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清吉の証言
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清吉は、奉行の目を真っ直ぐに見て応える。
「材木問屋の番頭から呼び出されたのです」
「ほう? どんな用件で?」
「その……」
清吉がチラリと佐和を見る。
佐和はまさか自分の方を清吉が見るとは思わなかったのだろうビックリしている。
「佐和が借金で首が回らなくなったと」
「えっ!」
清吉の思わぬ証言に佐和の口から驚きの声が漏れる。
「ねぇ、借金なんて初耳なんだけれど」
こっそりとお七はお鈴に耳打ちする。
「私も知らない。どういうことだろう」
お鈴も首をかしげる。
「佐和?」
「あ、あの奉行様、私は何のことだかわかりません」
「つまり、その話自体が嘘っぱちだったってことか?」
清吉が頭を掻く。
「何だよ。訳分かんねえな。俺は、佐和が借金で遊郭に売られることになって、浮世絵はその宣伝用なんだって話だぜ。材木問屋が、その借金の肩代わりをしてやるから、代わりに俺に」
「そ、そんな根も葉もない噂が」
佐和が顔を真っ赤にする。
「ありえません。そもそも、妹と二人、茶屋でいただく賃金で慎ましく暮らせば、何を借金なんてする必要があるんですか!」
まあ、そうだろう。病にかかっている訳でもないなら、借金なんて必要ない。
「……番頭よ。嘘をついたのか?」
「お奉行様。そもそも、私には、何の話かはさっぱり分かりません。清吉を呼び出した? まさか、そんな馬鹿な。何かの間違いではありませんか? 何か、そう、手紙とかそういう物があるのですか?」
やっぱりだ。番頭はとぼけてきた。
この番頭の分かりませんって言葉、何度聞いただろう。
「清吉。証拠は?」
「残念ながらありません。口頭での話だったので」
番頭が清吉の言葉にハッハッハッと笑う。
「番頭、どうした?」
「お奉行様、お聞きになりましたか? あちらの佐和さんもおっしゃっているでしょう? そもそもが荒唐無稽な作り話なのですよ。おおかた、そちらの平八と清吉で口裏を合わせて、手前どもを陥れようとしているのでしょう」
――勝った
番頭の顔がそう言っている。
こんなに気持ち悪い笑顔をお七は見たことがない。
柔和に見えた番頭の表情の後ろに垣間見える裏の顔。それが、自分の勝利を確信した瞬間、一瞬、姿を見せた。
「そう……思うか?」
奉行はニコリと笑う。
「おい」
奉行の掛け声で十手持ちが動きだす。
何が始まるのだろう。
お七が見ていると現れたのは、品の良さそうな老人。
番頭の顔色が変わる。
「お、大旦那様!!」
番頭に大旦那と言われた老人は、ギロリと番頭を睨む。
「今日の証人の一人として呼んでいたんだがね。見ての通り材木問屋の大旦那は年寄りだろう? だから、ちょっと裏で休んでもらっていたんだ」
絶対、この番頭の驚く顔が見たくてわざと隠していたに違いない。
お七は、奉行の楽しそうな様子を恐ろしく感じる。
宗悟は、よくこんな怖い人の養子なるなんて言う。
……いや、宗悟でなければ、この奉行の養子なんて、務まらないか……。
「さ、大旦那よ。話してもらおうか」
「はい。こいつの性根の腐っているのを、証明いたしましょう」
大旦那が十手持ちに帳面を渡す。
その帳面を十手持ちが奉行に持っていく。
奉行は、静かにそれをめくっていた。
「材木問屋の番頭から呼び出されたのです」
「ほう? どんな用件で?」
「その……」
清吉がチラリと佐和を見る。
佐和はまさか自分の方を清吉が見るとは思わなかったのだろうビックリしている。
「佐和が借金で首が回らなくなったと」
「えっ!」
清吉の思わぬ証言に佐和の口から驚きの声が漏れる。
「ねぇ、借金なんて初耳なんだけれど」
こっそりとお七はお鈴に耳打ちする。
「私も知らない。どういうことだろう」
お鈴も首をかしげる。
「佐和?」
「あ、あの奉行様、私は何のことだかわかりません」
「つまり、その話自体が嘘っぱちだったってことか?」
清吉が頭を掻く。
「何だよ。訳分かんねえな。俺は、佐和が借金で遊郭に売られることになって、浮世絵はその宣伝用なんだって話だぜ。材木問屋が、その借金の肩代わりをしてやるから、代わりに俺に」
「そ、そんな根も葉もない噂が」
佐和が顔を真っ赤にする。
「ありえません。そもそも、妹と二人、茶屋でいただく賃金で慎ましく暮らせば、何を借金なんてする必要があるんですか!」
まあ、そうだろう。病にかかっている訳でもないなら、借金なんて必要ない。
「……番頭よ。嘘をついたのか?」
「お奉行様。そもそも、私には、何の話かはさっぱり分かりません。清吉を呼び出した? まさか、そんな馬鹿な。何かの間違いではありませんか? 何か、そう、手紙とかそういう物があるのですか?」
やっぱりだ。番頭はとぼけてきた。
この番頭の分かりませんって言葉、何度聞いただろう。
「清吉。証拠は?」
「残念ながらありません。口頭での話だったので」
番頭が清吉の言葉にハッハッハッと笑う。
「番頭、どうした?」
「お奉行様、お聞きになりましたか? あちらの佐和さんもおっしゃっているでしょう? そもそもが荒唐無稽な作り話なのですよ。おおかた、そちらの平八と清吉で口裏を合わせて、手前どもを陥れようとしているのでしょう」
――勝った
番頭の顔がそう言っている。
こんなに気持ち悪い笑顔をお七は見たことがない。
柔和に見えた番頭の表情の後ろに垣間見える裏の顔。それが、自分の勝利を確信した瞬間、一瞬、姿を見せた。
「そう……思うか?」
奉行はニコリと笑う。
「おい」
奉行の掛け声で十手持ちが動きだす。
何が始まるのだろう。
お七が見ていると現れたのは、品の良さそうな老人。
番頭の顔色が変わる。
「お、大旦那様!!」
番頭に大旦那と言われた老人は、ギロリと番頭を睨む。
「今日の証人の一人として呼んでいたんだがね。見ての通り材木問屋の大旦那は年寄りだろう? だから、ちょっと裏で休んでもらっていたんだ」
絶対、この番頭の驚く顔が見たくてわざと隠していたに違いない。
お七は、奉行の楽しそうな様子を恐ろしく感じる。
宗悟は、よくこんな怖い人の養子なるなんて言う。
……いや、宗悟でなければ、この奉行の養子なんて、務まらないか……。
「さ、大旦那よ。話してもらおうか」
「はい。こいつの性根の腐っているのを、証明いたしましょう」
大旦那が十手持ちに帳面を渡す。
その帳面を十手持ちが奉行に持っていく。
奉行は、静かにそれをめくっていた。
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