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材木屋
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祐を先頭にして、お七達は件の材木屋へ向かう。
「宗悟、ちゃんと和尚には許可取ったの?」
「もちろんだ。俺は約束はやぶらねぇ」
今回の付け火の件で何か行動する時には、和尚に報告する。
その約束を、宗悟は守っているのだそうだ。
「じゃあ、和尚にも材木屋のことを?」
「材木屋のことも、清吉のことも話している」
「和尚は、材木屋のこと……清吉さんのこと……何か言っていたの?」
「決めつけるには、全く証拠が無い。疑い過ぎてはいけないって」
「まあ……そうだよな。材木屋にしたって、清吉にしたって、俺達には何の証拠もないしな」
そうだ。
決めつけて、その人が無実であったなら、どんなに傷つけてしまうか分からない。
ひょっとしたら無実の人の命を自分達が縮めてしまうことだってあるかもしれない。
火付け……放火は、よほどの理由がなければ死罪となる。
脳裏に浮かぶのは、お縄について奉行所へしょっ引かれる清吉の姿。
背筋が凍る。
「き、気合を入れなきゃね」
お七はゴクリと唾を飲む。
「あ、ほら。あの材木問屋だ」
祐の指す方には、材木を何本も立て並べた店先。
「どう? 祐。やっぱり、大名の普請に使う分の材木が仕入れてあるの?」
「いいや……いたって普通だ。特段、何か変わったところがある訳じゃなさそうに見える」
「じゃあ、やっぱり大名の普請があって偶然に材木を仕入れていたなんて嘘っぱちじゃないか?」
「そ、そんなこと……。うーん」
祐が考え込む。
店の中から帳面を繰りながら出てきた中年の男があった。後ろには職人らしき男がいて、帳面を持った中年男の指示を聞きながら材木を運んでいる。
「あの、帳面を持っているのが番頭の作蔵さん。後ろの職人は……佐平治だっけかな」
祐が、「作蔵さん!」と声をかければ、番頭の作蔵がにこやかに手を振ってくれる。
「おや、祐じゃないか! どうしたんだい? また、材木の数を間違えたとかって棟梁に怒られたとか?」
「ち、違うよ! 今日は大工は休みで、と、友達と通りかかったんだ」
「なあに? そんなに祐ったら、怒られているの?」
「違うったら」
はっはっは! と、明るく笑う作蔵。人の良さそうな感じを受けるし、佑に対する態度から考えても、とても火付けをするようには、お七には見えない。
「番頭さん、祐に大きな普請があるって聞いて」
宗悟が話を切り出す。
「祐に? ああ、そう言えば、火事の材木を運ぶ時に話したね。それが?」
「えっと、その普請がどうなったのかを教えてほしくって来たの!」
「なぜ?」
「なぜ……えっと……」
なぜ? と、作蔵に聞かれて、お七は言葉につまる。
まさか、火付けの疑いがあるから、確かめている……とは、言えない。
「だって、恰好良いだろう?」
祐が番頭に元気よく答える。
「そんな大きな建物を普請するなんて、めったにないことだろう? じゃあ、きっと見たこともないような工事になるんじゃないかと思って! なのに、祐ったら、肝心の普請場所の情報を知らないものだから、だから、材木問屋さんに聞けば分かるんじゃないかと」
まだ少年の宗悟だ。
そういう工事現場を見たがるのは不思議ではないだろう。
建築の現場を見たがる子どもが、見物にくるのはよくあることだ。
よくそんなすぐに言い訳を考えつく、いや……きっと頭の良い宗悟のことだ、聞かれると予想して事前に返答を考えていたのだろう。
お七は感心する。
「ふうん。なるほどねぇ」
無理矢理だが、筋は辛うじて通っている。
作蔵は、顎をさすりながらお七達を見回す。
「だが、残念。その話は、無くなってしまったんだよ」
「え?」
「火事があっただろう? それで、お武家様が町人の生活を回復する方が先だとおっしゃられてね、材木を町の回復に優先させてくれって。有難いことだよ。で、普請の話は、無期限延長。また、時期をみてご依頼下さるそうだ」
「そう……ですか……」
祐の顔には、困惑した表情が浮かんでる。
作蔵の返答に当惑しているのだろう。
「その、大名のお名前は? そんな良い人なら、名前が知りたいです」
祐が追求する。
「そんなの言えないよ。子どもと言えども他人にお客様との取引を話すだなんて、商人として失格だよ」
作蔵の言う通りだ。
こんな子ども三人が来て、客の情報を教えてくれと頼んだって、おいそれと教えてくれるわけがない。
「……と、偉そうに言ってもね。実は、私も知らないんだ。どこのどなたかを」
「え? どういうことなの?」
「この取引は、大旦那様が直接賜ったものでね。詳しい話は聞いていなんだ」
作蔵の態度から、嘘を言っているようには見えない。
「じゃあ、大旦那様に会わせていただけますか?」
「大旦那様に? おいおい。普請は無くなったんだよ? 大旦那様に会ってどうするつもりだい?」
「それは……えっと……」
さすがに佑でも、大旦那様に会う言い訳は考えていなかったようで、言葉に詰まっている。
「材木を! 材木を焼け出された人に提供してくれてありがとうございますって!! そう……伝えようかと思って……」
お七の苦しい言い訳。
作蔵がキョトンとしている。
宗悟と佑の顔に「やっちまった……」と、書いている。
「はっはっは!! じゃあ伝えておくよ」
作蔵は、大笑いして店の中へ帰っていってしまった。
大失敗だった。
その日、お七達は、それ以上の情報を材木屋からは聞き出せなかった。
「宗悟、ちゃんと和尚には許可取ったの?」
「もちろんだ。俺は約束はやぶらねぇ」
今回の付け火の件で何か行動する時には、和尚に報告する。
その約束を、宗悟は守っているのだそうだ。
「じゃあ、和尚にも材木屋のことを?」
「材木屋のことも、清吉のことも話している」
「和尚は、材木屋のこと……清吉さんのこと……何か言っていたの?」
「決めつけるには、全く証拠が無い。疑い過ぎてはいけないって」
「まあ……そうだよな。材木屋にしたって、清吉にしたって、俺達には何の証拠もないしな」
そうだ。
決めつけて、その人が無実であったなら、どんなに傷つけてしまうか分からない。
ひょっとしたら無実の人の命を自分達が縮めてしまうことだってあるかもしれない。
火付け……放火は、よほどの理由がなければ死罪となる。
脳裏に浮かぶのは、お縄について奉行所へしょっ引かれる清吉の姿。
背筋が凍る。
「き、気合を入れなきゃね」
お七はゴクリと唾を飲む。
「あ、ほら。あの材木問屋だ」
祐の指す方には、材木を何本も立て並べた店先。
「どう? 祐。やっぱり、大名の普請に使う分の材木が仕入れてあるの?」
「いいや……いたって普通だ。特段、何か変わったところがある訳じゃなさそうに見える」
「じゃあ、やっぱり大名の普請があって偶然に材木を仕入れていたなんて嘘っぱちじゃないか?」
「そ、そんなこと……。うーん」
祐が考え込む。
店の中から帳面を繰りながら出てきた中年の男があった。後ろには職人らしき男がいて、帳面を持った中年男の指示を聞きながら材木を運んでいる。
「あの、帳面を持っているのが番頭の作蔵さん。後ろの職人は……佐平治だっけかな」
祐が、「作蔵さん!」と声をかければ、番頭の作蔵がにこやかに手を振ってくれる。
「おや、祐じゃないか! どうしたんだい? また、材木の数を間違えたとかって棟梁に怒られたとか?」
「ち、違うよ! 今日は大工は休みで、と、友達と通りかかったんだ」
「なあに? そんなに祐ったら、怒られているの?」
「違うったら」
はっはっは! と、明るく笑う作蔵。人の良さそうな感じを受けるし、佑に対する態度から考えても、とても火付けをするようには、お七には見えない。
「番頭さん、祐に大きな普請があるって聞いて」
宗悟が話を切り出す。
「祐に? ああ、そう言えば、火事の材木を運ぶ時に話したね。それが?」
「えっと、その普請がどうなったのかを教えてほしくって来たの!」
「なぜ?」
「なぜ……えっと……」
なぜ? と、作蔵に聞かれて、お七は言葉につまる。
まさか、火付けの疑いがあるから、確かめている……とは、言えない。
「だって、恰好良いだろう?」
祐が番頭に元気よく答える。
「そんな大きな建物を普請するなんて、めったにないことだろう? じゃあ、きっと見たこともないような工事になるんじゃないかと思って! なのに、祐ったら、肝心の普請場所の情報を知らないものだから、だから、材木問屋さんに聞けば分かるんじゃないかと」
まだ少年の宗悟だ。
そういう工事現場を見たがるのは不思議ではないだろう。
建築の現場を見たがる子どもが、見物にくるのはよくあることだ。
よくそんなすぐに言い訳を考えつく、いや……きっと頭の良い宗悟のことだ、聞かれると予想して事前に返答を考えていたのだろう。
お七は感心する。
「ふうん。なるほどねぇ」
無理矢理だが、筋は辛うじて通っている。
作蔵は、顎をさすりながらお七達を見回す。
「だが、残念。その話は、無くなってしまったんだよ」
「え?」
「火事があっただろう? それで、お武家様が町人の生活を回復する方が先だとおっしゃられてね、材木を町の回復に優先させてくれって。有難いことだよ。で、普請の話は、無期限延長。また、時期をみてご依頼下さるそうだ」
「そう……ですか……」
祐の顔には、困惑した表情が浮かんでる。
作蔵の返答に当惑しているのだろう。
「その、大名のお名前は? そんな良い人なら、名前が知りたいです」
祐が追求する。
「そんなの言えないよ。子どもと言えども他人にお客様との取引を話すだなんて、商人として失格だよ」
作蔵の言う通りだ。
こんな子ども三人が来て、客の情報を教えてくれと頼んだって、おいそれと教えてくれるわけがない。
「……と、偉そうに言ってもね。実は、私も知らないんだ。どこのどなたかを」
「え? どういうことなの?」
「この取引は、大旦那様が直接賜ったものでね。詳しい話は聞いていなんだ」
作蔵の態度から、嘘を言っているようには見えない。
「じゃあ、大旦那様に会わせていただけますか?」
「大旦那様に? おいおい。普請は無くなったんだよ? 大旦那様に会ってどうするつもりだい?」
「それは……えっと……」
さすがに佑でも、大旦那様に会う言い訳は考えていなかったようで、言葉に詰まっている。
「材木を! 材木を焼け出された人に提供してくれてありがとうございますって!! そう……伝えようかと思って……」
お七の苦しい言い訳。
作蔵がキョトンとしている。
宗悟と佑の顔に「やっちまった……」と、書いている。
「はっはっは!! じゃあ伝えておくよ」
作蔵は、大笑いして店の中へ帰っていってしまった。
大失敗だった。
その日、お七達は、それ以上の情報を材木屋からは聞き出せなかった。
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