26 / 53
地図
しおりを挟む
お七は、祐と一緒に宗悟の寺に来ている。
この間の火事で焼け出された人たちは、もう寺で寝泊まりはしてない。
新しく建てられた家に住み始めたのだ。
だから、三人のいる本堂は、今はひと気もなくガランとしている。
「よく皆新しい家に住むお金があるわね」
「あるわけないだろう。着の身着のまま焼け出されているんだ」
「じゃあ、どうしているのよ?」
「金持ち連中の寄付、借金、それにお上から補助金も出ている」
「よく知っているわね。さすが宗悟」
「そりゃ、疑問に思ったら端から調べるから。てか、町火消で鳶のお七はともかく、祐は大工だろう? 自分の仕事の支払いがどこから工面されているかぐらい知っておけよ」
「悪かったな」
歳下の宗悟に指摘されて、祐がむくれる。
「それよりもこれ」
祐がむくれてるのなんかお構いなしに、宗悟が指差したのは、地図。
この地図は、宗悟が描いたもので、この江戸の町の一角が描かれている。
「ここが、大通りで、この辺りが火事で焼けた地域だ」
宗悟の指が、くるりと円を描く。
「そうね……そして、私達は、この道を来てここに竜吐水を置いたわ」
「そうなんだ。火元はここだろう? 家を建てる時に、ウチの親方がそう言っていた」
お七と祐が、地図を指させば、宗悟が印を入れいていく。
「じゃあ、と組の辰吉がこの屋根の上に立って、い組の清吉を見たのは、この辺か」
ふうん、と宗悟が腕を組む。
「何か分かるの?」
「いや、まだそんなには……ええっと、この距離で人物を判別できる辰吉の目の良さと、ここから火が出たのを回避して逃げられた清吉の身のこなしの良さぐらいしかまだ」
「そうよね。私達が消火を始めた時、火はもう大きな竜みたいになっていたもの。その時点で火元に近い所にいた清吉さんを、辰吉が目撃しているんだから。並みの人間では逃げられないわ」
「さすが町火消ってところかな」
祐が感心する。
祐の言う通りだ。
こんなところから逃げるなんて、町火消でマトイ持ちだから出来ることかもしれない。
普段から、高い所から江戸の町を見て、何がどうなっているのかを知っている上に、火事がどう動いて広がるのかを理解している。だからこそ、こんな火元に近い場所から逃げることが出来たのだろう。
そうでなければ、清吉は死んでいた。
「今回小規模な火災だって聞いていたけれども……こうやってみれば、それでも結構焼けているのね」
お七は改めて火事の範囲を地図上で見て驚く。
「ねえ、祐。こんなにたくさんの家、よく短期間で建てることができたのね?」
資金面では手助けがあったとしても、これだけたくさんの家を一度に建てるには、もっと時間がかかるのではないだろうか。
「うん。それがさ、不幸中の幸いで」
「何?」
「本当だったら、材木を手配するだけで何ヶ月も掛かるんだけれども、丁度、さる大名の……て、大名の名前は教えてもらえなかったんだけれどもな、大名の屋敷の普請の準備があったってことで、材木が用意されていたんだ」
「材木が?」
「そう。だから、すぐに施工に取り掛かれたんだ。それでなければ、まだ半分も棟上げできていないかもしれない」
そんな幸運なことがあったんだ。
お七は素直に「すごい!」と喜んだが、どうも宗悟が難しい顔をする。
「宗悟?」
「補助金……、用意されていた材木……付け火」
宗悟がぶつくさと言っている。
「これは、ちょっと調べてみる必要がありそうだな」
「どうしたのよ」
「いや……まだ推測なんだけれどもな。その材木屋っていうのを、調べてみたくて」
「は? 宗悟、まさか材木屋が下手人だと?」
「だって、変じゃないか。そんな偶然。本当に大名の屋敷の普請なんてあったのか? あったのなら、どこの大工がその仕事請け負っているんだよ。そんな材木を何本も使うような大きな仕事なのに、大工の祐に噂が回って来ないなんておかしいじゃないか」
「あ……いや……」
材木屋とは顔見知りの祐が言葉を詰まらせる。
祐の気持ちは、お七には分かる。誰だって、自分の顔見知りが付け火の下手人だとは思いたくないだろう。
「だって、付け火なんて重罪だぜ? 下手人は死罪だ。まさか付け火なんてやるかよ」
「そこは調べてみないと」
「それが、清吉さんが火元付近にいたことと、どうつながるのよ?」
「いや、だから調べてみないことには、まだ何にも分かんねぇだろう?」
宗悟は、クルクルと地図を巻いて懐にしまう。
立ち上がって「行こうぜ!」と、祐とお七に声を掛ける。
「どこへ?」
「決まっているだろう? これから、材木屋の様子を見に行くんだよ。祐がいるから、不自然でなく店にも入れるじゃないか!」
「お、俺?」
突然の指名に祐はあたふたしていた。
この間の火事で焼け出された人たちは、もう寺で寝泊まりはしてない。
新しく建てられた家に住み始めたのだ。
だから、三人のいる本堂は、今はひと気もなくガランとしている。
「よく皆新しい家に住むお金があるわね」
「あるわけないだろう。着の身着のまま焼け出されているんだ」
「じゃあ、どうしているのよ?」
「金持ち連中の寄付、借金、それにお上から補助金も出ている」
「よく知っているわね。さすが宗悟」
「そりゃ、疑問に思ったら端から調べるから。てか、町火消で鳶のお七はともかく、祐は大工だろう? 自分の仕事の支払いがどこから工面されているかぐらい知っておけよ」
「悪かったな」
歳下の宗悟に指摘されて、祐がむくれる。
「それよりもこれ」
祐がむくれてるのなんかお構いなしに、宗悟が指差したのは、地図。
この地図は、宗悟が描いたもので、この江戸の町の一角が描かれている。
「ここが、大通りで、この辺りが火事で焼けた地域だ」
宗悟の指が、くるりと円を描く。
「そうね……そして、私達は、この道を来てここに竜吐水を置いたわ」
「そうなんだ。火元はここだろう? 家を建てる時に、ウチの親方がそう言っていた」
お七と祐が、地図を指させば、宗悟が印を入れいていく。
「じゃあ、と組の辰吉がこの屋根の上に立って、い組の清吉を見たのは、この辺か」
ふうん、と宗悟が腕を組む。
「何か分かるの?」
「いや、まだそんなには……ええっと、この距離で人物を判別できる辰吉の目の良さと、ここから火が出たのを回避して逃げられた清吉の身のこなしの良さぐらいしかまだ」
「そうよね。私達が消火を始めた時、火はもう大きな竜みたいになっていたもの。その時点で火元に近い所にいた清吉さんを、辰吉が目撃しているんだから。並みの人間では逃げられないわ」
「さすが町火消ってところかな」
祐が感心する。
祐の言う通りだ。
こんなところから逃げるなんて、町火消でマトイ持ちだから出来ることかもしれない。
普段から、高い所から江戸の町を見て、何がどうなっているのかを知っている上に、火事がどう動いて広がるのかを理解している。だからこそ、こんな火元に近い場所から逃げることが出来たのだろう。
そうでなければ、清吉は死んでいた。
「今回小規模な火災だって聞いていたけれども……こうやってみれば、それでも結構焼けているのね」
お七は改めて火事の範囲を地図上で見て驚く。
「ねえ、祐。こんなにたくさんの家、よく短期間で建てることができたのね?」
資金面では手助けがあったとしても、これだけたくさんの家を一度に建てるには、もっと時間がかかるのではないだろうか。
「うん。それがさ、不幸中の幸いで」
「何?」
「本当だったら、材木を手配するだけで何ヶ月も掛かるんだけれども、丁度、さる大名の……て、大名の名前は教えてもらえなかったんだけれどもな、大名の屋敷の普請の準備があったってことで、材木が用意されていたんだ」
「材木が?」
「そう。だから、すぐに施工に取り掛かれたんだ。それでなければ、まだ半分も棟上げできていないかもしれない」
そんな幸運なことがあったんだ。
お七は素直に「すごい!」と喜んだが、どうも宗悟が難しい顔をする。
「宗悟?」
「補助金……、用意されていた材木……付け火」
宗悟がぶつくさと言っている。
「これは、ちょっと調べてみる必要がありそうだな」
「どうしたのよ」
「いや……まだ推測なんだけれどもな。その材木屋っていうのを、調べてみたくて」
「は? 宗悟、まさか材木屋が下手人だと?」
「だって、変じゃないか。そんな偶然。本当に大名の屋敷の普請なんてあったのか? あったのなら、どこの大工がその仕事請け負っているんだよ。そんな材木を何本も使うような大きな仕事なのに、大工の祐に噂が回って来ないなんておかしいじゃないか」
「あ……いや……」
材木屋とは顔見知りの祐が言葉を詰まらせる。
祐の気持ちは、お七には分かる。誰だって、自分の顔見知りが付け火の下手人だとは思いたくないだろう。
「だって、付け火なんて重罪だぜ? 下手人は死罪だ。まさか付け火なんてやるかよ」
「そこは調べてみないと」
「それが、清吉さんが火元付近にいたことと、どうつながるのよ?」
「いや、だから調べてみないことには、まだ何にも分かんねぇだろう?」
宗悟は、クルクルと地図を巻いて懐にしまう。
立ち上がって「行こうぜ!」と、祐とお七に声を掛ける。
「どこへ?」
「決まっているだろう? これから、材木屋の様子を見に行くんだよ。祐がいるから、不自然でなく店にも入れるじゃないか!」
「お、俺?」
突然の指名に祐はあたふたしていた。
33
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
狐松明妖夜 ~きつねのたいまつあやかしのよる~
泉南佳那
歴史・時代
時は江戸後期。
全国を席巻した未曾有の飢饉を乗り越え、山間のある村では三年ぶりの大祭と芝居が開かれることになり、村は期待に沸き立っていた。
庄屋の姪っ子、紫乃は十五歳。
幼いときに両親を亡くし、庄屋の伯父に育てられてきた。
村一番の器量よしと評判だったが、村一番の剣の使い手であり、村一番の変わり者でもあった。
つねに男のような恰好をして村を闊歩していた。
そんなある日、紫乃は村外れの大木のもとで、暴漢に襲われている男を助ける。
男の名は市河源之丞。
芝居に出演するために江戸から村にやってくる途中だった。
美しい源之丞に生まれてはじめて恋心を覚える紫乃。
だが、そのころ、紫乃にはある縁談が進められていて……
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
扇屋あやかし活劇
桜こう
歴史・時代
江戸、本所深川。
奉公先を探していた少女すずめは、扇を商う扇屋へたどり着く。
そこで出会う、粗野で横柄な店の主人夢一と、少し不思議なふたりの娘、ましろとはちみつ。
すずめは女中として扇屋で暮らしはじめるが、それは摩訶不思議な扇──霊扇とあやかしを巡る大活劇のはじまりでもあった。
霊扇を描く絵師と、それを操る扇士たちの活躍と人情を描く、笑いと涙の大江戸物語。
田楽屋のぶの店先日記〜殿ちびちゃん参るの巻〜
皐月なおみ
歴史・時代
わけあり夫婦のところに、わけあり子どもがやってきた!?
冨岡八幡宮の門前町で田楽屋を営む「のぶ」と亭主「安居晃之進」は、奇妙な駆け落ちをして一緒になったわけあり夫婦である。
あれから三年、子ができないこと以外は順調だ。
でもある日、晃之進が見知らぬ幼子「朔太郎」を、連れて帰ってきたからさあ、大変!
『これおかみ、わしに気安くさわるでない』
なんだか殿っぽい喋り方のこの子は何者?
もしかして、晃之進の…?
心穏やかではいられないながらも、一生懸命面倒をみるのぶに朔太郎も心を開くようになる。
『うふふ。わし、かかさまの抱っこだいすきじゃ』
そのうちにのぶは彼の尋常じゃない能力に気がついて…?
近所から『殿ちびちゃん』と呼ばれるようになった朔太郎とともに、田楽屋の店先で次々に起こる事件を解決する。
亭主との関係
子どもたちを振り回す理不尽な出来事に対する怒り
友人への複雑な思い
たくさんの出来事を乗り越えた先に、のぶが辿り着いた答えは…?
※田楽屋を営む主人公が、わけありで預かることになった朔太郎と、次々と起こる事件を解決する物語です!
※歴史・時代小説コンテストエントリー作品です。もしよろしければ応援よろしくお願いします。
春雷のあと
紫乃森統子
歴史・時代
番頭の赤沢太兵衛に嫁して八年。初(はつ)には子が出来ず、婚家で冷遇されていた。夫に愛妾を迎えるよう説得するも、太兵衛は一向に頷かず、自ら離縁を申し出るべきか悩んでいた。
その矢先、領内で野盗による被害が頻発し、藩では太兵衛を筆頭として派兵することを決定する。
太兵衛の不在中、実家の八巻家を訪れた初は、昔馴染みで近習頭取を勤める宗方政之丞と再会するが……
べらぼう旅一座 ~道頓堀てんとうむし江戸下り~
荒雲ニンザ
歴史・時代
【長編第9回歴史・時代小説大賞 笑えて泣ける人情噺賞受賞】
道頓堀生まれ、喜劇の旅一座が江戸にやって来た!
まだ『喜劇』というジャンルが日本に生まれていなかった時代、笑う芝居で庶民に元気を与える役者たちと、巻き込まれた不器用な浪人の人情噺。
【あらすじ】
本所の裏長屋に住む馬場寿三郎は万年浪人。
性格的に不器用な寿三郎は仕官先もみつからず、一日食べる分の仕事を探すのにも困る日々。
顔は怖いが気は優しい。
幸い勤勉なので仕事にありつければやってのけるだけの甲斐性はあるが、仏頂面で客商売ができないときた。
ある日、詐欺目当ての浪人に絡まれていた娘てんとうを助けた寿三郎。
道頓堀から下ってきた旅一座の一人であったてんとうは、助けてくれた寿三郎に礼がしたいと、一座の芝居を見る機会を与えてくれる。
まあ色々あってその一座に行くことになるわけだが、これがまた一座の奴らがむちゃくちゃ……べらんめぇな奴ばかりときた。
堺の笑いに容赦なくもみくちゃにされる江戸浪人を、生温かく見守る愛と笑いの人情噺。
江戸心理療法士(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)
牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品) 死の間際、陰陽師の師が「そちの出自のことを知りたくば、江戸の智徳殿にお会いするのだ」という言葉と江戸へ向かえというせりふを遺したために京を旅立つ伊左衛門。
江戸について早々、“狐憑き”の女性に遭遇し老女に襲いかかろうとするのを取り押さえる。彼女は大店の内儀であり成り行きから“治療(じょれい)”をすることになる、彼の除霊は、後世いう心理療法のことだった――
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる