大江戸町火消し。マトイ娘は江戸の花

ねこ沢ふたよ

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稲荷様のお社で

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 ――やかましい! てめえら!! 無駄話は外でしろ!(意味=ゆっくり話したいだろう? ちょっと外で休憩してきていいよ)

 素直じゃない茶屋の店主の一喝で、お七達は外に出る。

 眉間に何本もシワを寄せて悪態をつく強面。だが誰よりもお人好しな店主。その好意に甘えて人数分の団子まで持たされて、お七とお鈴と祐は、近くの稲荷様の社へ。

 朱塗りの可愛らしい鳥居の横には、狛犬の代わりに、対になった石の狐が座っている。
 社はそれほど広く神主もいないが、近所の人が掃除しているのか、綺麗に保たれている。
 社の階段に三人は腰を下ろす。

「佐和姉もお茶持って後で来るって」
「佐和姉も? え、良いの?」
「うん。店主さんが『佐和目当ての邪魔な客がいなけりゃ、商売しやすい』(意味=佐和がいるから商売繁盛しているんだから、気にしないで休んで良いんだよ)って、言ってたから」

 お鈴がクスクスと笑う。

「店主さん、本当! 素直じゃないね」
「そうなの。もう慣れたけれども、最初は本当に怒っているのかと思ってビクビクしていたわ」
「素直に思ったことを言えば、もっと親しみやすいのになぁ」

 親のいない佐和とお鈴の姉妹。
 幼いお鈴を抱えて働き口に困っていた佐和を拾ってくれたのが店主だった。
 
 佐和とお鈴の親も、お七の母親と同じ火事で亡くなった。
 そのせいか、お鈴とお七は、ずっと仲良しだった。

「あたしが、マトイ持ちになって火事をやっつける!」

 そう宣言したお七に、お鈴は「頑張って!」と応援してくれた。それは、今も変わらない。
 火事をやっつける前に、その舞台にも立てていないお七を、お鈴は見守ってくれている。

「団子、うまいな!!」

 祐が頬張るのは、串に刺さった団子。味噌が塗られている。
 じっくりと炭火で焼かれた味噌は、こうばしくって食欲をそそる。
 よく練って弾力のある団子が、口の中で弾む。

「どこかの町火消に入れたらなぁ……」
「まだ言っている」

 お七のつぶやきを、祐はまた否定する。

「うっさい」

 祐の頭をお七は、はたく。

「素直じゃないのは、祐も一緒ね。店主さんのこと言えないわ。そんなんじゃあ、いつまでたっても……」
「わ、馬鹿! お鈴!!」
「なによ。二人して何の話?」

 何か隠しているらしき二人の会話に、お七は首をかしげる。

「それよりもさ、ほら! 町火消の話!! 各組へ訪ねてはいるんだろう?」
「そう……そうなのよ。でも、入れてくれなくって」

 甘く見ていた。
 この火事の多い江戸の町には、いろは47組、お七の憧れる清吉がマトイ持ちを務めるい組を始めとする47組もの町火消がある。
 それだけあるのだから、どれか一つくらいはお七のような女でも町火消になりたいという人間を受け入れてくれるところがあるだろうと軽く考えていたのだ。

 だが、いざ町火消に入れてくれと頼みに行ってみれば、一昨日おいでの扱い。どの組でも門前払い。
 さすがに清吉を押しのけてマトイ持ち……なんて考えは、お七には無いから、さすがにい組には行っていないが、それ以外のろ組、は組……め組……どの組でもことごとく断られてしまったのだ。

「屋根に登るのは、得意なんだけれどもな……」
「率先して屋根修理の仕事は手伝っているものね」

 長屋の屋根の修理は、お七が率先して引き受けている。
 長屋の皆は、お七の夢を知っているから、屋根にお七が登っていても、気にも留めない。

「頑張っているんだけれどもね!!」

 ピョンと弾むように立ち上がって、お七は自分の分の団子を、葉っぱの上に載せて稲荷様に供える。

「どぉか!! どぉか稲荷様!! このお団子をお捧げしますから!! あたしを町火消にして下さい!!」

 バンバンと柏手を打って、大きな声でお七が稲荷様に祈る。
 半分冗談のつもり、半分本気。
 もう、神様にでもすがらなれば、どうしようもないのだ。

「そんな荒唐無稽、稲荷様も困るだろう! 団子がもったいねぇや!!」

 祐が笑った。

 

 

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