妖狐

ねこ沢ふたよ

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1 白金狐

腐れ縁<くされえん>

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 狐屋敷に新緑の風が吹き、朝を告げる小鳥の声が響く。結界の中と言えども、外界から無害な物は、狐屋敷に届く。主人の白金が許可を出しているからだ。
 金狐の黄の金の髪を風が揺らし、心地よい風に黄は、目を細める。もう、朝餉も終えて、片付けも終わったから、子狐の黄は、自由に過ごせる。
 書斎で書簡に目を通しているはずの白金様の傍で、本でも読もうか、それとも、少し雑談をして、管狐の使い方などを講義してもらおうか。
 黄が書斎に入れば、白金が人間の衣に着替えている。
 書簡に目は、通す気はないらしい。

「お出かけですか?」

そろそろ本気でこのいつ倒れてもおかしくない書簡の山を片付けて欲しい黄が、眉間に皺を寄せながら問えば、

「ああ。この間のスマホを友人に返しに行くのだよ」
と、白金がしれっと答える。

「白金様、まだお返しなっていないのですか?」
黄が目を丸くする。

「そんな、いい加減な。大切な物をお借りしたのですから、早急にお返ししないと。せっかく引きこもりの白金様の数少ないお友達です。大切になさって下さい」

いつものように、クドクドと黄が説教をはじめる。

「私もそう思って、早急に返そうと、管狐を送ったのだがね。使いを寄こさずに、自分で返しに来いと、叱られてしまった」

「そうなんですか。礼儀に厳しいお方ですね」

人間界では、スマホは、大切な物だと知った。だから、送り付けるのではなく、自分の足で礼に来いと言う相手の気持ちもわかる。だが、そんな厳しい相手が、ルーズな白金によく我慢が出来る、と黄は感心する。

「美味い日本酒を用意して待ってくれるらしい」

白金がヘラリと笑う。日本酒をこよなく愛する白金は、ウキウキしている。

「は? ええ?」

どうやら、相手は白金に激甘らしい。大切なスマホを貸して、返しに来るのを、美味い酒を用意して待つ。どれだけ白金に甘いのか。使いを寄こしたのを叱ったのも、礼儀うんぬんではなく、ただ白金に会いたかっただけのようだ。

「お供いたします」

黄は、そう言って、白金の服の裾をつかむ。

「子狐の黄は、酒は飲めないだろう?」

「お酒は結構です。ですが、一度その方にお会いして、白金様を甘やかさないように釘を刺しておこうと思いまして」

黄の言葉に、白金は、目を丸くする。

「まあ、いいよ。紹介しておこう」

そう言って、白金は、苦笑いした。



 白金の管狐に乗って到着したのは、人間界の街中にある小さな店。『山月記』と看板の出たバーだった。
 中に入れば、ソファー席が少しとカウンター席のある薄暗い店。大柄でクシャクシャの髪の隻眼の男が、カウンターの中に立っている。
 白金に聞いた話通りならば、この男が白金の友人のはずだ。
 山猫の妖。
 出会った時には山に仲間と住んでいたが、今はこうして人間に混じって住んでいる。人間社会に馴染めていることから、何の咎めもなく小さな店を営んで、人間のフリをして生きている。白金によれば、妖でも、そうやって人間に馴染んで平和に暮らしている者は、ある程度存在しているということだ。

「蒼月。元気にしているかい?」

 にこやかに白金が挨拶する。
 挨拶された男は、隻眼でジロリと黄と白金を見る。

「この間会ったばかりだろ? そんなに変わらん」

 隻眼の男、蒼月そうげつが、白金を見てニコリと笑う。
 蒼月が許可する前に、白金がカウンターの席に座る。カウンターの内側では、夜の営業のための準備を蒼月が続けている。

「こいつは、……黄か?」

白金の横に立つ黄を見て、蒼月が言う。どうやら、自分は、蒼月に会ったことがあるらしい。だが、黄には、その記憶はない。

 いつ会ったのか。
 白金の狐屋敷に来る前の記憶がどうも曖昧でとぎれとぎれだから、思い出せない。

「そうだ。相変わらず可愛いだろう?」

白金が、そう言って、黄の金色の髪を撫でてくれる。

「初めましてかと思ったのですが、違いましたか」

黄がそう言って、蒼月を見ると、

「まあ、ちょっとな。だが、気にするな。大した付き合いは、元々どうせない。チラッと見かけただけだ」

蒼月が歯切れの悪い言葉を返してくる。

「そうですか。では、改めて、よろしくお願いいたします」

駄々をこねても、教えてはくれなさそうなので、モヤモヤとした気持ちは残るが、そのまま受け止めて、黄は頭を下げる。

「ああ。礼儀正しくていい子だ。白金が育てているとは思えん。座れ」

蒼月に促されて、白金の横に座れば、蒼月がオレンジジュースを出してくれる。

「ふふ。どちらかというと、私が育てられているよ」

白金が、食事や掃除といった身の回りのことを黄がしていることを蒼月に話す。

「お前は……。生活力が相変わらずレベル1。経験値ゼロか」

「白金様の作るお料理は、荒っぽくって。大根は、ぶった切ったそのままを水で煮ただけ、魚は臭み抜きもせずに、そのままバリバリ」

狐屋敷に住み始めた当初の悲惨な食事を黄は思い出す。このままでは、恐ろしいことになる。そう思った黄が、食事を準備しはじめ、その勢いで、掃除なども始めた。

「そりゃ、辛いな」

蒼月が大きな声で笑う。

「素材に感謝すれば、全ては美味いよ」

涼しい顔で、白金が言ってのける。

「まあ、九尾狐の白金様は、妖魔でも頭からバリバリ食べておしまいになりますから……」

妖を取り締まる九尾狐は、当然、瘴気に惹かれて湧いた妖魔を退治する。

 管狐で丸飲みし、引き千切り、狐火で焼き払う。
 だが、妖魔は、瘴気を体内にため込んでいて、不味い。妖狐でも、躊躇してしまう不味さ。白金は、それを何の迷いもなく飲み込んでしまう。
 そんな白金が、なぜゼンマイが苦手なのか、黄には心底分からないのだが。

「妖魔だって命だからね。食べるからには、そんなことを言っていられないよ」

そう言って微笑みながら、蒼月の出してくれた日本酒をゆっくりと喉に流していく。

「美味しいね。綺麗な水と大切に育てられたお米の香りがする」

白金が出してもらった酒を褒める。

「味音痴のお前に褒められても、な……。まあ、妖魔よりはマシだろ」

蒼月が苦笑いを浮かべる。

「ふふ。酒は特別」

白金は、楽しそうに笑う。

「あ、そうだ。これを忘れたら、意味がない」

白金がスマホを出す。カウンターに置けば、

「いらん。それはお前用だ。持っとけ」

蒼月が、そのままカウンターに置かれたスマホを白金につき返す。

「そんな訳にはいかないだろう? 通話料金などの維持費が必要なはずだ。今、このスマホの契約では、蒼月がそれを支払うことになっているのだろう?」

世間に疎く、人間界の知識は明治か大正辺りで止まっている白金だが、スマホを借りるにあたって多少は勉強した。パケットだのギガなど、分からない用語を調べ、多少なりともスマホという物は、理解した。維持管理に金が要り、使い方を誤れば、相当な額を請求される。

「かまわねえ。万年引きこもりで、すぐ連絡が取れなくなるお前と連絡が取れるなら、安いもんだ。無茶な使い方はするなよ? あくまで連絡用だ。まあ、おかしな使い方が出来ないような契約にはなっているがな。無くすなよ」

「そう……か。まあ、有難く受け取っておく」

白金は、仕方なくスマホをポケットにしまう。

「あ、甘い。甘いです。蒼月様。なぜこのように白金様を甘やかせてしまうのです? おかげで、このように御身のルーズさを白金様は、反省しようともなさらない」

蒼月と白金のやり取りを見ていた黄は、肩を震わせて蒼月に文句を言う。

「しかし、言っても暖簾に腕押しだろう?」

「ええ。ですが、放置していれば、ますます白金様は、甘えてしまいます。生活力は身につかず、人に頼ってばかりです」

それを言うならば、白金の身の回りの世話をしてしまう黄も同罪なのだが、自分のことは棚にあげて、黄は蒼月に怒る。

「しかしなあ。意味のないことをしても……」

蒼月は困って頭をかく。

「まあ、そう怒るな。黄よ。蒼月も良いと言っているんだから」

ヘラリと白金が笑う。

 ながい睫毛の下の金の目は、酒のせいで少し潤んで艶やかな光を放つ。頬はピンクに染まり白い滑らかな肌を彩っている。

「大丈夫か? 少し飲ませ過ぎたか」

心配して蒼月が、白金の頭を撫でれば、白金が気持ちよさそうにしている。白銀の髪を触り心地を楽しむように滑る蒼月の大きな手を、白金は、拒みはしない。

「あの……無粋なことをお聞きしていいですか?」

「なんだい?」

「お二人は本当にお友達ですか?」

自分は大前提を間違えていたのかもしれない。黄は、二人の様子に戸惑う。

「ん? そうだと思っていたのだが。違うように見えるかい? そうだな……強いて言えば……」

「「腐れ縁」」
と、蒼月と白金の声が合わさった。
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