大江戸町火消し。マトイ娘は江戸の花

ねこ沢ふたよ

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浮世絵を買いに

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 本日は、町火消を描いた浮世絵が発売される日。
 お七は、全く持って乗り気でない祐を連れて、本屋に走る。

「ほら、付いて来てくれるって言ったでしょ? だったら急いで!!」
「分かってるよ。全く、せっかく二人で出かけているのに、どうして男の絵姿を買いに行かなきゃならないんだ」

 お七に強引に袖を引っ張られながら、祐がぶつくさ文句を言っている。

「は? 良いじゃない別に。てか来てくれなきゃ、もし一人一枚だけだった場合に困るでしょ?」
「何が困るんだよ。一枚あったら十分だろう?」

 全く二人の会話は噛み合わない。
 お七の浮世絵への情熱は、全く祐には理解できないようだ。

 今日の浮世絵をお七はとても楽しみにしていた。
 浮世絵という物は、まず絵師がモデルを見て絵を描く。
 そこから、掘り師がそれぞれの色に合わせて版木を掘り、たくさんの版木を擦り師が擦って、色を重ねて完成させる。何枚も刷って販売するには刷るが、木は摩耗するし、枚数にはどうしても限りがある。
 早く行って確実に手に入れるために、お七はと組でもらった賃金を大切に貯めて、今日を指折り数えて心待ちにしていたのだ。

 本当はお鈴も一緒に来てほしくて誘ったのだが、どうも最近、お鈴は清吉のからむような話題には、顔を引きつらせて避け気味になる。

 お七とすれば、もっとお鈴に聞いてもらいたい話は沢山あるのだが……。

「わ、もうあんなに並んでいる!」
「女ばっかりじゃねぇか!!」

 男もいないわけではない。だが、町火消のマトイ持ちを題材にした浮世絵の販売である。客は女が多いのは、仕方がない。

「しまったな。やっぱり前日から並ぶべきだったか」
「はあ? 前日?」

 前日に並ぶべきというお七の意見に、祐の声が裏返る。
 良かった。前日に並ぶのに付き合わされなくって。祐は、心からそう思った。

 熱気あふれる店前の列の最後尾に、お七と祐は並ぶ。
 列は長い。お七はそわそわしながら、列の前を気に掛ける。

「どうなんだよ。町火消の生活は」

 並ぶ間の暇な時間。祐はお七に尋ねる。

「町火消? やっと、普通の仕事にも顔を出せるようになってきたって感じかな。これからよ」
「そうか……良かったな」
「祐は?」
「俺? 俺は、まあ。親方にどやされながらも、なんとか」

 久しぶりに祐とゆっくり話す時間が取れた気がする。
 お七とお鈴と祐。幼馴染三人。小さな頃は、ずっと三人で遊んでいたのに。
 それにいつしか宗悟も加わって。
 なのに、近頃はちっとも会えない。

「そう言えば、宗悟は?」

 宗悟を誘ってくるのは、祐に頼んだ。
 だが、来たのは祐一人だった。

「宗悟、なんだか忙しいって」
「あ、あれ? この間の火事で焼け出された人達の炊き出しの仕事がまだあるとか? それは、祐達大工が早く新しいお家を作ってあげないからでしょ?」
「違げぇよ! あの火事の後の仕事は、俺らが頑張ってもうほとんど終わっていらぁ」

 終わっているのか。
 家が建ったのなら、もうあの人達は、寺にいる必要はないだろう。
 それなら、宗悟の仕事も楽になっているはずだ。

「じゃあ、何よ?」
「ん? 何か、調べているんだと。火事の原因を」
「火事の原因?」
「ああ。この間の火事、付け火だったんだ。だから、宗悟が、下手人を突き止めるって息巻いてやがった」

 付け火の下手人を見つける。
 それは、宗悟のような寺の小僧の仕事ではない。
 十手持ちか岡っ引きの仕事ではないだろうか。

「大丈夫なの? それ?」

 火をつけた下手人を探すだなんて、危険ではないだろうか。

「うん。和尚に相談しながらやっているらしいから、危険なことはしないと思うけれど、やっぱ心配だよな」

 ノロノロと動く列に合わせて移動しながら、お七と祐は、宗悟を心配する。

「私もと組の皆に聞いてみる。そんなの宗悟だけに任せていられないよ」
「ああ。俺も大工仲間に聞いてみる」

 そう言っている内に、お七と祐は、とうとう一番前に。
 店には、町火消のマトイ持ちの絵姿がずらりと並んでる。

 どうやら、と組の辰吉の絵姿も人気のようで、順調に減っているようだ。
 辰吉の絵姿の上には、『残り三枚』と書いた紙が載せられている。

「良かった。あまりに不人気だったら、あたしが買わなきゃって思っていたから」

 でも、どうしよう。順調に売り切れそうだが、同じと組として、一枚は買っておくべき?
 悩むお七の肩を祐がつつく。

「おい、良いのかよ!」
「何がよ?」
「ほら、残り一枚だって!」
「へ?」

 祐が指差す方向にあったのは、い組の清吉の浮世絵だ。

「わ、待って!!」

 お七は慌てる。
 ここまで来て、買えないなんて困るのだ。

 慌ててい組の清吉の絵姿に手を伸ばす。
 危なかった。
 もう少し遅かったら、一枚も手に入れられなかった。

「祐がいてくれて良かった!」

 お七は、清吉の絵姿を大切そうに抱きしめて、困った表情の祐に礼を言った。

 
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