大江戸町火消し。マトイ娘は江戸の花

ねこ沢ふたよ

文字の大きさ
上 下
30 / 53

結び

しおりを挟む
 お七はう吉に監督されながら足場の綱を結ぶ。

「ええっと、もやい結びがこうで、引きとけ結びはああだから……巻き結びは……」
「ほら、お七! 綱の結びは鳶の基本だ!」
「分かっているわよ!」

 建築の現場で足場を組むのは鳶の大切な仕事の一つ。身のこなしの軽い鳶が足場を組んで、大工達が高所で作業しやすくしてやらねばならない。
 
 足場となる丸太を組んで綱で縛る。
 綱の縛り方を間違えれば、足場は緩んで崩壊してしまうのだ。

 何種類もある結び方を覚えて、適所で使わなければならない。

 教育係のう吉から教えてもらって練習して、本日は初めて現場で実践している。

「ほら出来た!!」
「ふうん……」

 大切な仲間を支える足場。結びを間違えれば大事故につながってしまう。
 う吉が点検する。
 厳しい目で結びを確認しているのは、それほどに大事なことだから。
 お七は緊張する。
 何度も練習してきたのだから、自信はある。


「……まあ、合格だ」

 う吉の言葉に、お七はホッと胸をなでおろす。

「当然よ! このくらい!」
「緊張してたくせに」

 お七の強がりに、う吉がハハッと笑う。
 良かった。これで少しは鳶として役に立つ仕事が出来る。
 自分の組んだ足場丸太をほっとした気持ちで撫でながら、お七は気がかりを一つ思い出す。

「あ……ねえ、う吉」
「なんだ?」
「材木問屋で、番頭を通さずに材木を手配なんて出来るの?」

 この間、宗悟と祐と一緒に材木問屋に行ってからずっと気になっていたこと。
 材木問屋の番頭は、「大旦那様が直接お受けになったから」自分は知らないのだと言っていた。
 そんなことが可能なのだろうか?

「あ? 何の話だ? 唐突に」
「こうやって足場の丸太を組むんだから、鳶だって材木を手配するでしょう? なら、材木のこともう吉なら分かるかと思って」
「そうだな……。まあ、材木屋の誰かに声を掛ければ、手配は出来る。だが、帳面を整理するのは、番頭だ。何をどのくらい、いつ、どこに仕入れるかを知らないで番頭は仕事できないだろうな」
「大旦那が頼んでも? 誰が頼んだか、番頭に秘密にすることってできるの?」
「変な話だな。何かあったか?」

 う吉が訝しむ。だが、重罪となる火付けの下手人だと疑っているだなんて、とても言えない。

「いいから、教えてよ。駄目?」
「別に駄目じゃねぇけど……。そうだな。大旦那は、別に実務が出来る訳じゃねぇからな。店の売り上げを確認してはいると思うが材木の手配はできねぇ。番頭にどこの誰かを伏せていては、どこにどのくらいどんな材木を手配すりゃいいのかが全く分からねぇ。まあ、現実的じゃねぇな」
「そうよね……やっぱり」

 じゃあ、あんなに人が良さそうに見えていた番頭は、やっぱり嘘をついてのかしら?

「それに、番頭だけじゃあ材木は運べねぇ。何人か職人も必要だな。最終的に納めるまで職人に依頼主は伏せておくことは可能かもしれないが……だが、番頭は駄目だ。店の要だからな」

 じゃあ、やっぱりあの番頭は、何かを知っていたということになる。
 一枚噛んでいた可能性が高い。あるいは、何かを知っていて誰かを庇っていたとか……。

「さっぱり分からない!」

 お七が嘆けば、う吉が肩をすくめる。

「てめぇが分からねぇなら、俺は、もっと分からねぇよ! 良いからほら、結びが出来るようになったなら、キリキリと働きやがれ!!」

 教育係のう吉に言われて、慌てて現場に入る。

「なんだ! ついに結びまで覚えやがったか!!」

 足場に登れば、虎吉が嬉しそうに声を掛けてくる。
 直接はお七を指導していなくても、虎吉は職人の一人としてお七の成長も気にかけてくれているのだろう。
 
「頼むぜ! お七! 仕事は山ほどあるんだ!」

 そんな風に実力者の虎吉に言われれば、お七だって頑張らないわけにはいかない。

「お七! 本当に大丈夫なんだろうな?」
「辰吉うるさい!」

 辰吉の言葉に、お七はムッとする。
 せっかく虎吉にやる気をもらったのに!

「そういう言い方をするから、辰吉は虎吉みたいに人望がないのよ!!」

 お七の言葉に、現場の鳶達がドッと笑う。

「辰吉! 言われているぞ!」
「はは! ちげぇねぇ!」

 皆が楽しそうに囃し立てる。

「なんだよ。みんなしてお七の味方しやがって!」

 辰吉が拗ねてみせれば、また笑い声が沸き上がる。
 
「ほら、さっさと仕事しやがれ! ちんたらしてたら、終わらねぇぞ!」

 そう言いながら親方も笑っていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

東へ征(ゆ)け ―神武東征記ー

長髄彦ファン
歴史・時代
日向の皇子・磐余彦(のちの神武天皇)は、出雲王の長髄彦からもらった弓矢を武器に人喰い熊の黒鬼を倒す。磐余彦は三人の兄と仲間とともに東の国ヤマトを目指して出航するが、上陸した河内で待ち構えていたのは、ヤマトの将軍となった長髄彦だった。激しい戦闘の末に長兄を喪い、熊野灘では嵐に遭遇して二人の兄も喪う。その後数々の苦難を乗り越え、ヤマト進撃を目前にした磐余彦は長髄彦と対面するが――。 『日本書紀』&『古事記』をベースにして日本の建国物語を紡ぎました。 ※この作品はNOVEL DAYSとnoteでバージョン違いを公開しています。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

辻のあやかし斬り夜四郎 呪われ侍事件帖

井田いづ
歴史・時代
旧題:夜珠あやかし手帖 ろくろくび あなたのことを、首を長くしてお待ちしておりましたのに──。 +++ 今も昔も世間には妖怪譚がありふれているように、この辻にもまた不思議な噂が立っていた。曰く、そこには辻斬りの妖がいるのだと──。 団子屋の娘たまはうっかり辻斬り現場を見てしまった晩から、おかしな事件に巻き込まれていく。 町娘たまと妖斬り夜四郎の妖退治譚、ここに開幕! (二作目→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/284186508/398634218)

夢占

水無月麻葉
歴史・時代
時は平安時代の終わり。 伊豆国の小豪族の家に生まれた四歳の夜叉王姫は、高熱に浮かされて、無数の人間の顔が蠢く闇の中、家族みんなが黄金の龍の背中に乗ってどこかへ向かう不思議な夢を見た。 目が覚めて、夢の話をすると、父は吉夢だと喜び、江ノ島神社に行って夢解きをした。 夢解きの内容は、夜叉王の一族が「七代に渡り権力を握り、国を動かす」というものだった。 父は、夜叉王の吉夢にちなんで新しい家紋を「三鱗」とし、家中の者に披露した。 ほどなくして、夜叉王の家族は、夢解きのとおり、鎌倉時代に向けて、歴史の表舞台へと駆け上がる。 夜叉王自身は若くして、政略結婚により武蔵国の大豪族に嫁ぐことになったが、思わぬ幸せをそこで手に入れる。 しかし、運命の奔流は容赦なく彼女をのみこんでゆくのだった。

かくまい重蔵 《第1巻》

麦畑 錬
歴史・時代
時は江戸。 寺社奉行の下っ端同心・勝之進(かつのしん)は、町方同心の死体を発見したのをきっかけに、同心の娘・お鈴(りん)と、その一族から仇の濡れ衣を着せられる。 命の危機となった勝之進が頼ったのは、人をかくまう『かくまい稼業』を生業とする御家人・重蔵(じゅうぞう)である。 ところがこの重蔵という男、腕はめっぽう立つが、外に出ることを異常に恐れる奇妙な一面のある男だった。 事件の謎を追うにつれ、明らかになる重蔵の過去と、ふたりの前に立ちはだかる浪人・頭次(とうじ)との忌まわしき確執が明らかになる。 やがて、ひとつの事件をきっかけに、重蔵を取り巻く人々の秘密が繋がってゆくのだった。 強くも弱い侍が織りなす長編江戸活劇。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

居候同心

紫紺
歴史・時代
臨時廻り同心風見壮真は実家の離れで訳あって居候中。 本日も頭の上がらない、母屋の主、筆頭与力である父親から呼び出された。 実は腕も立ち有能な同心である壮真は、通常の臨時とは違い、重要な案件を上からの密命で動く任務に就いている。 この日もまた、父親からもたらされた案件に、情報屋兼相棒の翔一郎と解決に乗り出した。 ※完結しました。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

処理中です...