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大店のドラ息子
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「ちょっと! 離してください!!」
声がして、お七達は顔を見合わせる。
「佐和姉の声?」
佐和が何か揉め事に巻き込まれている?
お七達は、慌てて佐和を探しに稲荷様の鳥居をくぐる。
稲荷様の社へ向かう途中の小道で、佐和が男に腕を掴まれている。
「いいだろう? どうせ将来は俺の所へ嫁に来るのだし」
「だから、それはお断りしたじゃないですか!」
「考え直すのも時間の問題だ。何せ家ほどの大店との縁談なんて親なしのお前に来る訳がないんだ」
男と言い争う佐和。
表情は恐怖で強張っている。
「佐和姉を離せ!!」
お七が叫べば、男がこちらを向く。
「ああ? なんだ?」
知っている顔だ。
たしか、大通りにある播磨屋とかいう大きな味噌屋の息子。名前は平八だったっけ。
「佐和姉が嫌がっているでしょ!! 離しなさいよ!!」
「そ、そうだぞ!!」
お七が怯まず平八に言い返せば、祐がお七の隣に立って腕を捲る。
「お、お姉ちゃん!!」
泣きそうな顔のお鈴は、後ろで震えてお七にしがみついている。
大柄で乱暴者で有名な平八だ。
心底怖いのだろう。
「お鈴ちゃん。大丈夫! あたしが佐和姉を取り戻す!!」
「おおお、俺だっている!」
ケッ!
平八がお七達の言葉を笑い飛ばす。
女のお七と、小柄な祐。
二人いたって余裕で勝てると踏んでいるのだろう。
負けてなるものか。
あんな野郎に負けて、マトイ持ちになりたいなんて口にできるか!!
お七もいざとなったら殴り飛ばす覚悟で腕まくりする。
「ガキ共が」
佐和の腕から手を離して、ゆっくりと平八も腕まくりする。
「ちょ、ちょっと! あんな子どもを殴るつもりなの?」
「ああ? 佐和が俺の言うこと聞かねえからだろう? それとも何か? 今からでも嫁に来ることを承知するか?」
「そ、それは……」
なんて卑劣なんだ。
お七は頭にくる。
「佐和姉! 絶対承知しちゃあ駄目!! こんな奴の嫁なったって何一つ良いことなんてありゃしない」
お七は、怒りのままに思ったことをズバリ口にする。
「てめぇ。先にぶん殴られたいようだな」
怒りで平八の顔が真っ赤になる。
怖い。
お七だって、あんな小山のような大男に睨まれたら怖い。
だけれども、ここで逃げちゃあ、女が廃る。
「おうよ! やれるもんならやってみれば良いんだ!!」
きっぱりはっきりお七が啖呵を切る。
横で祐が「わ、馬鹿野郎!」と慌てているが知ったこっちゃない。
「良く言った!!」
突然のケラケラと笑う女の声に、お七は驚く。
振り返れば、いつからいたのだろうか、歳の頃は二十歳後半くらいの女が仁王立ちしていた。
「騒ぎ声がしたから駆け付けてみれば、ずいぶん生きのいい」
誰だろうか? お七の知らぬ女だが、少なくとも敵ではなさそうだ。
「平八、こんな女の子相手に手をあげようたぁ、情けないね。おとっつあんが泣くぜ」
女が平八を睨む。
どうやら、平八の知り合いらしい。
「加代。うるせえ。こいつらから喧嘩吹っ掛けてきたがったんだ!」
「違う! てめぇが、嫌がっている佐和姉を離さねぇからだろう?」
「そうよ! 佐和姉の腕を見てみなよ! 可哀想にあんなに赤くなって!」
お七の言う通り、佐和の腕には赤い掴まれた跡が残っている。
確かな証拠だ。
「ふうん。どうやら、お嬢ちゃんたちの方が正しいみたいだねぇ」
加代が鼻で笑う。
分が悪いと思ったのだろうか、平八は苦々しい顔をして、「今日は勘弁してやらぁ」と言い残して去っていった。
「佐和姉!!」
まだ震えるお鈴が佐和にしがみつく。
唯一の肉親だからこそ、お七達よりもずっと怖い思いをしていたのかもしれない。
下手をすれば、お鈴は、佐和を失っていた。
「大丈夫よ。皆のお陰で助かっちゃった」
佐和がお鈴の頭を優しく撫でる。
「あ、あの! 加代さん! ありがとうございました」
お七は礼を言って加代に頭を下げる。
本当に助かった。
頭に血がのぼっていたから、後先考えずに強気なことを言っていたけれども、今になって震えが止まらない。
あのまま、平八が殴りかかってきていたらどうなっていたことだろう。
「お七、その度胸は買うが、もっと考えて行動しなよ」
今になって足がすくんでいるお七の肩をポンと叩いて、加代は笑って去っていた。
「なあ、なんでお七の名前知っていたんだ?」
祐が首をかしげる。
「知らないわよ。祐かお鈴ちゃんが私の名前呼んでいたんじゃない?」
納得しない祐が、いつまでも加代が去った道を見つめながら首をかしげていた。
声がして、お七達は顔を見合わせる。
「佐和姉の声?」
佐和が何か揉め事に巻き込まれている?
お七達は、慌てて佐和を探しに稲荷様の鳥居をくぐる。
稲荷様の社へ向かう途中の小道で、佐和が男に腕を掴まれている。
「いいだろう? どうせ将来は俺の所へ嫁に来るのだし」
「だから、それはお断りしたじゃないですか!」
「考え直すのも時間の問題だ。何せ家ほどの大店との縁談なんて親なしのお前に来る訳がないんだ」
男と言い争う佐和。
表情は恐怖で強張っている。
「佐和姉を離せ!!」
お七が叫べば、男がこちらを向く。
「ああ? なんだ?」
知っている顔だ。
たしか、大通りにある播磨屋とかいう大きな味噌屋の息子。名前は平八だったっけ。
「佐和姉が嫌がっているでしょ!! 離しなさいよ!!」
「そ、そうだぞ!!」
お七が怯まず平八に言い返せば、祐がお七の隣に立って腕を捲る。
「お、お姉ちゃん!!」
泣きそうな顔のお鈴は、後ろで震えてお七にしがみついている。
大柄で乱暴者で有名な平八だ。
心底怖いのだろう。
「お鈴ちゃん。大丈夫! あたしが佐和姉を取り戻す!!」
「おおお、俺だっている!」
ケッ!
平八がお七達の言葉を笑い飛ばす。
女のお七と、小柄な祐。
二人いたって余裕で勝てると踏んでいるのだろう。
負けてなるものか。
あんな野郎に負けて、マトイ持ちになりたいなんて口にできるか!!
お七もいざとなったら殴り飛ばす覚悟で腕まくりする。
「ガキ共が」
佐和の腕から手を離して、ゆっくりと平八も腕まくりする。
「ちょ、ちょっと! あんな子どもを殴るつもりなの?」
「ああ? 佐和が俺の言うこと聞かねえからだろう? それとも何か? 今からでも嫁に来ることを承知するか?」
「そ、それは……」
なんて卑劣なんだ。
お七は頭にくる。
「佐和姉! 絶対承知しちゃあ駄目!! こんな奴の嫁なったって何一つ良いことなんてありゃしない」
お七は、怒りのままに思ったことをズバリ口にする。
「てめぇ。先にぶん殴られたいようだな」
怒りで平八の顔が真っ赤になる。
怖い。
お七だって、あんな小山のような大男に睨まれたら怖い。
だけれども、ここで逃げちゃあ、女が廃る。
「おうよ! やれるもんならやってみれば良いんだ!!」
きっぱりはっきりお七が啖呵を切る。
横で祐が「わ、馬鹿野郎!」と慌てているが知ったこっちゃない。
「良く言った!!」
突然のケラケラと笑う女の声に、お七は驚く。
振り返れば、いつからいたのだろうか、歳の頃は二十歳後半くらいの女が仁王立ちしていた。
「騒ぎ声がしたから駆け付けてみれば、ずいぶん生きのいい」
誰だろうか? お七の知らぬ女だが、少なくとも敵ではなさそうだ。
「平八、こんな女の子相手に手をあげようたぁ、情けないね。おとっつあんが泣くぜ」
女が平八を睨む。
どうやら、平八の知り合いらしい。
「加代。うるせえ。こいつらから喧嘩吹っ掛けてきたがったんだ!」
「違う! てめぇが、嫌がっている佐和姉を離さねぇからだろう?」
「そうよ! 佐和姉の腕を見てみなよ! 可哀想にあんなに赤くなって!」
お七の言う通り、佐和の腕には赤い掴まれた跡が残っている。
確かな証拠だ。
「ふうん。どうやら、お嬢ちゃんたちの方が正しいみたいだねぇ」
加代が鼻で笑う。
分が悪いと思ったのだろうか、平八は苦々しい顔をして、「今日は勘弁してやらぁ」と言い残して去っていった。
「佐和姉!!」
まだ震えるお鈴が佐和にしがみつく。
唯一の肉親だからこそ、お七達よりもずっと怖い思いをしていたのかもしれない。
下手をすれば、お鈴は、佐和を失っていた。
「大丈夫よ。皆のお陰で助かっちゃった」
佐和がお鈴の頭を優しく撫でる。
「あ、あの! 加代さん! ありがとうございました」
お七は礼を言って加代に頭を下げる。
本当に助かった。
頭に血がのぼっていたから、後先考えずに強気なことを言っていたけれども、今になって震えが止まらない。
あのまま、平八が殴りかかってきていたらどうなっていたことだろう。
「お七、その度胸は買うが、もっと考えて行動しなよ」
今になって足がすくんでいるお七の肩をポンと叩いて、加代は笑って去っていた。
「なあ、なんでお七の名前知っていたんだ?」
祐が首をかしげる。
「知らないわよ。祐かお鈴ちゃんが私の名前呼んでいたんじゃない?」
納得しない祐が、いつまでも加代が去った道を見つめながら首をかしげていた。
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