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結び
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お七はう吉に監督されながら足場の綱を結ぶ。
「ええっと、もやい結びがこうで、引きとけ結びはああだから……巻き結びは……」
「ほら、お七! 綱の結びは鳶の基本だ!」
「分かっているわよ!」
建築の現場で足場を組むのは鳶の大切な仕事の一つ。身のこなしの軽い鳶が足場を組んで、大工達が高所で作業しやすくしてやらねばならない。
足場となる丸太を組んで綱で縛る。
綱の縛り方を間違えれば、足場は緩んで崩壊してしまうのだ。
何種類もある結び方を覚えて、適所で使わなければならない。
教育係のう吉から教えてもらって練習して、本日は初めて現場で実践している。
「ほら出来た!!」
「ふうん……」
大切な仲間を支える足場。結びを間違えれば大事故につながってしまう。
う吉が点検する。
厳しい目で結びを確認しているのは、それほどに大事なことだから。
お七は緊張する。
何度も練習してきたのだから、自信はある。
「……まあ、合格だ」
う吉の言葉に、お七はホッと胸をなでおろす。
「当然よ! このくらい!」
「緊張してたくせに」
お七の強がりに、う吉がハハッと笑う。
良かった。これで少しは鳶として役に立つ仕事が出来る。
自分の組んだ足場丸太をほっとした気持ちで撫でながら、お七は気がかりを一つ思い出す。
「あ……ねえ、う吉」
「なんだ?」
「材木問屋で、番頭を通さずに材木を手配なんて出来るの?」
この間、宗悟と祐と一緒に材木問屋に行ってからずっと気になっていたこと。
材木問屋の番頭は、「大旦那様が直接お受けになったから」自分は知らないのだと言っていた。
そんなことが可能なのだろうか?
「あ? 何の話だ? 唐突に」
「こうやって足場の丸太を組むんだから、鳶だって材木を手配するでしょう? なら、材木のこともう吉なら分かるかと思って」
「そうだな……。まあ、材木屋の誰かに声を掛ければ、手配は出来る。だが、帳面を整理するのは、番頭だ。何をどのくらい、いつ、どこに仕入れるかを知らないで番頭は仕事できないだろうな」
「大旦那が頼んでも? 誰が頼んだか、番頭に秘密にすることってできるの?」
「変な話だな。何かあったか?」
う吉が訝しむ。だが、重罪となる火付けの下手人だと疑っているだなんて、とても言えない。
「いいから、教えてよ。駄目?」
「別に駄目じゃねぇけど……。そうだな。大旦那は、別に実務が出来る訳じゃねぇからな。店の売り上げを確認してはいると思うが材木の手配はできねぇ。番頭にどこの誰かを伏せていては、どこにどのくらいどんな材木を手配すりゃいいのかが全く分からねぇ。まあ、現実的じゃねぇな」
「そうよね……やっぱり」
じゃあ、あんなに人が良さそうに見えていた番頭は、やっぱり嘘をついてのかしら?
「それに、番頭だけじゃあ材木は運べねぇ。何人か職人も必要だな。最終的に納めるまで職人に依頼主は伏せておくことは可能かもしれないが……だが、番頭は駄目だ。店の要だからな」
じゃあ、やっぱりあの番頭は、何かを知っていたということになる。
一枚噛んでいた可能性が高い。あるいは、何かを知っていて誰かを庇っていたとか……。
「さっぱり分からない!」
お七が嘆けば、う吉が肩をすくめる。
「てめぇが分からねぇなら、俺は、もっと分からねぇよ! 良いからほら、結びが出来るようになったなら、キリキリと働きやがれ!!」
教育係のう吉に言われて、慌てて現場に入る。
「なんだ! ついに結びまで覚えやがったか!!」
足場に登れば、虎吉が嬉しそうに声を掛けてくる。
直接はお七を指導していなくても、虎吉は職人の一人としてお七の成長も気にかけてくれているのだろう。
「頼むぜ! お七! 仕事は山ほどあるんだ!」
そんな風に実力者の虎吉に言われれば、お七だって頑張らないわけにはいかない。
「お七! 本当に大丈夫なんだろうな?」
「辰吉うるさい!」
辰吉の言葉に、お七はムッとする。
せっかく虎吉にやる気をもらったのに!
「そういう言い方をするから、辰吉は虎吉みたいに人望がないのよ!!」
お七の言葉に、現場の鳶達がドッと笑う。
「辰吉! 言われているぞ!」
「はは! ちげぇねぇ!」
皆が楽しそうに囃し立てる。
「なんだよ。みんなしてお七の味方しやがって!」
辰吉が拗ねてみせれば、また笑い声が沸き上がる。
「ほら、さっさと仕事しやがれ! ちんたらしてたら、終わらねぇぞ!」
そう言いながら親方も笑っていた。
「ええっと、もやい結びがこうで、引きとけ結びはああだから……巻き結びは……」
「ほら、お七! 綱の結びは鳶の基本だ!」
「分かっているわよ!」
建築の現場で足場を組むのは鳶の大切な仕事の一つ。身のこなしの軽い鳶が足場を組んで、大工達が高所で作業しやすくしてやらねばならない。
足場となる丸太を組んで綱で縛る。
綱の縛り方を間違えれば、足場は緩んで崩壊してしまうのだ。
何種類もある結び方を覚えて、適所で使わなければならない。
教育係のう吉から教えてもらって練習して、本日は初めて現場で実践している。
「ほら出来た!!」
「ふうん……」
大切な仲間を支える足場。結びを間違えれば大事故につながってしまう。
う吉が点検する。
厳しい目で結びを確認しているのは、それほどに大事なことだから。
お七は緊張する。
何度も練習してきたのだから、自信はある。
「……まあ、合格だ」
う吉の言葉に、お七はホッと胸をなでおろす。
「当然よ! このくらい!」
「緊張してたくせに」
お七の強がりに、う吉がハハッと笑う。
良かった。これで少しは鳶として役に立つ仕事が出来る。
自分の組んだ足場丸太をほっとした気持ちで撫でながら、お七は気がかりを一つ思い出す。
「あ……ねえ、う吉」
「なんだ?」
「材木問屋で、番頭を通さずに材木を手配なんて出来るの?」
この間、宗悟と祐と一緒に材木問屋に行ってからずっと気になっていたこと。
材木問屋の番頭は、「大旦那様が直接お受けになったから」自分は知らないのだと言っていた。
そんなことが可能なのだろうか?
「あ? 何の話だ? 唐突に」
「こうやって足場の丸太を組むんだから、鳶だって材木を手配するでしょう? なら、材木のこともう吉なら分かるかと思って」
「そうだな……。まあ、材木屋の誰かに声を掛ければ、手配は出来る。だが、帳面を整理するのは、番頭だ。何をどのくらい、いつ、どこに仕入れるかを知らないで番頭は仕事できないだろうな」
「大旦那が頼んでも? 誰が頼んだか、番頭に秘密にすることってできるの?」
「変な話だな。何かあったか?」
う吉が訝しむ。だが、重罪となる火付けの下手人だと疑っているだなんて、とても言えない。
「いいから、教えてよ。駄目?」
「別に駄目じゃねぇけど……。そうだな。大旦那は、別に実務が出来る訳じゃねぇからな。店の売り上げを確認してはいると思うが材木の手配はできねぇ。番頭にどこの誰かを伏せていては、どこにどのくらいどんな材木を手配すりゃいいのかが全く分からねぇ。まあ、現実的じゃねぇな」
「そうよね……やっぱり」
じゃあ、あんなに人が良さそうに見えていた番頭は、やっぱり嘘をついてのかしら?
「それに、番頭だけじゃあ材木は運べねぇ。何人か職人も必要だな。最終的に納めるまで職人に依頼主は伏せておくことは可能かもしれないが……だが、番頭は駄目だ。店の要だからな」
じゃあ、やっぱりあの番頭は、何かを知っていたということになる。
一枚噛んでいた可能性が高い。あるいは、何かを知っていて誰かを庇っていたとか……。
「さっぱり分からない!」
お七が嘆けば、う吉が肩をすくめる。
「てめぇが分からねぇなら、俺は、もっと分からねぇよ! 良いからほら、結びが出来るようになったなら、キリキリと働きやがれ!!」
教育係のう吉に言われて、慌てて現場に入る。
「なんだ! ついに結びまで覚えやがったか!!」
足場に登れば、虎吉が嬉しそうに声を掛けてくる。
直接はお七を指導していなくても、虎吉は職人の一人としてお七の成長も気にかけてくれているのだろう。
「頼むぜ! お七! 仕事は山ほどあるんだ!」
そんな風に実力者の虎吉に言われれば、お七だって頑張らないわけにはいかない。
「お七! 本当に大丈夫なんだろうな?」
「辰吉うるさい!」
辰吉の言葉に、お七はムッとする。
せっかく虎吉にやる気をもらったのに!
「そういう言い方をするから、辰吉は虎吉みたいに人望がないのよ!!」
お七の言葉に、現場の鳶達がドッと笑う。
「辰吉! 言われているぞ!」
「はは! ちげぇねぇ!」
皆が楽しそうに囃し立てる。
「なんだよ。みんなしてお七の味方しやがって!」
辰吉が拗ねてみせれば、また笑い声が沸き上がる。
「ほら、さっさと仕事しやがれ! ちんたらしてたら、終わらねぇぞ!」
そう言いながら親方も笑っていた。
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