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仮釈放
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和尚の皺首が欲しいわけではないだろうが、奉行は清吉を釈放してくれた。
……と、言っても、それは仮の釈放。
い組の詰め所に謹慎して、出かける時には奉行所に連絡を入れる。
仮釈放の期間は、真犯人が見つかるまでの間。
真犯人が見つかるまでは、清吉は自由に行動は出来ない。
それが約束だった。
もし、い組の詰め所に奉行所が確認に行った時に清吉が居なければ、今度こそ問答無用で捕縛されてしまうのだと奉行は念を押した。
それが昨日の話。
お七にとっては嬉しい出来事だったが、以来お七の気分は晴れない。
頭の中にこびりつくのは、お鈴の言っていた清吉と佐和の関係と、釈放された時の清吉の佐和を見つめる優しい目と佐和の潤んだ瞳。
二人はあの場で何か特別なやり取りをしたわけではないが、一瞬清吉と佐和が合わせた目線が、二人の想いを如実に表しているように、お七には思えた。
清吉への憧れが無くなったわけでも、マトイ持ちになるという夢を捨てるわけでもないが、それでも、なんだかお七の心には、靄が掛かりっ放しだった。
はっきりと意識してはいなかったが、やっぱり清吉への憧れの中には、恋心なんて物が混じっていたのだと、清吉と佐和の様子を見た時に、初めて自覚した。
自覚して……そして、すぐに失恋したことに気づいた。
「らしくねぇな。いやに静かじゃねぇか」
足場の上で黙って座り込むお七に、辰吉が声を掛けた。
「あたしだって、たまには考え込むことぐらいあるわよ」
「本当かよ。初めて知った」
からかう辰吉に、いつものように言い返すことができない。
「おいおい、本当に元気ねぇな」
お七の隣に辰吉が座る。
「ねぇ。好きな人が別の人を好きになったら、どうする?」
「あ? なんだそれ」
なんだそれとは言いながらも、辰吉は何かを察したようだった。
まあ、お七が清吉に憧れていることは、と組の皆も知っている。そのお七が『好きな人が別の人を好きになったら』なんて聞けば、それは察するものもあるだろう。
「辰吉はあたしより年取っているでしょ? なら、そういう経験だってあるかと思って」
「年取っているってどうだよ……。俺とお七じゃあ、五歳ほどしか違わねぇぜ。て、そんなこと聞くなよ」
「無いの? 恋の一つや二つ」
「いや、待て。お前、俺をどう思っていやがる」
「無いんだ……」
「ある。あるとも!」
お七は疑いの目を向ける。
怪しい……。
「まあ、あれだな。好きな人が別の人を……か。そりゃ、辛いし苦しいだろうが……どうしようもねぇな」
「どうしようもない」
「そうだな。惚れただのは、どうしようもねぇじゃねぇか。駄目でした。じゃあ、スッパリ諦めますなんて、すぐに言えるか?」
お七はブンブンと首を横に振る。
「だろ? だから、痛み隠してドロッとした気持ちに蓋して、笑顔で目出てぇって後押ししてやるんだよ」
それが『江戸っ子の粋』ってもんだ。
辰吉がそう言って、お七に笑いかける。
「そんなこと出来るかしら」
「できるさ。お前ならさ」
辰吉が、ポンポンとお七の肩を軽く叩く。
「あれか。それじゃあ、お七は、もうマトイ持ちは諦めるのか?」
「は? そんな訳ないじゃない。それとこれとは別よ」
そう。別なのだ。
きっかけは清吉への憧れだったとしても、マトイ持ちになりたいって気持ちに変わりなんてない。
「なら大丈夫だ。さっさと仕事しろよ。休憩時間はとっくに終わっているんだ」
「うわ……。なにそれ」
「なにそれ」言いながらも、お七は顔をあげる。
そうだ。ここで座っていても、何にもなりやしない。
辰吉の言う通り、モヤモヤする気持ちに蓋なんてできるか分からないけれども、負けっぱなしでいるのは、お七の性分には合わない。
一つ大きく伸びをして、お七は立ち上がる。
……と、言っても、それは仮の釈放。
い組の詰め所に謹慎して、出かける時には奉行所に連絡を入れる。
仮釈放の期間は、真犯人が見つかるまでの間。
真犯人が見つかるまでは、清吉は自由に行動は出来ない。
それが約束だった。
もし、い組の詰め所に奉行所が確認に行った時に清吉が居なければ、今度こそ問答無用で捕縛されてしまうのだと奉行は念を押した。
それが昨日の話。
お七にとっては嬉しい出来事だったが、以来お七の気分は晴れない。
頭の中にこびりつくのは、お鈴の言っていた清吉と佐和の関係と、釈放された時の清吉の佐和を見つめる優しい目と佐和の潤んだ瞳。
二人はあの場で何か特別なやり取りをしたわけではないが、一瞬清吉と佐和が合わせた目線が、二人の想いを如実に表しているように、お七には思えた。
清吉への憧れが無くなったわけでも、マトイ持ちになるという夢を捨てるわけでもないが、それでも、なんだかお七の心には、靄が掛かりっ放しだった。
はっきりと意識してはいなかったが、やっぱり清吉への憧れの中には、恋心なんて物が混じっていたのだと、清吉と佐和の様子を見た時に、初めて自覚した。
自覚して……そして、すぐに失恋したことに気づいた。
「らしくねぇな。いやに静かじゃねぇか」
足場の上で黙って座り込むお七に、辰吉が声を掛けた。
「あたしだって、たまには考え込むことぐらいあるわよ」
「本当かよ。初めて知った」
からかう辰吉に、いつものように言い返すことができない。
「おいおい、本当に元気ねぇな」
お七の隣に辰吉が座る。
「ねぇ。好きな人が別の人を好きになったら、どうする?」
「あ? なんだそれ」
なんだそれとは言いながらも、辰吉は何かを察したようだった。
まあ、お七が清吉に憧れていることは、と組の皆も知っている。そのお七が『好きな人が別の人を好きになったら』なんて聞けば、それは察するものもあるだろう。
「辰吉はあたしより年取っているでしょ? なら、そういう経験だってあるかと思って」
「年取っているってどうだよ……。俺とお七じゃあ、五歳ほどしか違わねぇぜ。て、そんなこと聞くなよ」
「無いの? 恋の一つや二つ」
「いや、待て。お前、俺をどう思っていやがる」
「無いんだ……」
「ある。あるとも!」
お七は疑いの目を向ける。
怪しい……。
「まあ、あれだな。好きな人が別の人を……か。そりゃ、辛いし苦しいだろうが……どうしようもねぇな」
「どうしようもない」
「そうだな。惚れただのは、どうしようもねぇじゃねぇか。駄目でした。じゃあ、スッパリ諦めますなんて、すぐに言えるか?」
お七はブンブンと首を横に振る。
「だろ? だから、痛み隠してドロッとした気持ちに蓋して、笑顔で目出てぇって後押ししてやるんだよ」
それが『江戸っ子の粋』ってもんだ。
辰吉がそう言って、お七に笑いかける。
「そんなこと出来るかしら」
「できるさ。お前ならさ」
辰吉が、ポンポンとお七の肩を軽く叩く。
「あれか。それじゃあ、お七は、もうマトイ持ちは諦めるのか?」
「は? そんな訳ないじゃない。それとこれとは別よ」
そう。別なのだ。
きっかけは清吉への憧れだったとしても、マトイ持ちになりたいって気持ちに変わりなんてない。
「なら大丈夫だ。さっさと仕事しろよ。休憩時間はとっくに終わっているんだ」
「うわ……。なにそれ」
「なにそれ」言いながらも、お七は顔をあげる。
そうだ。ここで座っていても、何にもなりやしない。
辰吉の言う通り、モヤモヤする気持ちに蓋なんてできるか分からないけれども、負けっぱなしでいるのは、お七の性分には合わない。
一つ大きく伸びをして、お七は立ち上がる。
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