死霊の指

ねこ沢ふたよ

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増える指

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「ど、どうしよう。これ……ええと、あれ、どうしたらいいんだっけ?」
 
 呼び出した張本人のくせに竜彦が慌てだす。本を片手にうろたえている。

「占いって、してもらっても呪われないんでしたっけ?」
あすかが竜彦に聞く。

「呪われるってことは、書いていないけれど……分からない! そもそも、どうやって占うのか!」
竜彦が、本をめくるが、その辺の詳しい話は、書いていないようだった。

「ていうか、この指どうやって処分するのよ」
めぐみがイラつく。

「みんな色々バラバラなこと言わないでよ。俺だって本当に出てくるとは思っていなかったから、全く分かんないって」
竜彦が頭を抱える。

「あ、指が逃げる!!」

 唯が指摘した通り、指が尺取虫のようにひょこひょこと動いて、机から逃げようとしていたところだった。

 バンッと、めぐみが透明のコップを指の上にかぶせる。
 虫のように捕らえられて、指は透明のコップの中で、ウニョウニョと蠢く。

「うへぇ気持ち悪い。」
義弘が、ぼやく。

「今のうちに、早く処分方法を調べましょう。気持ち悪いったらありゃしない」

 強引にコップを引きずって机の中央に指を戻して、めぐみが、指を睨む。
 みんなで、本を読み返す。死霊の指の項目には、一本残らず駆除するようにとは書いていても、肝心の駆除方法が書いていない。

「マジ、やばくない? どうしよう。私、この後、塾なんだよね」
唯が焦る。

「塾どころじゃないでしょ? そもそもあんたたちバカップルが持ち込んだネタでしょうが!」
めぐみの言葉に、

「そうだけれども。てか、バカップルってひどくない?」
と、唯がむくれる。

「あ、そうだ! そうだよ! 退魔の項目無かったっけ!」
竜彦が、ページをめくる。

「……なんだよ。これ。意味が分からない」
義弘がぼやく。

 退魔の法……。金の十字架の光を浴びたる聖なる水に、穢れなき者の祈りを込めることによって、その水で浄化させる。その水の作用により降臨した悪霊が消し飛び……

「却下ね。他は?」

 めぐみが一蹴する。分からないならば、今は、他の方法を探す方が良いと判断する。

「ゾンビ退治の項目は?」

 唯が竜彦に聞く。

「ええと、原形をとどめないほどに潰す、日の光を一時間以上浴びさせて乾燥させる。心臓とえぐり出して、それを……」

「指なんだから、心臓はないでしょ。今は日が暮れているし、もう一時間日に当てるのは無理だから、原形をとどめないほどにぶっ潰すのが正解よね」
竜彦の言葉を聞いて、めぐみが応える。

 原形をとどめないほどに潰す……。口で言うのは簡単だが、いざそれを行うとなると、抵抗がある。
 
 この気持ち悪い指を潰す……。
 透明のコップの中で蠢く指を、皆で、無言で見つめる。

「あ、見て下さい! ゆ、指が……!!」

 あすかが、震える手で、指し示す。コップの中で指は、二つに分裂を始めた。
 
 爪の真ん中から縦に裂けて、裂けた部分が瞬く間に補修されていく。
 全くそっくりな指が二本。
 ガラスのコップの中で、狭そうに動き出す。

「ど、どういうことよ?」
めぐみがうろたえる。

「なんかね、一時間に一本ずつ分裂するって書いてたような……」
唯が、本で見た内容を思い出す。

「一時間に一本。つまり、二時間後には四本……」

 めぐみがサッと青ざめる。

「やばいぞ、これ。指数関数だ」
義弘も震え出す。

「え、どういうことですか?」
あすかはキョトンとしている。

「あすか、これ、一日……二十四時間後には、二の二十四乗……一千六百万本を超える」
めぐみの言葉に、部屋の空気が凍り付く。

「うそでしょ? ええと、六時間後には、六十四個で。それが二の六乗」
唯の声が震えている。

「そう。だから、二の二十四乗。六が四個で二十四なんだから、六十四を四回掛けてみて」

 めぐみの言う通りに、竜彦が、スマホの電卓機能で数字を叩いて、ヒッと小さな悲鳴をあげる。

「一本でも逃がせば、終わりだ。明後日には、二の四十八乗……途方もない数字になる」
義弘が頭をかかえる。

「は、早く潰さなきゃ!!」
竜彦も慌てだす。

「ハ、ハンマーどこかになかったっけ? 文化祭の時に使ったやつ」

 バタバタと、めぐみが棚を探し出す。まだ指は二本。今なら、一本ずつハンマーで潰せば、なんとか穏便にやりすごせる。だが、肝心な時に物が出てこない。

「た、確かこの辺に……。あれ? 違いましたっけ?」

 あすかも、机を引っ掻き回す。義弘も無言でがむしゃらに、段ボール箱やビニール袋を探っている。

「あ、ああああ!!」

 唯が、言葉にならない声を発する。振り返ると、二本の指がガラスの壁を協力して何度も叩いてヒビを入れている。元々一つが分裂した指二本、チームワークはめぐみ達よりも格段に良さそうだ。

 パリン

 脆いガラスが軽い音を立てて壊れる。自由になった指がカサカサと音を立てて机から移動を始める。

 バン!

 大きな音を立ててめぐみに振り下ろされたハンマーの下の指が一本、一瞬で粉々に砕け散る。

「義弘! そっちに逃げた!」

「お、おお!」

 めぐみに渡されたハンマーをもう一本の指の上に義弘が振り下ろす。
 力は、たぶんめぐみより義弘の方が強い。強いが、一瞬、キモイ……という迷いが、義弘にはあった。
 あった分、ハンマーの勢いは損なわれて、ハンマーの下で、ぐにゃりと曲がった指がそのままカサカサと動き続ける。

「何やっているのよ!」
めぐみが怒鳴る。

「だって、こんなキモイの」

 言い訳をしながら、義弘がハンマーをもう一度構えるが、指はそのまま扉の隙間から暗い廊下に出て行ってしまった。

 まずい。

 部屋の中にいた全員が顔を見合わせる。慌てて唯が廊下に出るが、ハンマーでペラペラにされた指は、どこかの隙間に入り込んで見えなくなってしまっていた。

「どうしよう。薄くなった分、隠れやすくなったのかな」
あすかが、廊下を探しながらつぶやく。

「かもね」
めぐみも、廊下に積み上げられた段ボールをどかしながら返答する。

「取りあえず、あの指を見つけないと、帰れないわよ」
めぐみの言葉に、皆、力なくうなずいた。
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