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突然のできごと

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 火の手が上がったのは、播磨屋がとうとう店を休業にし始めた頃だった。

「火事だ!!」

 お七はその叫びを申時、そろそろ仕事も上がろうかという頃に聞いた。

 ――この間の火事と同じ頃合いだ。

 お七は平八を思い出す。
 どういうことだろう。追い詰められた平八が火付けしたのだろうか?
 奉行所で平八を見張っているのではなかったのか。
 火付けの方法は、宗悟が明かしたのに。

 それならば、どうして火事を防ぐことが出来なかったのか。

「おい! 急ぐぞ!!」

 親方が職人たちを急かす。
 詰め所へ急がなければならない。
 町火消として、火事を収めなければならない。

 ごちゃごちゃと考えている暇はない。
 
「あんた達!! 頼んだよ!」

 加代が準備した竜吐水を引いて、お七達は火事に挑む。

 ――平八だ!!

 お七の目に飛び込んだのは、平八の姿。
 逃げ惑う人々の間で、平八が慌てふためいている。
 平八は、人々の流れに逆らって火事の炎の上がる方へと行こうとしているが、体の大きな平八が、逃げ惑い混乱する人々の間を抜けて進む術はない。

「どけ!!」

 何度も叫ぶ平八の言葉に従う人は誰もいない。
 お七は頭に血がのぼって平八に飛びついた。

「平八!! テメェ!! 追い詰められて火付けしやがったか!!」
「違う!! 俺はしらねぇ!!」 

 大きな体の平八をお七は止められない。
 振りほどかれて、お七の体は簡単に吹っ飛ぶ。

「お七!」

 かばってくれたのは、辰吉だった。
 石に激突しそうだったお七の体を辰吉が咄嗟に受け止めてくれた。
 
「取り押さえろ!!」

 親方の言葉でう吉と虎吉が平八を抑え込む。

「後は任せろ!!」
 
 十手持ちが後から追ってくる。
 
「遅いよ!! お前ら!!」

 お七が十手持ちに怒鳴る。
 十手持ちが綱でグルグル巻きにして平八を取り押さえる。

 こうなれば、もう大丈夫だろう。
 平八は逃げられない。
 
「ちんたらするな!! こうしている内にも火事が広がるぞ!!」

 親方に怒鳴られる。
 そうだった。
 今は平八の馬鹿に付き合ってなんていられない。
 事情なんてものは、後で聞けば良いのだ。
 
 十手持ちに平八を任せて、う吉と虎吉が急いで竜吐水のところへと戻る。
 お七も立ち上がれば、辰吉の様子がおかしい。
 腕をおさえて眉をひそめている。

「辰吉?」
「何でもねぇよ。早く配置に戻りやがれ」

 辰吉の言う通りだ。
 今は一刻を争う。
 
 と組町火消として火事を制することを何よりも優先させなければならない。

「どけ! お前ら!! 火消だ!!」

 親方が良く通る声で叫べば、民衆が道を開ける。

「待ってくれ! 助けてくれ!」

 見ていた平八が呼び止める。

「ああ? そんなことは、横の十手持ちに頼め。ウチの火消をぶん投げた奴の命乞いなんて聞く耳持たねぇよ!」

 親方が平八に言い返す。

「違う! 違うんだ!!」
「何がだよ」
「親父が! 親父が火元にいるんだ!!」

 人々の噂にも耐えて、播磨屋の主人は店を営業していた。それは、ひとえに息子が無実だと信じていたからだった。清吉が無実だったように、息子の平八が嘘の証言をしたという話も何かの誤解で、その内に真実が明らかになって、この状況も解消されるだろう。

 一時の辛抱だ。
 そう思っていた矢先に、追い込まれた平八は、親父に自分のしでかしたことを洗いざらい話したのだという。

「俺が話すのを、親父は黙って聞いていたさ。そうしたら、親父は急に店を閉めて行方不明。親父は、あの火付け現場にいるに違いないんだ! 親父は死のうとしているんだ」
「どういうこった?」

 十手持ちが平八の胸倉をつかむ。

「俺は、材木問屋の番頭の言う通りの方法で、そこの若衆と一緒に仕掛けを作った。それが、佐和を手に入れるマジナイだと聞いてたんだ」

 宗悟の見つけた火付けの方法であったのならば、確かにマジナイに似ている。
 風鈴を飾り、燃えやすい物を寄せ集めて放置する。
 火が点くのはずいぶん後だから、それが火付けの道具だとは思わなくってもおかしくない。

「後で、若衆にそれが火付けだったと教えられて、その後は清吉を犯人にするために……」

 ちっ!

 親方が、平八が話しているのをさえぎって、舌打ちする。

「長げぇ! とにかく現場に味噌親父がいて助けろってんだろ! 後は知らねぇよ!」

 行くぞ!!

 親方の号令でと組は竜吐水を引きながら火事へ向かって走り出した。
 前方には、炎が渦巻いている。
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