、答えてくれない。いつも、白金は、過去についての質問は、そう言って答えてくれない。
 いつもそうだ。白金は、肝心なことは、そうやって有耶無耶にしてしまう。

「ほら、あそこの村に件がいるのだろう?」

 白金が、納得がいかなくてむくれる黄に、前方を指さしてみるよう促す。
 前方に、山間部の小さな集落が見える。十件ほどの家が、畑や田を挟んで建っている。

「え、ええ。そうです。」
黄が答える。

「黄よ。ここからは、私の名前も、お前の名前も言ってはいけないよ。名前を言ってしまえば、それだけ件の予言の影響を受けてしまう。行動は、つぶさに予言されてしまう」

白金の注意に、黄は、コクンと頭を縦に振る。

管狐は、そのまま村の広場に降り立った。

 白金の結界の中に身を隠したまま村を巡る。年寄りの多い古い集落。それなのに、妙に新しい大きな家が多い。

「変だね」

白金が周囲を見ながら、つぶやく。

「何がですか?」

黄も首を伸ばして辺りを見てみるが、何がおかしいのかは、分からない。

「田んぼだよ。この時期には、水を張って緑色の穂が、実るのを待ちわびているはずだろう?」

白金に言われて田を見れば、雑草だらけ。水も張らずに放置している。休耕地だらけ。

「本当ですね。お年寄りが多そうですので、農業は辞めたのでしょうか?」

「かもね。だが、家は立派だし綺麗だろう? 歩いている人の衣も綺麗だ。ということは、何か他に収入があるのか
な」

白金に言われて、黄は考える。人間には、年金なんて物があって、お年寄りは金がもらえるのだと聞いた。しかし、極端に高いとは聞かない。

「件だよ。あれが、かけ事の予想をして、村人に儲けさせているのだろう」

「ああ。確かに、予言が出来る妖ですから」

「そしてマズイね。あれをご覧」

白金がチッと舌をうつ。目の前には、大きな猟犬が十頭ほど縄でつながれている。

「うわ。犬ですね」

黄が金色の身の毛を逆立てる。結界の中に白金と黄の匂いを敏感に感じたのか、こちらを見て鼻をひくひくさせている。

「さすが、予言を得意とする妖。妖狐が近づいたことは気づいたか」

クックックと白金が笑う。

「さて、どうしようか。殺すのは、容易いが、無下に殺すのも可哀想だろう。脅せば、鳴くかな?」

白金が、妖力を高めれば、犬たちが警戒を始める。

「この九尾が、犬畜生に後れを取ると思われていることに腹が立つね」

九本の尾が揺らめき白い光を放つ。金の瞳が、ギラギラと炎を宿して、白金は笑顔を浮かべる。風がざわめき始め、鳥が不穏な気配を感じ取って逃げていく。

「憐れよなあ。繋がれた犬は、逃げも出来ない」

 キュウウン。

 結界の中で姿を見せない白金の妖力を敏感に感じて、犬たちがシッポを巻いて、地面に伏せて怯える。

「あまり派手な行動は、稲荷様もお怒りになりましょう。穏便に願います」

 隣にいた黄もあまりに圧倒的な妖力に怯える。

 ダン。
 林の中に潜んでいた人間がいたのだろう。猟銃が、白金達に向けて撃たれる。

「そんな物が効くわけがない」

 結界に阻まれて、弾丸はバラバラと地面に落ちる。
 ケラケラと笑う白金の姿は、普段の物静かな様子と違い、狂気すら感じる。

「子狐、シッポの中に隠れておいで」

 白金にそう言われて、黄は、白金に白銀のシッポの中に隠れる。
 柔らかい尾は、黄を優しく包み込む。
 ヒュンと音を立てて、どこからか放たれた矢は、白金の出した管狐にかみ砕かれる。

「余程の訓練を積んだ者が、特別な矢を放つのならともかく。俄か者が放った矢が九尾狐に効くと思うとは。件の能力もたかが知れている」

 白金は、そのまま歩みを進める。
 林の中の人間達が、姿の見えない敵に腰を抜かして逃げていく。

「憐れよなあ。犬たちは、置いていかれたか」

そう言って白金が、結界の中から犬に目を向ければ、怯えて泡を吹かんばかりに犬たちが震えている。

「妖狐様。失礼をいたしました」

目の前に、人間の姿をした妖が立つ。女の姿をしているが、妖力は妖。その女の周囲に、村の年寄りが怯えながらも取り囲んでいる。

 巫女姿のその女は、
「わたくしは、無駄だと申しましたのですが、このように村人があがきました」
そう言って、頭を下げる。

「……件か。何ともおぞましい姿。人間と混じったか」

白金が、眉間に皺を寄せる。どのような方法を取ったのかは分からないが、保存した件を、人間の赤子へ植え付けたのだろう。それが、このように成長して、女の姿で生きている。おぞましい以外の何者でもない。

白金が、結界を薄めて姿を表せば、白金の美しい姿に、村人からため息がもれる。

「九尾様。こちらに」

 件が白金を招く。
 白金は、黄を尾に包み込んで隠したまま、件の招くほうへ向かう。

「ば、化け物め」

足を震わせながら、白金に鍬を振り下ろす村人が、そう叫ぶ。

「なんとも心外な。稲荷神の使いとしてここに居る私と、妖を無理に人間に混ぜて利用する貴様ら。どちらが化け物か?」

 白金がそう言ってニコリと笑う。鍬は空中に突き刺さって少しも動かない。
 それっと白金が合図すると、鍬は弾かれて飛んでいってしまった。

「無駄だと言うのに、少しも聞き入れない。失礼ばかりいたします」

件がため息をつく。

「九尾様が温厚な方ゆえに、かような温情で命を取られないであるのに。楯突くなど恥ずかしいばかりです」

件は、村人の行動に呆れている。

 件に招かれた場所は、大きな家の座敷。
 元々庄屋の家だったそこに、件は住んでいるのだと言う。
 座敷の床の間の前に白金を座らせて、その前に向き合って件が座る。人間達は、座敷には入らず、遠巻きに様子をうかがっている。

「私が産まれた時、人間が、死ぬ運命の私を人間の子に移植しました。遺伝子工学という物を利用して、私の細胞を取り込んだ胎児をつくり、その頭に、私の脳をすげたのです」

 件が、淡々と自分が産まれた経緯を語る。

 人工的に生かされた件は、村人に乞われて、依頼通りに予言を繰り返していたのだという。競馬、競艇、宝くじといった物の当たりを予想させ、それによって村人は儲け豊かになり、今では誰も田畑を耕すこともなく暮らしているのだと件は語る。

「酷い話だね。お前は、ここからほとんど出られずか」

見回せば、件の身の回りの物が、部屋の片隅に置かれている。足枷などもあることから、見張りがいなければ繋がれてしまうのだろう。先ほどの犬たちのように。

「ええ。予言以外は大した力は無い私です。見張りが交代で昼夜問わずについて、屋敷の周り以外は、許されません。見張りのいない時には、足枷を付けて生活しております」

「悪さをしていると聞くが?」

白金が件に尋ねる。

「悪さ? 身に覚えはありませんが」

件は、余裕の笑みを浮かべる。

「自殺したり殺人にはしったりした者が出たとか」

「ああ、それは、単に、『病気が治るか?』と問われ『治らない。死ぬ』と答えたら、悲観して自殺した。『この男の浮気癖は治るか?』と問われ『一生治らない』と答えたら、男を殺害してしまったというだけです。どちらも間違った予言はしておりません」

なるほど、件の言う通り、病気が治る前に自殺し、浮気を改める前に殺されて生涯を閉じている。

「力の制約として、私は嘘を付けないようになっておりますから」

件は、嘘をつくことが出来ない。それは、白金も知っている。強力な力を持つ妖は、何かしら制約を持っているものだ。

「今日、九尾が来ることを予言したのだね?」

「はい。『件を調べに九尾の妖狐が来る』と予言しました。それで、村人に、妖狐を防ぐ手段を聞かれましたので、『ない』と答えたのですが、あの通り。犬をけしかけ、猟銃に矢と、自分達で調べて歯向かったようです。野狐のように九尾狐が殺せると思うことが笑えます」

件が、そう言って笑う。

「他にも、九尾のことを村人に教えたね」

「はい。『九尾狐の苦手な物は?』と聞かれましたので、『烏天狗の妖力とゼンマイ』と答えました」

件の答えに、白金が笑う。艶やかな笑顔に、件が目を細める。

「何とも美しい。傾国、傾城と言われ、その美しさで時の為政者を貶めると言われる九尾狐の美貌。それを見られたのは、件にとって身に余る喜びです」

件が、はあ、とため息をつく。

「まあ、それも九尾の能力のひとつだからね。何とも仕方ない。稲荷神様のお決めになられたことだから」

淡々と白金が答える。白金の尾に身を隠したまま、黄は話を聞いている。件は、黄に気づいているのだろうが、村人はそれに気づかない。

「この九尾を封印しようと、烏天狗の矢を四方に刺したね」

 白金は、様子をうかがう村人に、ニコリと笑う。
 白金の言う通り、矢が突き立てられているのを、黄は感じる。四方に刺された矢の下にゼンマイがご丁寧に置かれている事には笑えるが、それも人間達が、必死なのだという現れだろう。

 かつて、稲荷神は妖狐を自らの直属とする際に、他の神と約定を交わした。あまりに強い妖力の九尾狐を制圧するために、烏天狗の妖力には、敵わないように決められ、その代わり、烏天狗は妖狐に敬意を払い尊重し、悪事を働かない妖狐には仇なさないと。

「私は、ここ最近、悪さはしていなんだけれどもね。たぶん」

白金が、やれやれとため息をつく。

「村人たちが、烏天狗の里を私から聞き出して、矢を手に入れたようですね。『悪い妖狐に村を狙われていますから、お力をお貸しください』と訴えに行ったようです。まさか、烏天狗も相手が、稲荷様直属の九尾狐様とは思いもよりませんでしょうが」

クスクスと件が笑う。

「どのようになさいますか? 九尾様」

件がワクワクしている。前のめりになって、白金の出方を待っている。

「なんだ、この程度かと、呆れているよ。なんだろうね。あのゼンマイは」

ゼンマイは、白金が個人的に苦手な食べ物なだけ。なんの妖狐避けの効果もない。

「ですが、烏天狗の妖力を込めての封印ですよ?」

「ふふ。この程度で封印出来る訳がない。村を潰しても良いならば、九尾の力で潰してしまえるが……。穏便に、人間の力で外部に連絡しようか。山猫には連絡入れたかい?」

言われて、白金のシッポの間から、黄の頭が出てくる。

「はい。この村の現状は、スマホで連絡を入れました。先方は烏天狗様に知り合いがあるようですので、村人の嘘は、烏天狗の里にもちゃんと伝わったようです」

黄が、白金に画面を見て報告する。

「便利だね。結界も封印も関係なく外界とつながるだなんて」

ニコリと笑う白金に件が目を丸くする。

「さあ、烏天狗の怒りをこの村の人間はどう受け止めるか。約束の反故と嘘を、何よりも嫌う清らかな一族だから」

 白金が、チラリと村人を見ると、腰を抜かしている。
 ギャアギャアと村の烏の鳴き声が大きくなってくる。何羽もの烏が屋敷を取り囲んで、様子をうかがっている。
 猟銃の音がする。烏に怯えて、村人が撃っているのだろう。

「可哀想なことをする。烏は、言われて監視しているだけなのに。烏を撃てば、ますます烏天狗が怒るだろうに」

白金がつぶやけば、

「本当に……」
と、件も応じる。

 顔には笑みが浮かんでいる所をみれば、件には、村人の未来は既に見えているのだろう。
 村人たちは、件と白金達を置いて、逃げてしまった。
 烏天狗の怒りを恐れたのだろう。どこに逃げるつもりなのかは、白金達の知ったことではないが、到底逃げられまい。

「憐れよな。件は、犬のように置いて行かれたか」

 白金が言えば、件が、はい、と答える。

「村人への復讐かい?」

 白金が問えば、件が、はい、と答える。
 予言を得意とする件。村人の名前は全て知っている。この程度の未来が予測できない訳がない。

「この件を、このようなおぞましい方法で利用したのです。当然の報いは受けてもらいたくて。この結末になる未来へと導いてやりました」

 そう言うと、烏天狗の妖力の籠った矢を、件が抜く。四方の矢を全て抜き終われば、

「さようなら、妖狐様方」
と、件が白金達に頭を下げる。

 おもむろに、件は、タンッと拳銃で自分の頭を撃ちぬいて、その場に血を流して倒れて動かなくなってしまった。
 

 一瞬で件は、自分の命を終えてしまった。


 白金と黄は、それを切なそうにただ、黙ってみていた。
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