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救出
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辰吉は、通りを炎に逆らって進む。
前回の火元は知っている。
清吉が立っていた場所だ。この目で見た。
辰吉は、痛む腕を袖を捲って確認する。
「めんどくせぇな。血が出てやがる」
お七を守った時に、岩で切ったのだろう。
どのみち、この腕ではマトイは振れない。
お七に任せるのが一番だ。
水を被ってはいるが、火はひどく熱い。
炎の動きは手に取るように分かっている。
後どれくらいでこの炎が辰吉の帰還を阻むのか、どう巡るのか。
冷静に計算して立ち向かわなければ一気に飲まれてしまう。
大地を這い天を舐める炎を避けて進めば、目的の地点へ。
ブツブツと男の呟き声が聞こえる。
「まだ生きてやがるか?」
最悪の場合すでに死んでいる遺体を引っ張って帰らなければならないかと思っていたが、どうやら播磨屋の主人はまだ生きていたようだ。煤だらけの顔で座禅を組んでるのが目を凝らせば煙の向こうに見える。
ずっと手を合わせて目を閉じながら唱えているのは、念仏だろう。
「おっさん! おい!」
辰吉が声を掛ければ、信じられない物をみるような目で辰吉を播磨屋の主人が見る。
「こ、こんなところへ? まさか?」
「信じなくても良いから行くぞ!」
とにかく早く逃げなければ、二人そろってあの世行きだ。
辰吉は、左腕で引っ張って播磨屋を立たせようとする。
「ほ、放っておいて下せぇ」
辰吉の手を振り払って播磨屋が抵抗する。
左腕では、うまく力が入らずに辰吉はてこずる。
「何だってんだ!」
「私は、けじめをつけなければならないのです。息子がしでかした方法で息子のしでかした場所で、そこで私が死ねば、あの子は、平八は、ようやく過ちに気づくはずです」
先ほど平八が十手持ちに捕まった時に言っていた言葉が、辰吉の脳裏によみがえる。
『親父は死のうとしているんだ』
平八が言っていた通りだ。
「どのみち私は、こうなった今では火付けの重罪人です。助けていただいたところで死罪となる身。どうか、どうかこのまま炎の中にお捨て置き下され」
辰吉に土下座する播磨屋の肩が震えている。
「気に喰わねぇ」
「え……」
辰吉の言葉に顔をあげた播磨屋の右頬を左手で辰吉がひっぱたく。
「すまねえって思うのならば、生きて責任を果たしやがれ!」
「ですが……」
「ですがもへったくれもねぇ!」
辰吉の剣幕に「ひっ」と、播磨屋が小さな悲鳴を上げる。
「行くぞ! 時間がねぇ!!」
着ていた法被を播磨屋にかけて火の粉から守る。
辰吉は、痛む右腕で播磨屋をかつぎあげて炎の中を走り出す。
傷を庇っているような余裕はない。
観念したのか、辰吉に怯えているのか、播磨屋が大人しく担がれてくれているのは助かる。
走るたびに痛みが右腕全体に広がるが、気にしている暇はない。
降り注ぐ火の粉は辰吉の肌を容赦なく焼くが、怯む時間はない。
周囲の建物はガラガラと崩れて、辰吉の前に立ちふさがる。
風の向きは知っている。
行かねばならい方向は分かっている。
だが、煙が広がって辰吉の方向感覚を狂わせる。
何度も同じところをグルグルと回っているように感じで辰吉は立ち止まる。
もう……何にも見えない。
「清吉はすげぇな。こんな中を逃げ延びたんだ」
だが、俺には出来そうもねぇか。
限界を超えた腕の痛みに気を失いかけた辰吉の耳に叫ぶ声が聞こえる。
「辰吉ー!!」
聞こえるのは、お七の声。
声をする方を見れば、微かに白いマトイが、炎の間から見える。
お七が天高く振るマトイが、辰吉に出口の方角を教える。
「諦めるな! 死んだらぶっ飛ばすぞ!」
「あの馬鹿。死んだ人間をどうやってぶっ飛ばすってんだ」
辰吉は無茶苦茶なお七の励ましに苦笑いする。
あとひと踏ん張りだ。
前に進めば、あいつらが何とかしてくれる。
辰吉がずるずると重たい足を運べば、竜吐水の水が降ってくる。
「辰!! 辰吉!」
虎吉が炎をかいくぐって飛びついてくる。播磨屋を代わりに担いでくれる。
急に肩の重みが無くなってふらつけば、後ろでう吉が支えてくれる。
「さあ! 行くぞ!!」
う吉の声は確かに聞いた。
聞いたが、そこから辰吉は意識を失った。
前回の火元は知っている。
清吉が立っていた場所だ。この目で見た。
辰吉は、痛む腕を袖を捲って確認する。
「めんどくせぇな。血が出てやがる」
お七を守った時に、岩で切ったのだろう。
どのみち、この腕ではマトイは振れない。
お七に任せるのが一番だ。
水を被ってはいるが、火はひどく熱い。
炎の動きは手に取るように分かっている。
後どれくらいでこの炎が辰吉の帰還を阻むのか、どう巡るのか。
冷静に計算して立ち向かわなければ一気に飲まれてしまう。
大地を這い天を舐める炎を避けて進めば、目的の地点へ。
ブツブツと男の呟き声が聞こえる。
「まだ生きてやがるか?」
最悪の場合すでに死んでいる遺体を引っ張って帰らなければならないかと思っていたが、どうやら播磨屋の主人はまだ生きていたようだ。煤だらけの顔で座禅を組んでるのが目を凝らせば煙の向こうに見える。
ずっと手を合わせて目を閉じながら唱えているのは、念仏だろう。
「おっさん! おい!」
辰吉が声を掛ければ、信じられない物をみるような目で辰吉を播磨屋の主人が見る。
「こ、こんなところへ? まさか?」
「信じなくても良いから行くぞ!」
とにかく早く逃げなければ、二人そろってあの世行きだ。
辰吉は、左腕で引っ張って播磨屋を立たせようとする。
「ほ、放っておいて下せぇ」
辰吉の手を振り払って播磨屋が抵抗する。
左腕では、うまく力が入らずに辰吉はてこずる。
「何だってんだ!」
「私は、けじめをつけなければならないのです。息子がしでかした方法で息子のしでかした場所で、そこで私が死ねば、あの子は、平八は、ようやく過ちに気づくはずです」
先ほど平八が十手持ちに捕まった時に言っていた言葉が、辰吉の脳裏によみがえる。
『親父は死のうとしているんだ』
平八が言っていた通りだ。
「どのみち私は、こうなった今では火付けの重罪人です。助けていただいたところで死罪となる身。どうか、どうかこのまま炎の中にお捨て置き下され」
辰吉に土下座する播磨屋の肩が震えている。
「気に喰わねぇ」
「え……」
辰吉の言葉に顔をあげた播磨屋の右頬を左手で辰吉がひっぱたく。
「すまねえって思うのならば、生きて責任を果たしやがれ!」
「ですが……」
「ですがもへったくれもねぇ!」
辰吉の剣幕に「ひっ」と、播磨屋が小さな悲鳴を上げる。
「行くぞ! 時間がねぇ!!」
着ていた法被を播磨屋にかけて火の粉から守る。
辰吉は、痛む右腕で播磨屋をかつぎあげて炎の中を走り出す。
傷を庇っているような余裕はない。
観念したのか、辰吉に怯えているのか、播磨屋が大人しく担がれてくれているのは助かる。
走るたびに痛みが右腕全体に広がるが、気にしている暇はない。
降り注ぐ火の粉は辰吉の肌を容赦なく焼くが、怯む時間はない。
周囲の建物はガラガラと崩れて、辰吉の前に立ちふさがる。
風の向きは知っている。
行かねばならい方向は分かっている。
だが、煙が広がって辰吉の方向感覚を狂わせる。
何度も同じところをグルグルと回っているように感じで辰吉は立ち止まる。
もう……何にも見えない。
「清吉はすげぇな。こんな中を逃げ延びたんだ」
だが、俺には出来そうもねぇか。
限界を超えた腕の痛みに気を失いかけた辰吉の耳に叫ぶ声が聞こえる。
「辰吉ー!!」
聞こえるのは、お七の声。
声をする方を見れば、微かに白いマトイが、炎の間から見える。
お七が天高く振るマトイが、辰吉に出口の方角を教える。
「諦めるな! 死んだらぶっ飛ばすぞ!」
「あの馬鹿。死んだ人間をどうやってぶっ飛ばすってんだ」
辰吉は無茶苦茶なお七の励ましに苦笑いする。
あとひと踏ん張りだ。
前に進めば、あいつらが何とかしてくれる。
辰吉がずるずると重たい足を運べば、竜吐水の水が降ってくる。
「辰!! 辰吉!」
虎吉が炎をかいくぐって飛びついてくる。播磨屋を代わりに担いでくれる。
急に肩の重みが無くなってふらつけば、後ろでう吉が支えてくれる。
「さあ! 行くぞ!!」
う吉の声は確かに聞いた。
聞いたが、そこから辰吉は意識を失った。
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