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思わぬ人物
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火事の現場で辰吉が見たという人物。
その名前を聞いて、お七はひどく動揺した。
「うそ……見間違い?」
「いいや。それは絶対ない。俺が同じマトイ持ちのあいつを見間違える? あり得ない」
呆然とするお七に辰吉はもう一度言う。
「俺が見たのは、確かに、い組の清吉だった」
い組の清吉が火事の現場に?
「あ、ひょっとして、清吉さんは、消火活動をしていたとか? それか誰かを救出ししていたとか!」
「ねぇな。お七、それはお七だってよく知っているじゃねぇか。町火消には管轄がある。あそこは、清吉の管轄外の場所だ」
辰吉の言う通りだ。
町火消には、管轄がある。
それを超えて消火活動をすることは、ない。
もし、その管轄を超えて活動すれば、混乱を招くからだ。
よほどの緊急事態でもない限り、管轄を超えて別の組の活動の邪魔をすることは許されない。
そんなことを、い組の清吉が知らないわけがないのだ。
「でも、清吉さんは、マトイ持ちだよ?」
火事の怖さも悲しさも、当然マトイ持ちの清吉が知らないわけがない。
お七には、どうしても信じられない。
「分かっている。だから、その時は、何であんな所に清吉がって不審に思っただけだったが、後で清吉がいた辺りで付け火されたのが火事の原因だったと聞いて驚いたんだ」
嘘だ……いや、辰吉がこんな嘘を言う人間ではないことは、分かっている。
じゃあ、どうして。
「付け火は重罪だ。清吉が無罪なのに濡れ衣を着せられたらと思って今まで誰にも言っていなか……て、おい!!」
ポロポロとお七の目から大粒の涙がこぼれる。
お七の涙を見て、辰吉が焦る。
どうしよう。本当に清吉が付け火の下手人だったとしたら。
そんなはずはない。そう思うのに、涙が止まらない。
「ちょ、ちょっと待て」
辰吉が差し出した手ぬぐい。
お七はグズグズの顔を手ぬぐいに埋める。
「まだ清吉が下手人だって決まったわけじゃねぇじゃねぇか」
「分かっている! 分かっているけれども!!」
泣き止むことが出来ぬお七に、辰吉はどうしようもなくオロオロしている。
「辰吉、いつまで寝ているんだい? さっさと飯を……」
現れたのは、加代だった。
いつまでも起きて来ぬ辰吉を呼びに来たのだ。
敷きっぱなしの布団、寝間着姿のままの辰吉、泣きじゃくるお七。
部屋の中を見回して、加代の顔色が真っ赤になる。
恥ずかしがっているのではない。
怒っているのだ。
「た、辰吉? あんた、これは……まさか、あんた、お七を!!」
加代の声が震えている。
敷きっぱなしの布団、寝間着姿のままの辰吉、泣きじゃくるお七。
辰吉は、自分の置かれている状況に、はたと気づく。
「は? え? いや、違う。女将さん!! 違うんだ!!」
加代の盛大な誤解に辰吉は弁解する。
「加代さん~!!」
お七が加代に泣きつく。
「た、辰吉!! てめえ!!」
鬼の形相の加代の鉄拳が辰吉の頬にぶち当たるのは、辰吉が弁明するよりも速かった。
――その後、座敷で親方と加代の前で辰吉とお七は並んで状況を説明して誤解は解かれ、辰吉の濡れ衣は晴れた。
親方は、本当に笑い死ぬのではないかと、お七が心配するくらいに大爆笑していた。
その名前を聞いて、お七はひどく動揺した。
「うそ……見間違い?」
「いいや。それは絶対ない。俺が同じマトイ持ちのあいつを見間違える? あり得ない」
呆然とするお七に辰吉はもう一度言う。
「俺が見たのは、確かに、い組の清吉だった」
い組の清吉が火事の現場に?
「あ、ひょっとして、清吉さんは、消火活動をしていたとか? それか誰かを救出ししていたとか!」
「ねぇな。お七、それはお七だってよく知っているじゃねぇか。町火消には管轄がある。あそこは、清吉の管轄外の場所だ」
辰吉の言う通りだ。
町火消には、管轄がある。
それを超えて消火活動をすることは、ない。
もし、その管轄を超えて活動すれば、混乱を招くからだ。
よほどの緊急事態でもない限り、管轄を超えて別の組の活動の邪魔をすることは許されない。
そんなことを、い組の清吉が知らないわけがないのだ。
「でも、清吉さんは、マトイ持ちだよ?」
火事の怖さも悲しさも、当然マトイ持ちの清吉が知らないわけがない。
お七には、どうしても信じられない。
「分かっている。だから、その時は、何であんな所に清吉がって不審に思っただけだったが、後で清吉がいた辺りで付け火されたのが火事の原因だったと聞いて驚いたんだ」
嘘だ……いや、辰吉がこんな嘘を言う人間ではないことは、分かっている。
じゃあ、どうして。
「付け火は重罪だ。清吉が無罪なのに濡れ衣を着せられたらと思って今まで誰にも言っていなか……て、おい!!」
ポロポロとお七の目から大粒の涙がこぼれる。
お七の涙を見て、辰吉が焦る。
どうしよう。本当に清吉が付け火の下手人だったとしたら。
そんなはずはない。そう思うのに、涙が止まらない。
「ちょ、ちょっと待て」
辰吉が差し出した手ぬぐい。
お七はグズグズの顔を手ぬぐいに埋める。
「まだ清吉が下手人だって決まったわけじゃねぇじゃねぇか」
「分かっている! 分かっているけれども!!」
泣き止むことが出来ぬお七に、辰吉はどうしようもなくオロオロしている。
「辰吉、いつまで寝ているんだい? さっさと飯を……」
現れたのは、加代だった。
いつまでも起きて来ぬ辰吉を呼びに来たのだ。
敷きっぱなしの布団、寝間着姿のままの辰吉、泣きじゃくるお七。
部屋の中を見回して、加代の顔色が真っ赤になる。
恥ずかしがっているのではない。
怒っているのだ。
「た、辰吉? あんた、これは……まさか、あんた、お七を!!」
加代の声が震えている。
敷きっぱなしの布団、寝間着姿のままの辰吉、泣きじゃくるお七。
辰吉は、自分の置かれている状況に、はたと気づく。
「は? え? いや、違う。女将さん!! 違うんだ!!」
加代の盛大な誤解に辰吉は弁解する。
「加代さん~!!」
お七が加代に泣きつく。
「た、辰吉!! てめえ!!」
鬼の形相の加代の鉄拳が辰吉の頬にぶち当たるのは、辰吉が弁明するよりも速かった。
――その後、座敷で親方と加代の前で辰吉とお七は並んで状況を説明して誤解は解かれ、辰吉の濡れ衣は晴れた。
親方は、本当に笑い死ぬのではないかと、お七が心配するくらいに大爆笑していた。
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