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火龍
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どこで火が上がったのか、どんな風に延焼しているのかなんて、まだ分からない。
「ほら、お七!! 水桶を! 竜吐水に水を入れて!! あいつらが帰って来るまでに、使い物になるようにしておかなきゃ!!」
加代が汲んだ井戸水を、お七は竜吐水に入れる。
竜吐水とは、消火の道具であり、一人入る風呂程度の大きさの桶に水を張り、その水を竹筒で遠くに飛ばすしくみになっている。火に向かって水をかける様が、竜が水を吐く様子に似ているということから、『竜吐水』と呼ばれている。
当然のことながら、お七が抱えられる程度の小さな桶で一度入れただけでは、水は全く足りない。
お七は加代と協力して次々と水を汲んでは竜吐水に入れる。
「火事だ!! 逃げろ!!」
叫び声、怒号。悲鳴。
表の通りは騒然としている。
江戸の町は、木造の建物がひしめき合っている。
一度火が付けば、その火は大きな火龍のように渦巻き、全てを飲み込んでいく。
「竜吐水は!!」
聞こえたのは、親方の声。
「準備できているよ!!」
応えたのは、加代。
わらわらと鳶達が、荷車に乗った竜吐水を押して運んでいく。
「あたしも! あたしも行く!!」
鳶達の後ろについて、お七も竜吐水の乗った荷車を押す。
表には、逃げ惑う人がお七達の向かう方向と逆に走り抜けていく。
赤子を背負った母親も、慌てて鍋だけ持ってきた婆さんも、幼子を抱き上げる父親も、威張った武士も、皆、必死の形相で火の上がっている方角とは逆に走る。
「どけ!! と組町火消だ! 道を開けろ!!」
親方の怒声に道が開き、人々の流れに逆らってお七達は、火の暴れる方角へ。
どこまで来ただろう。
火の粉が風に紛れて舞っている。
人の流れがまばらに……それはそうだろう。ここから先は、炎が息巻いている。
ここより前にいるのは、お七達町火消か、七年前のあの日お七とお父のような逃げ遅れた虫の息か、死人。
いつかの記憶が邪魔して、お七は身震いする。
「大丈夫か? お七。怖けりゃ帰って良いんだぞ」
いつの間にか隣にいたう吉が、お七に話しかける。
「じょ、冗談!! 私は町火消なの! こんなちんけな火に負けてらんないの!!」
精一杯の強がりをう吉が「ははっ!」と笑う。
「辰吉!! マトイを振れ」
「応!!」
親方の言葉に、屋根の上から辰吉の声が応える。
屋根の上には、辰吉がと組のマトイを持って立っている。
「と組が!! この火事をここで止める!!」
バンッ! と屋根の瓦が音を立てるほど力強く辰吉が足を踏みしめる。
「右!! 前方の建物!!」
「虎吉! 一班を率いて行け!! あの建物だ!」
「「応!!」」
屋根の上の辰吉の采配を親方が鳶達に伝えて。
鳶達が応えて、前方の燃えかけている建物を崩しにかかる。
手際が良い。
このまま放置していたら、すぐ火龍の餌になるだけだった建物は、あっという間に崩されていく。
こうやって延焼を防いで、火を閉じ込めるのだ。
「竜吐水! 援護! う吉!!」
「応!!」
親方の言葉にお七の隣のう吉が応える。
お七も鳶達と一緒になって竜吐水を押す。
竜吐水が動き出す。竜吐水の中の水が揺れて跳ね上がる。
「水、こぼすなよ! 一滴でも多く火にぶち込んでやれ!!」
「わ、分かっているわよ!!」
う吉の指示にお七が竜吐水を懸命に押しながら応える。
「はは! 一端だ!!」
う吉は、お七の言葉に白い歯を見せて笑う。
竜吐水の上のポンプをう吉が力任せに押せば、竹筒から水が噴き出す。
ジュウゥゥゥゥ
水をかけられた材木は、よほど熱を持っていたのだろう、音と立てて煙を吐く。
屋根の上の辰吉が前方を見据えながら汗を拭っている。
屋根の上は、火事の熱気が上がっているのだろう。 暑そうだ。
だが、辰吉は前をしっかりと向いて、火を睨みつけている。
辰吉の姿に、お七は、七年前に見た、い組の清吉の姿を思い出す。
「マトイ持ち……。やっぱりすごい……」
辰吉の指示で建物は次々と壊されて、あれほど暴れていた火も行き場を失って次第に小さくなっていく。
「小さな火事で良かったぜ」
あらかた火事が収まりかけた頃、ポツリと親方がつぶやく。
これで小さな火事……。
お七は、周囲の惨状を見渡す。
崩れて黒焦げの家々。散乱する瓦。焼け残った家財道具が点々と落ちている。
様々な物が燃えた焼け焦げたむせかる匂いが辺りに充満して、煙が立ち上っている。
昨日まで、人々が生活していた活気ある場所が、こんな風に一瞬で消えてしまうんだ。
お七は、ぞっと背筋が寒くなって身震いした。
「ほら、お七!! 水桶を! 竜吐水に水を入れて!! あいつらが帰って来るまでに、使い物になるようにしておかなきゃ!!」
加代が汲んだ井戸水を、お七は竜吐水に入れる。
竜吐水とは、消火の道具であり、一人入る風呂程度の大きさの桶に水を張り、その水を竹筒で遠くに飛ばすしくみになっている。火に向かって水をかける様が、竜が水を吐く様子に似ているということから、『竜吐水』と呼ばれている。
当然のことながら、お七が抱えられる程度の小さな桶で一度入れただけでは、水は全く足りない。
お七は加代と協力して次々と水を汲んでは竜吐水に入れる。
「火事だ!! 逃げろ!!」
叫び声、怒号。悲鳴。
表の通りは騒然としている。
江戸の町は、木造の建物がひしめき合っている。
一度火が付けば、その火は大きな火龍のように渦巻き、全てを飲み込んでいく。
「竜吐水は!!」
聞こえたのは、親方の声。
「準備できているよ!!」
応えたのは、加代。
わらわらと鳶達が、荷車に乗った竜吐水を押して運んでいく。
「あたしも! あたしも行く!!」
鳶達の後ろについて、お七も竜吐水の乗った荷車を押す。
表には、逃げ惑う人がお七達の向かう方向と逆に走り抜けていく。
赤子を背負った母親も、慌てて鍋だけ持ってきた婆さんも、幼子を抱き上げる父親も、威張った武士も、皆、必死の形相で火の上がっている方角とは逆に走る。
「どけ!! と組町火消だ! 道を開けろ!!」
親方の怒声に道が開き、人々の流れに逆らってお七達は、火の暴れる方角へ。
どこまで来ただろう。
火の粉が風に紛れて舞っている。
人の流れがまばらに……それはそうだろう。ここから先は、炎が息巻いている。
ここより前にいるのは、お七達町火消か、七年前のあの日お七とお父のような逃げ遅れた虫の息か、死人。
いつかの記憶が邪魔して、お七は身震いする。
「大丈夫か? お七。怖けりゃ帰って良いんだぞ」
いつの間にか隣にいたう吉が、お七に話しかける。
「じょ、冗談!! 私は町火消なの! こんなちんけな火に負けてらんないの!!」
精一杯の強がりをう吉が「ははっ!」と笑う。
「辰吉!! マトイを振れ」
「応!!」
親方の言葉に、屋根の上から辰吉の声が応える。
屋根の上には、辰吉がと組のマトイを持って立っている。
「と組が!! この火事をここで止める!!」
バンッ! と屋根の瓦が音を立てるほど力強く辰吉が足を踏みしめる。
「右!! 前方の建物!!」
「虎吉! 一班を率いて行け!! あの建物だ!」
「「応!!」」
屋根の上の辰吉の采配を親方が鳶達に伝えて。
鳶達が応えて、前方の燃えかけている建物を崩しにかかる。
手際が良い。
このまま放置していたら、すぐ火龍の餌になるだけだった建物は、あっという間に崩されていく。
こうやって延焼を防いで、火を閉じ込めるのだ。
「竜吐水! 援護! う吉!!」
「応!!」
親方の言葉にお七の隣のう吉が応える。
お七も鳶達と一緒になって竜吐水を押す。
竜吐水が動き出す。竜吐水の中の水が揺れて跳ね上がる。
「水、こぼすなよ! 一滴でも多く火にぶち込んでやれ!!」
「わ、分かっているわよ!!」
う吉の指示にお七が竜吐水を懸命に押しながら応える。
「はは! 一端だ!!」
う吉は、お七の言葉に白い歯を見せて笑う。
竜吐水の上のポンプをう吉が力任せに押せば、竹筒から水が噴き出す。
ジュウゥゥゥゥ
水をかけられた材木は、よほど熱を持っていたのだろう、音と立てて煙を吐く。
屋根の上の辰吉が前方を見据えながら汗を拭っている。
屋根の上は、火事の熱気が上がっているのだろう。 暑そうだ。
だが、辰吉は前をしっかりと向いて、火を睨みつけている。
辰吉の姿に、お七は、七年前に見た、い組の清吉の姿を思い出す。
「マトイ持ち……。やっぱりすごい……」
辰吉の指示で建物は次々と壊されて、あれほど暴れていた火も行き場を失って次第に小さくなっていく。
「小さな火事で良かったぜ」
あらかた火事が収まりかけた頃、ポツリと親方がつぶやく。
これで小さな火事……。
お七は、周囲の惨状を見渡す。
崩れて黒焦げの家々。散乱する瓦。焼け残った家財道具が点々と落ちている。
様々な物が燃えた焼け焦げたむせかる匂いが辺りに充満して、煙が立ち上っている。
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