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どうして
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奉行所の裏。
泣きながら祈る佐和を、お鈴はどうしようもしてやれなかった。
この壁の向こう側には、清吉が捕まっている。
表の門番に見つからないように、そっと奉行所の裏でこうやって佐和はひっそりと清吉の無事を祈っているのだ。
茶屋の客が持ってきた瓦版には、清吉が捕らえられたと書かれている。
しかも、それを証言したのは、播磨屋の平八。
お鈴はそれを見て確信した。
平八は、以前に佐和にちょっかいをかけて清吉に追い払われたことがあったのだ。
きっと、それで平八は清吉に逆恨みしたのだろう。
佐和に付きまとっていた平八だ。
ひょっとしたら、佐和が清吉に気があることに感づいたのかもしれない。
そして、嘘の証言をしたに違いないのだ。
「佐和姉……」
心配するお鈴が声を掛ければ、佐和が泣きはらした目でお鈴に微笑んでくれる。
「お鈴、ごめんね。変なことに付き合わせて。馬鹿だよね。こんなことをしてもどうしようもないのに」
好いた人が、罪を……おそらく濡れ衣を着せられて、しょっ引かれる。
それは、とても辛いことではないだろうか。
「ううん。良いの。大丈夫だよ、佐和姉。きっと、無実だってお奉行さんも分かってくれるよ」
平八の証言だけで、まさか重罪人だと判定するような無茶を奉行所はしないだろう。
でも、もし分かってくれなかったらどうしよう。
「佐和、ここにいたんだ」
にやにやと笑いながら立っていたのは、平八。
「探したぜ」
佐和もお鈴も平八を睨む。
「あなたね、こんな嘘を並べ立てて恥ずかしくないの?」
穏やかな佐和が平八に怒鳴りつける。
「おお、そんな声を荒げて。仕方ないだろう? 本当のことなんだから。いいか? あの火事の日、清吉はあの場所にいたんだ。そのことを俺は奉行に正直に話しに行ったんだ。だが、いつまで経っても奉行所は動かねぇ。だから、俺は、瓦版屋に垂れ込んで、他の証人を探す手伝いをしてやったんだ」
得意げな平八。
虫唾が走る。
平八が証言した内容をすぐに奉行所が鵜呑みにしたのではなかった。だが、平八が瓦版屋に垂れ込んだことが発覚して、騒ぎが大きくなることを恐れた奉行所が、清吉を捕えてしまったということか。
卑劣な手だ。
「なあ、佐和。これであいつの悪評が江戸中に広まったぜ? しかも、このまま行けば、清吉は死罪だ。そんな奴を想っていても仕方ないだろう?」
佐和は、平八の言葉に、何も答えない。
ただ瓦版を手に立ち尽くしている。
その手は、ワナワナと震えいている。
「証言を覆してくれるのですか?」
佐和が震える声で平八に聞く。
「さ、佐和姉?」
「もし……あんたが、平八が……私を手に入れるためだけに清吉さんを陥れたのならば、私があんたの元へ行けば、証言を覆して二度と清吉さんに手を出さないって、そう……約束してくれるんですか?」
「ちょっと! 佐和姉!! それは駄目だよ!!」
「お鈴! 良いの! それであの人が、清吉さんが助かるなら!!」
「へえ……」
平八の顔は、嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。
お鈴は、こんなに気味の悪い笑顔を見たことがない。
こんな相手の元へ佐和が行くだなんて、考えただけでゾッとする。
「俺を信用していないっていうのは、腹が立つが。まあ、良い。佐和が観念して素直に俺の嫁になるって言うなら……」
「駄目!! 絶対駄目!!」
こんな約束を結ばせてはならない。
お鈴は必死で止める。
「駄目。私が! お七ちゃんや宗悟や祐が、絶対に真犯人を捕まえるから!! 清吉さんの潔白を証明するから!」
「そんなチビ達で何が出来るんだか!!」
平八が腹を抱えて大笑いする。
悔しい。
悔しさでお鈴の目に涙がにじんだ。
泣きながら祈る佐和を、お鈴はどうしようもしてやれなかった。
この壁の向こう側には、清吉が捕まっている。
表の門番に見つからないように、そっと奉行所の裏でこうやって佐和はひっそりと清吉の無事を祈っているのだ。
茶屋の客が持ってきた瓦版には、清吉が捕らえられたと書かれている。
しかも、それを証言したのは、播磨屋の平八。
お鈴はそれを見て確信した。
平八は、以前に佐和にちょっかいをかけて清吉に追い払われたことがあったのだ。
きっと、それで平八は清吉に逆恨みしたのだろう。
佐和に付きまとっていた平八だ。
ひょっとしたら、佐和が清吉に気があることに感づいたのかもしれない。
そして、嘘の証言をしたに違いないのだ。
「佐和姉……」
心配するお鈴が声を掛ければ、佐和が泣きはらした目でお鈴に微笑んでくれる。
「お鈴、ごめんね。変なことに付き合わせて。馬鹿だよね。こんなことをしてもどうしようもないのに」
好いた人が、罪を……おそらく濡れ衣を着せられて、しょっ引かれる。
それは、とても辛いことではないだろうか。
「ううん。良いの。大丈夫だよ、佐和姉。きっと、無実だってお奉行さんも分かってくれるよ」
平八の証言だけで、まさか重罪人だと判定するような無茶を奉行所はしないだろう。
でも、もし分かってくれなかったらどうしよう。
「佐和、ここにいたんだ」
にやにやと笑いながら立っていたのは、平八。
「探したぜ」
佐和もお鈴も平八を睨む。
「あなたね、こんな嘘を並べ立てて恥ずかしくないの?」
穏やかな佐和が平八に怒鳴りつける。
「おお、そんな声を荒げて。仕方ないだろう? 本当のことなんだから。いいか? あの火事の日、清吉はあの場所にいたんだ。そのことを俺は奉行に正直に話しに行ったんだ。だが、いつまで経っても奉行所は動かねぇ。だから、俺は、瓦版屋に垂れ込んで、他の証人を探す手伝いをしてやったんだ」
得意げな平八。
虫唾が走る。
平八が証言した内容をすぐに奉行所が鵜呑みにしたのではなかった。だが、平八が瓦版屋に垂れ込んだことが発覚して、騒ぎが大きくなることを恐れた奉行所が、清吉を捕えてしまったということか。
卑劣な手だ。
「なあ、佐和。これであいつの悪評が江戸中に広まったぜ? しかも、このまま行けば、清吉は死罪だ。そんな奴を想っていても仕方ないだろう?」
佐和は、平八の言葉に、何も答えない。
ただ瓦版を手に立ち尽くしている。
その手は、ワナワナと震えいている。
「証言を覆してくれるのですか?」
佐和が震える声で平八に聞く。
「さ、佐和姉?」
「もし……あんたが、平八が……私を手に入れるためだけに清吉さんを陥れたのならば、私があんたの元へ行けば、証言を覆して二度と清吉さんに手を出さないって、そう……約束してくれるんですか?」
「ちょっと! 佐和姉!! それは駄目だよ!!」
「お鈴! 良いの! それであの人が、清吉さんが助かるなら!!」
「へえ……」
平八の顔は、嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。
お鈴は、こんなに気味の悪い笑顔を見たことがない。
こんな相手の元へ佐和が行くだなんて、考えただけでゾッとする。
「俺を信用していないっていうのは、腹が立つが。まあ、良い。佐和が観念して素直に俺の嫁になるって言うなら……」
「駄目!! 絶対駄目!!」
こんな約束を結ばせてはならない。
お鈴は必死で止める。
「駄目。私が! お七ちゃんや宗悟や祐が、絶対に真犯人を捕まえるから!! 清吉さんの潔白を証明するから!」
「そんなチビ達で何が出来るんだか!!」
平八が腹を抱えて大笑いする。
悔しい。
悔しさでお鈴の目に涙がにじんだ。
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