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清吉の解放
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江戸の町にまた瓦版が配られた。
『平八の発言には矛盾があり、清吉の無実は証明された』
そういう内容の瓦版に町は沸き立っていた。
「これが、奉行様の策ね」
瓦版をもらって読みながら、お七はあの時のニコリと笑った奉行の顔を思い出す。
あの時奉行は『清吉の無罪が証明されて、平八の証言に嘘があったと触れ回ったら、どうなる?』と笑って言った。
その結果が、今、目の前で起きている。
「つまり、前回の瓦版でペラペラと話していた内容な全部嘘だったってんだ!」「どうしようもねぇな。平八ってやつは」「何のためにこんな悪ふざけしやがったんだ」「まさか、本当の下手人は平八か?」
この瓦版に、下手人が平八だとは全く言っていない。
言っているのは、平八の嘘と清吉の潔白のみ。だが、街の人はそうは思っていない。
その先を勝手に想像して、あれやこれやと噂を始める。
「おい! こりゃあ本当かよ」
「ああ、そうらしいぜ! 最初から胡散臭かったんだ。あの平八の証言はよ。調べても、それらしい証拠も上がってこねぇんだ。調べるのに掛かった時間、返してほしいぜ。全く!!」
十手持ちも積極的に平八の嘘を裏付けていく。
もちろん、これも奉行の命令。
そして、あくまで平八が下手人だとは言わない。
噂を操作して、少しずつ平八を追い詰めていく。
これで、追い詰めらた平八が、どんな行動をとるのだろうか。
そりゃ、お七だって平八は嫌いだ。それに、無実の清吉を陥れようとした行為は許されるものではない。
お七は、これからの奉行の策が気にはなるが、鳶の仕事に向かう。
今度の現場は、播磨屋の近く。
足場の上から見渡せば、播磨屋の様子もよく分かる。
播磨屋は誰が死んだのかと思うほど静まりかえっていた。客足はほとんどない。
播磨屋の主人が悪いのではない。播磨屋の味噌に問題があるのではない。それなのに、皆、播磨屋の味噌を買うのを控える。
播磨屋の主人と知り合いだという加代が言ってた。「可哀想なもんだよ。息子のしでかしたことで、ああまで苦しめられるもんかね」と。播磨屋の主人は真面目で温厚な性質。息子とは違う性質らしい。それが、今回の瓦版が出回ったことで、平八の家族ということで世間から白い目で見られている。
元々真面目な主人は「手前どもの教育が悪いせいで世間様にご迷惑をかけて」などと言ってうなだれているそうだ。
「世の中ってやつは、上げたり下げたり一々面倒クセェな」
播磨屋の店先を足場の上から見ていたお七に辰吉がそう言ってため息をつく。
「まだ、誰も平八が下手人だって言っていないのよ?」
それでこの有様だ。もし平八が下手人だったら、どうなるのだろう。お七はゾッとする。
あの飄々とした奉行がニコリと笑いながら講じた策。
それが、平八をその親族諸共みるみる追い込んでいく。
あえて用心深い材木問屋の番頭を追い込まなかったのは、短絡的な平八だけを追い込み突発的な行動をとらせるためか。
そう考えれば、奉行が急に恐ろしくなる。
「転がり出した歯車を止める方法は俺達にはねぇよ」
辰吉の言葉に、お七はコクンと首を縦に振ることしか出来なかった。
『平八の発言には矛盾があり、清吉の無実は証明された』
そういう内容の瓦版に町は沸き立っていた。
「これが、奉行様の策ね」
瓦版をもらって読みながら、お七はあの時のニコリと笑った奉行の顔を思い出す。
あの時奉行は『清吉の無罪が証明されて、平八の証言に嘘があったと触れ回ったら、どうなる?』と笑って言った。
その結果が、今、目の前で起きている。
「つまり、前回の瓦版でペラペラと話していた内容な全部嘘だったってんだ!」「どうしようもねぇな。平八ってやつは」「何のためにこんな悪ふざけしやがったんだ」「まさか、本当の下手人は平八か?」
この瓦版に、下手人が平八だとは全く言っていない。
言っているのは、平八の嘘と清吉の潔白のみ。だが、街の人はそうは思っていない。
その先を勝手に想像して、あれやこれやと噂を始める。
「おい! こりゃあ本当かよ」
「ああ、そうらしいぜ! 最初から胡散臭かったんだ。あの平八の証言はよ。調べても、それらしい証拠も上がってこねぇんだ。調べるのに掛かった時間、返してほしいぜ。全く!!」
十手持ちも積極的に平八の嘘を裏付けていく。
もちろん、これも奉行の命令。
そして、あくまで平八が下手人だとは言わない。
噂を操作して、少しずつ平八を追い詰めていく。
これで、追い詰めらた平八が、どんな行動をとるのだろうか。
そりゃ、お七だって平八は嫌いだ。それに、無実の清吉を陥れようとした行為は許されるものではない。
お七は、これからの奉行の策が気にはなるが、鳶の仕事に向かう。
今度の現場は、播磨屋の近く。
足場の上から見渡せば、播磨屋の様子もよく分かる。
播磨屋は誰が死んだのかと思うほど静まりかえっていた。客足はほとんどない。
播磨屋の主人が悪いのではない。播磨屋の味噌に問題があるのではない。それなのに、皆、播磨屋の味噌を買うのを控える。
播磨屋の主人と知り合いだという加代が言ってた。「可哀想なもんだよ。息子のしでかしたことで、ああまで苦しめられるもんかね」と。播磨屋の主人は真面目で温厚な性質。息子とは違う性質らしい。それが、今回の瓦版が出回ったことで、平八の家族ということで世間から白い目で見られている。
元々真面目な主人は「手前どもの教育が悪いせいで世間様にご迷惑をかけて」などと言ってうなだれているそうだ。
「世の中ってやつは、上げたり下げたり一々面倒クセェな」
播磨屋の店先を足場の上から見ていたお七に辰吉がそう言ってため息をつく。
「まだ、誰も平八が下手人だって言っていないのよ?」
それでこの有様だ。もし平八が下手人だったら、どうなるのだろう。お七はゾッとする。
あの飄々とした奉行がニコリと笑いながら講じた策。
それが、平八をその親族諸共みるみる追い込んでいく。
あえて用心深い材木問屋の番頭を追い込まなかったのは、短絡的な平八だけを追い込み突発的な行動をとらせるためか。
そう考えれば、奉行が急に恐ろしくなる。
「転がり出した歯車を止める方法は俺達にはねぇよ」
辰吉の言葉に、お七はコクンと首を縦に振ることしか出来なかった。
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