大江戸町火消し。マトイ娘は江戸の花

ねこ沢ふたよ

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放火された場所

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 休憩後の仕事を片付けて、出火場所となった現場へ、お七と佑は向かう。

 通りを抜けて件の路地へ。
 先は行き止まりになっている。
 

「うわっ! 臭い!!」

 お七は鼻を押さえる。
 そっと壁の向こうを覗けば、厠。
 木戸がひっそりとついているのは、汲み取りのためだろう。

「これは……昼間でも人通りが少ないかも」
「なるほどな。実際に行ってみないと分からないものだな」

 お七と佑、二人で合点する。

「じゃあ……犯人は、これを知っていたってことね」
「だろうな。だからここを放火場所に選んだんだ」

 すでに立て直されて板塀も厠も真新しい。
 特に何も火事の痕跡は残っていなさそうだ。

「何かあれば良かったんだけれど」
「証拠になるようものってことか?」
「そう。何か……こう、清吉さんが下手人じゃないってはっきり分かるようなもの」
「また清吉かよ。俺らは真犯人につながる証拠を探しているのだろう? 別に清吉一人のために証拠を探しているわけじゃねぇ」
「何よ。何不機嫌になっているのよ」

 突然、不機嫌そうに顔をしかめる祐。
 お七には意味が分からない。
 二人して、わざわざ放火された場所に調べに来たというのに、何を不機嫌になる必要があるのか。

「ちょっと!」
「……」
「いい加減にしないと張り倒すわよ!!」
「……誰でも良いのかよ?」
「は?」
「お七は、マトイ持ちなら誰でも良いのかよ!」
「何よそれ。全く意味が分からないんだけど」
「だって、さっき辰吉と話していた時だってあんなに親しそうに……て、もういいよ」
「ちょ、ちょっと、何よ。言いかけて止めるってどういうことよ? 辰吉と親しそうって、そりゃ同じと組よ? そんなの親しいに決まっているでしょ?」

 分からないなら、もういい。佑は、そう言ってそっぽを向いてしまう。
 ここへ何をしに来たのだろう。
 少なくとも、喧嘩をしにきたつもりはない。
 困った。
 お七は、祐を放っておいて、周囲を調べる。
 特に何も落ちているものもない。

 そうか……。
 お七は一つ思いつく。
 火付けが火事の原因で、十手持ちや岡っ引きが調べているのだから、もし何か落ちていたとしても既に拾っているだろう。
 それに、祐達大工もそうだ。
 建築するときに何か拾ったとしたら、すでに届け出ている。

 じゃあ、もうここに居ても分かることもないのかしら。
 じっと思案するお七に、ポツリと祐が言う。

「好いているんだよ」
「えっ?」

 唐突なことに、お七は祐が何を言ったのか、一瞬分からなかった。

「お七に惚れているんだ」
「な、何も唐突にこんなところでそんな話しなくても」

 放火された現場、しかも厠の傍でとんでもなく臭い。
 そういう言葉は、もっと素敵な場所で言うものではないのだろうか?
 祐がそういうことに気を回せる奴だとは思えないが、せめてもう少しましな場所で言うべき言葉ではないだろうか?

「それだけ切羽詰まっているってことだろう!」
「いや、そうだとしても……」

 祐の表情から、冗談を言っているようには見えないが、今はそれどころではない。
 
「とにかく、一旦落ち着いて」
「落ち着けるか。これ以上待っていたら、お七がどこへ行くかわからねぇ」

 一回、冷や水でもぶっかけてやろうか。
 どうにも思いつめた祐の扱いに、お七は困る。

「お七。テメェの気持ちは、気持ちはどうなんだよ」

 そう言われても、本当に困る。

 祐が嫌いなわけではない。
 だが、そんな恋の対象と見たことは無かった。

 今は、マトイ持ちを目指して頑張っている最中だ。そこでそんなことを言われてどう答えればよいのか。
 何と答えよう。
 
「とにかく、この悪臭のするところから離れて……ね。一旦落ち着いて考えようよ」

 なんとか誤魔化そうとお七は苦心する。
 ここで返答するべきじゃない。
 大事な幼馴染の祐だからこそ、真剣に悩んでから結論を出したい。

「あのな……」

 祐が何か言いかけて、表通りの騒ぎに気づく。
 良かった。
 これ以上しつこく返答を迫られたら、ぶん殴るところだった。

「何か……騒ぎ?」

 お七と祐は二人して表通りに出る。
 大騒ぎしているのは、瓦版配りだ。

「さあさ! ついに火付けが捕まったよ!!」

 そう大声で言って瓦版を配っている。
 人々は、その瓦版に群がって買っている。

「なんだ。捕まったんだ」
「俺達があたふた調べるまでもなかったな」

 良かった。
 お七はホッとする。
 火付けをするような奴は、捕まった方が良いのだ。

「で、誰なんだろう」

 誰かが読み終えて捨てていった瓦版を拾い上げる。
 瓦版を読んで、お七は青ざめる。

「清吉さんが捕まったの?」

 棍棒で頭を殴られたようなショックで、お七はフラフラとその場に倒れ込んだ。




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