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私は何も知りませんよ
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お鈴はが振り返れば、材木屋の半纏を着て男が立っている。
「あ……ええっと」
ギロリと睨む男に委縮してお鈴は声が出ない。
「あ?」
男の凄む声が怖い。
「すまねぇ。俺の客だ」
お鈴が怯えていると、清吉がそう声を掛けてくれる。
材木問屋の連中の様子から、お鈴に助け舟を出してくれようとしているのだろう。
「清吉の? 誰だい?」
番頭が眉をひそめる。
「あ~。ええっと……」
清吉が言いよどむ。それはそうだ。清吉はお鈴のことなんて、全く知る訳がないのだから。
「まあ、浮世絵を見て、くっついてきた娘ってところかな」
「ああ、この間の浮世絵。あれは評判が良かったね。でも、火事への警鐘って割には、ただのマトイ持ちの人気投票みたいになっちまったって」
「そうなんだよ。いい迷惑だよ。お陰でほら、こんな風に四六時中誰かがくっついてきやがる」
清吉は、現場に侵入してきた町娘達を追いかえした話なんかを番頭に聞かせている。
「と組の辰吉なんかは、家にも帰れねぇっていう話だぜ」
「ああ、あれも人気があるからね」
どうやら番頭は納得したようだった。
「お嬢ちゃん。人気者を追いかけるのいいけれども、もっと自分の周りを見た方が良いよ?」
別に浮世絵を見て清吉を追いかけてきたわけではないが、番頭の言い方は何だか腹が立つ。
その言葉、お鈴の大切な佐和とお七のことを貶しているように、お鈴には感じる。
「うるさいわね。放っておいてよ!」
ムカムカしたお鈴が、いつもよりもずっと強気な返答をする。
それを、若い娘の馬鹿な反発とでも解釈したのだろう、番頭は、ふっふっふ。と笑う。
言い返したいけれども、上手く言葉が出てこない。
「なんだ。そんな可愛い理由かよ。俺はてっきり……」
「おい! 口が過ぎるよ」
お鈴の後ろにいた怖そうな職人が、何かを言いかけて番頭に止められる。
清吉の眉がピクリと震える。
「とにかく、今日は諦めて帰るとするが、今度は覚悟しやがれ」
清吉は、番頭の鼻先に一本指を立てて睨む。
「覚悟と言われてもね。私も何も知らないんだよ」
番頭は余裕の笑みを浮かべている。
清吉は、その顔にチッと不機嫌そうな舌打ちをする。
「とにかく、行くぞ!!」
お鈴の腕を清吉が乱暴に掴んで、お鈴に店の外に出るように促す。
「ちょっと! 痛い!!」
こんな乱暴な人、どうして佐和やお七は好きなのだろう?
そりゃ、助けはしてくれたから、悪い人ではないのだろうけれども……。
チラリと清吉の顔を見る。
精悍な顔立ち。大きな体。
同じように大きな播磨屋の平八が熊のようなであるならば、がっしりとした清吉は、寺の屏風で見た虎だ。
「なんだって店の中まで付いて来たんだ!」
人通りの無い路地まで来て、清吉はお鈴を叱りつける。
何か大切な商談でもあったのだろうか?
「ごめんなさい……」
「まぁ……もう仕方ねえや」
仕方ないならば……できれば、怒鳴らないでほしい……。
まあ、追いかけ過ぎたのが、悪いのだろうけれども……。
「名前は?」
「お鈴です。茶屋の佐和の妹です」
お鈴は、正直に名乗る。
これでどうだろう。清吉はどんな反応をするだろう。
チラリと清吉を見れば、目を丸くしている。
「佐和の妹……」
やっぱり、佐和姉のことは知っているんだ。
これは……やっぱり?
「佐和姉のこと、どう思っているんですか?」
そう、これが聞きたかった。
これをはっきりさせたくて、頑張って清吉にくっついてきたのだ。
なのに、清吉から返答がない。
言葉につまっている?
まじまじと見つめるお鈴の視線から、清吉が目を反らす。
「いや……ちょっと待て……」
「待ちません!!」
形勢逆転。お鈴が詰め寄る。
「佐和姉の気持ちを弄ぶつもりなら……」
そう言いかけて、お鈴は言葉が泳ぐ。
あ……お七ちゃん。ごめん。これは、余計なことをしてしまったかも……。
お鈴は後悔する。
清吉の顔が真っ赤になっている。
これって、佐和姉に清吉の話をした時と同じだよね?
「あ……ええっと」
ギロリと睨む男に委縮してお鈴は声が出ない。
「あ?」
男の凄む声が怖い。
「すまねぇ。俺の客だ」
お鈴が怯えていると、清吉がそう声を掛けてくれる。
材木問屋の連中の様子から、お鈴に助け舟を出してくれようとしているのだろう。
「清吉の? 誰だい?」
番頭が眉をひそめる。
「あ~。ええっと……」
清吉が言いよどむ。それはそうだ。清吉はお鈴のことなんて、全く知る訳がないのだから。
「まあ、浮世絵を見て、くっついてきた娘ってところかな」
「ああ、この間の浮世絵。あれは評判が良かったね。でも、火事への警鐘って割には、ただのマトイ持ちの人気投票みたいになっちまったって」
「そうなんだよ。いい迷惑だよ。お陰でほら、こんな風に四六時中誰かがくっついてきやがる」
清吉は、現場に侵入してきた町娘達を追いかえした話なんかを番頭に聞かせている。
「と組の辰吉なんかは、家にも帰れねぇっていう話だぜ」
「ああ、あれも人気があるからね」
どうやら番頭は納得したようだった。
「お嬢ちゃん。人気者を追いかけるのいいけれども、もっと自分の周りを見た方が良いよ?」
別に浮世絵を見て清吉を追いかけてきたわけではないが、番頭の言い方は何だか腹が立つ。
その言葉、お鈴の大切な佐和とお七のことを貶しているように、お鈴には感じる。
「うるさいわね。放っておいてよ!」
ムカムカしたお鈴が、いつもよりもずっと強気な返答をする。
それを、若い娘の馬鹿な反発とでも解釈したのだろう、番頭は、ふっふっふ。と笑う。
言い返したいけれども、上手く言葉が出てこない。
「なんだ。そんな可愛い理由かよ。俺はてっきり……」
「おい! 口が過ぎるよ」
お鈴の後ろにいた怖そうな職人が、何かを言いかけて番頭に止められる。
清吉の眉がピクリと震える。
「とにかく、今日は諦めて帰るとするが、今度は覚悟しやがれ」
清吉は、番頭の鼻先に一本指を立てて睨む。
「覚悟と言われてもね。私も何も知らないんだよ」
番頭は余裕の笑みを浮かべている。
清吉は、その顔にチッと不機嫌そうな舌打ちをする。
「とにかく、行くぞ!!」
お鈴の腕を清吉が乱暴に掴んで、お鈴に店の外に出るように促す。
「ちょっと! 痛い!!」
こんな乱暴な人、どうして佐和やお七は好きなのだろう?
そりゃ、助けはしてくれたから、悪い人ではないのだろうけれども……。
チラリと清吉の顔を見る。
精悍な顔立ち。大きな体。
同じように大きな播磨屋の平八が熊のようなであるならば、がっしりとした清吉は、寺の屏風で見た虎だ。
「なんだって店の中まで付いて来たんだ!」
人通りの無い路地まで来て、清吉はお鈴を叱りつける。
何か大切な商談でもあったのだろうか?
「ごめんなさい……」
「まぁ……もう仕方ねえや」
仕方ないならば……できれば、怒鳴らないでほしい……。
まあ、追いかけ過ぎたのが、悪いのだろうけれども……。
「名前は?」
「お鈴です。茶屋の佐和の妹です」
お鈴は、正直に名乗る。
これでどうだろう。清吉はどんな反応をするだろう。
チラリと清吉を見れば、目を丸くしている。
「佐和の妹……」
やっぱり、佐和姉のことは知っているんだ。
これは……やっぱり?
「佐和姉のこと、どう思っているんですか?」
そう、これが聞きたかった。
これをはっきりさせたくて、頑張って清吉にくっついてきたのだ。
なのに、清吉から返答がない。
言葉につまっている?
まじまじと見つめるお鈴の視線から、清吉が目を反らす。
「いや……ちょっと待て……」
「待ちません!!」
形勢逆転。お鈴が詰め寄る。
「佐和姉の気持ちを弄ぶつもりなら……」
そう言いかけて、お鈴は言葉が泳ぐ。
あ……お七ちゃん。ごめん。これは、余計なことをしてしまったかも……。
お鈴は後悔する。
清吉の顔が真っ赤になっている。
これって、佐和姉に清吉の話をした時と同じだよね?
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