大江戸町火消し。マトイ娘は江戸の花

ねこ沢ふたよ

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清吉に確かめなきゃ

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 こうなりゃ、清吉の気持ちを確かめなきゃ!

 お鈴はそう意気込んで清吉の後を一人追う。
 清吉が佐和のことをどう思っているのか、そこをはっきりさせなきゃ、何も始まりはしない!
 最近、お七が宗悟達と集まって何かしている。
 お鈴も一緒に手伝いたい。だけれども、佐和と清吉のことがあって、どうもお七と顔を合わせるのが気まずい。
 たから、ずっとお七と友達でいたいお鈴にとっては、このままでは困るのだ。

 はっきりさせなければ!

 そう思ってい組の前には来たものの……。
 どうやって清吉を呼び出せば良いのか。何と聞けば良いのか。

 お鈴は、い組の前でオロオロしている。
 い組町火消の詰所の前で行ったり来たり。きっと周りから見れば変にみえるだろう。

「何の用だい? お嬢ちゃん」
い組の鳶にそう聞かれて
「あ、あのっ! マトイ持ちの清吉さんを……」
そう応えるのが精一杯だった。

 たったそれ一言だけで、気の弱いお鈴の心の臓は飛び出そうにバクバクしていた。

「清吉……ああ、浮世絵を見た子かな? 悪いが、そうやって一目会いたいって来る子は全部断れって言われているんだ」
「や、違うんです!」
「違う? じゃあなんだい?」
「その……清吉さんとお話して、気持ちを聞きたくて」
「違わねぇじゃないか!」

 鳶がワハハと豪快に笑う。
 違うのに……。
 別に浮世絵を見て、清吉にお鈴が惚れたとか、そんな話ではないのだ。
 清吉に心を寄せているのは、佐和姉とお七。その間に挟まれて、清吉の気持ちを聞きたくて来たのだ。
 
「浮世絵と言えば、知っているかい? あまりに人気だったから、売れ筋のマトイ持ちだけでもう一度描こうって話が出たの」
「え、本当ですか?」

 それは、お七も佐和も喜ぶのではないだろうか。

「だけれど、と組の辰吉は泣いて嫌がるし、ウチの清吉はアホらしいと一蹴するしで、話は流れちまったそうだ」
「あら、残念」
「そう。だから、今度は歌舞伎役者を描いた物を出すそうだ。楽しみにしてなよ、嬢ちゃん。歌舞伎役者なら舞台に観にいける。愛想のない清吉追いかけるより、よっぽど実りがあるってもんだ」
「だから、違うんですって!」

 駄目だ。
 埒があかない。
 諦めかけていた時、お鈴の隣をすぅっと足早に通り過ぎる者があった。

「あっ!」
「清吉さん!」
「ちょ、ちょっと待て!!」

 鳶が止めるのも一切聞かず、お鈴は、後をつけられているのに気づかない清吉を追った。

 ◇ ◇ ◇

 お鈴は清吉を追う。
 賑やかな通りを清吉は抜けていく。
 
「あ、あれ清吉さんじゃない?」
「本当だわ!」

 清吉を見て、通りにいた町娘達が騒ぎ出す。
 きっと、あの娘達が、さきほどの鳶が言っていた、浮世絵の影響で清吉を気に入った娘たちなのだろう。
 話しかけたそうにしているが、清吉はとても険しい表情をして足早に歩いているから、清吉に気づいた町娘達が近づこうにも近づけない。

 そして、それはお鈴も一緒。
 見失わないように後を懸命に追いかけるだけ。

 どこへ行くのだろう。

 次第に強くなる足の痛みを我慢しながらお鈴は追いかける。
 
 もう体力も限界に近くなったところで、清吉の足がピタリと止まって、店の中へ入っていく。

「材木問屋?」

 お鈴は、清吉が入っていった店を見つめる。
 普段は鳶を生業にしている清吉だ。
 材木問屋に用事があるとしても、不思議はない?

「お七ちゃん達がいれば、教えてもらえるのに」

 お鈴は、そっと店の中を覗く。
 中で、清吉と番頭らしき男が話をしている。
 二人とも、難しそうな表情で話し込んでいる。

 話の内容は聞こえてこない。
 でも、あんなに怖い顔をして話しているのに、近づいて大丈夫なのだろうか。

 お鈴は迷う。

「誰だい? あんた」

 清吉たちにばかり集中していたからお鈴は気づかなかった。
 自分の後ろに、職人の男が立っていたことに。
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