大江戸町火消し。マトイ娘は江戸の花

ねこ沢ふたよ

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まず覚えること

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 お七に雑用を申しつけるだけつけて、う吉はさっさと鳶の仕事に出てしまった。

 こんなことしていても、一人前の町火消にも鳶にすりゃなれやしない!

 お七は言いつけられた雑用には不満だらけだったが、放り投げるのは、う吉に負けたようで腹が立つ。

 こうなったらツルッツルの廊下にして、う吉が滑って転ぶくらいにしてやる。

 お七は雑巾片手に屋敷の廊下を走り回る。

 なんだってこうも汚れているんだ。
 磨いても磨いても、廊下を拭く雑巾を絞れば黒い水がでる。
 負けるもんか! 汗水ながして、お七は廊下と格闘する。
 
「おや、頑張っているね」

 お七がいつまでも黒ずむ廊下と格闘していると、聞き慣れた加代の声がする。

「加代さ……じゃなかった。女将!」
「良いよ。加代さんで」

 加代がそう言って笑う。

「ずいぶん綺麗になったじゃないか」
「でも、まだまだ黒くって」

 加代に真っ黒な雑巾を見せれば、ケラケラと笑い声を立てる。

「ウチは大勢の職人が出入りするからね。ほら、夕方にあいつらが帰ってきたらまた元の木阿弥さ。良いんだよ」

 そうは言われても、一度ピカピカにすると心に決めたのだから、お七はもっと綺麗にしてしまいたい。
 いくらドロドロになると言っても、一度綺麗にしてやれば、そこまで汚れるものでもないだろう……そう思うのだ。

「それよりもさ、ほら。あいつらの休憩用に握り飯を用意してやったからさ。持って行くのを手伝っておくれよ」
「はあ……」

 女将である加代にそう言われては、お七としては断れない。
 お七は握り飯の入った包みを持って、加代と一緒に屋敷を出た。

 ◇ ◇ ◇

 昼下がりの大通り。
 忙しく歩き回る人々の間を、加代とお七も大きな包みを持って歩く。
 歩きながら、加代は言う。

「どうだい? 雑用ばっかりで嫌になったかい?」
「えっと……」

 正直に言って良いのか、お七は迷う。

「良いよ。正直に言ってみな」
「はい。やっぱり、町火消の仕事でも鳶の仕事でもないことばかりで、ちょっと挫けそうでした」
「良いね。正直だ」
「このまま雑用ばかりだと、町火消にはなれないんじゃないかと思って」
「なるほど。だが、虎吉も卯吉も辰吉も、他の仲間だって、皆、雑用から始まったんだよ」
「え、そうなんですか?」

 皆、鳶や町火消の仕事を初めから勉強したのかと思っていた。

「みんな、雑用をして、している内に、皆の顔覚えて、全体の仕事の流れを覚えて。そっからだよ。細かい仕事を覚えるのは」
「うぇぇぇ。道のりは長そう……」

 お七の泣き言を、加代は始終楽しそうに聞いていた。

「ほら。そこ! みんないるだろう?」

 歩いた先には、古い家屋がある。
 人の住まなくなった、大きな屋敷。それを解体するのが、今日の仕事だそうだ。

 親方が指示する声がする。
 屋根の上を走り回るう吉の姿が見えた。
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