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図書館から異世界へ第二部 その1
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愁宋は毎日夜になると綾香の元へ訪れるのが日課になっていた。
綾香が愁宋の国藍司に来て半月が過ぎた。
いつものように日が暮れると愁宋は花を抱えて綾香の部屋にばーんっと入ってくる。
「綾香、好きになってくれたか?」
開口一番こんな言葉を言ってくる。
「・・・まだよ」
(懐かれているのだろうか、最初に会った時とまるでほかの人のようだわ)
「そうか」
そういうと沙希に花を渡し花瓶に生けさせた。
綾香が高価なものが苦手なことを知っているので愁宋はきらびやかな衣装や、宝石などではなく庭に咲いている花を自ら摘んで持ってくるようになった。
普通の王様なら使用人に命じて摘ませてくるものだと思うが、それでは意味がないと思って毎日摘んで持ってきてくれる。
綾香はそんな愁宋に好意を抱いていた。
期限はあと半月。
(本当にどうしよう)
「綾香」
唐突に名前を呼ばれ綾香は驚いた。
「は、はい」
「俺は南地区で日照りが続いていると報告を受けたので視察に行かなければならない。ここから馬を使って丸二日はかかる場所だ」
綾香をまっすぐ見つめて愁宋は続けた。
「一緒についてきてくれないか?」
(視察・・・?)
「それってお仕事でしょう?私なんかが一緒に行ったら足手まといになるんじゃないの?馬にも乗れないし」
当然綾香には乗馬の経験はない。
「輿を用意させるから心配しなくてもいい」
うーんと綾香はうなりながら考えた。そんな様子を見ていた愁宋は不思議そうに綾香に尋ねた。
「嫌なのか?」
「・・・この国に来て城から出たことがまだないから少し不安で・・・」
そう正直に答えると愁宋は綾香を抱きしめた。
「大丈夫だ、何があてもお前だけは必ず守るから」
愁宋の腕の中は暖かくて心地よかった。
綾香は少し安心できた。
それでも、愁宋を拒絶しなくてはいけなかった。
「離して、私は・・・まだあなたのこと好きになっていないの」
それを聞いた愁宋は怒るでもなく悲しむでもなくただ、寂しそうに笑うだけだった。
「抱きしめたりして悪かった」
そういうとゆっくり綾香を解放してくれた。
それから二人は椅子に腰かけ南地区がどういう場所か、どのくらいの人数で視察に行くのか、細かい日程、日時の話をした。
「出発は3日後の早朝、服装はなるべくシンプルなものが動きやすくていいと思う。
服は沙希に用意させるから心配しなくていい」
「はい」
(少し不安も残るけど愁宋と一緒なら大丈夫よね)
それから三日後の朝が来た。
予定通り加賀さんと沙希ちゃんとその他軍部の人5人だけの小規模な視察団だった。皆、動きやすそうな恰好をしている。
綾香も沙希が用意してくれた飾り袖のなく色もおとなしめの淡い桃色の衣装だった。
沙希は色違いの緑色の衣装を着ていた。お揃いみたいで綾香は嬉しかった。
王である愁宋は黒色の衣装で地味なものを身に纏っているのになぜか高貴な人なのだとわかってしまう。
男性は皆馬に乗り、私と沙希ちゃんは輿に乗った。
「さぁ、出発だ!」
愁宋が合図をすると、一斉に皆進み始めた。
初めて乗る馬の引っ張る輿は正直乗り心地が良いとは言い難かった。がたがた揺れて乗り物酔いをしそうになりそうだった。
「綾香様?大丈夫ですか?こういう乗り物は初めてですか?」
「うん。実は初めてなの。結構揺れるのね」
口元を手で押さえて今朝の朝食を吐き出さないよう気を付けた。
「少し待っていてください」
沙希は馬を操っていた人に何か話している。
綾香は気分が悪くてその会話を聞く余裕すらなくなていた。
暫くすると輿が止まった。
ほっとしているといきなり愁宋に抱きかかえられた。
「どうした!?気分が悪いのか?」
両手で口元を押さえとりあえず頷く。なぜならしゃべることができないからだ。
(今しゃべったら吐いてしまう!)
そのままおとなしく愁宋に抱きかかえられたまま水辺へと連れてこられた。
愁宋は草の上にじかに座り、その両足の上に綾香を横抱きにしている。
「これは、酔い止めの薬草だ。飲めそうか?」
愁宋が懐から出した緑いろの液体を見て正直無理だと思った。見るからに苦そうで、まるで青汁のような匂いがした。
体調がいいときは難なく飲めるだろうが今は最悪のコンディションだ。
「・・・」
綾香は首を左右に振って飲めないということを伝えた。
すると愁宋は薬の入った小瓶を開け、自分の口に含んだ。
綾香はぼーっとする頭でそれを見ていた。
次の瞬間綾香の唇に愁宋の唇が重なり、苦い味の液体が口腔に入ってきた。
少しずつ綾香がむせないように飲ませてくれているようだった。
最後の液体を嚥下し終るとやっと愁宋の唇から解放された。
「・・・」
「・・・」
気まずい空気が流れる。
愁宋を下から見上げてみると耳まで真っ赤になっていた。
(沙希ちゃんが言っていたっけ。女性とこういう経験がないって)
(いや、私もそうだし!)
「・・・ファーストキスだったのに」
「え?ファース・・・ト?なんだって?」
よく聞き取れなかったようで愁宋は綾香に尋ねてきた。
綾香は両手を伸ばし仕返しとばかりに愁宋の両頬をぎゅううっとつねった。
「何をするんだ?」
「・・・」
愁宋の処置は的確なものなので、ファーストキスを奪われた云々は言ってはいけないことだろう。でも悔しい。初めてはもっとロマンチックにキスしたかった。女の子なら多少シチュエーションを思い描くものではないだろうか。
何もこんなに状態の時じゃなくったっていいじゃないかと思ってしまう。
「何でもない」
そっけなく綾香は答え愁宋の頬を放した。急に恥ずかしくなってきた。でもまだ具合が悪いのでじっとしていたい。
(あれ?そういえばみんなの姿が見えない)
「愁宋みんなはどうしたの?」
「ああ、ここのほかにも小さな泉があるからそっちに行っている。要は人払いをしている。こうでもしないとなかなか二人きりになれないしな」
少し照れたように愁宋は言った。
(良かった・・・みんなに今の見られたら恥ずかしくて死んでしまいそうだもの)
綾香はほっとした。
「具合はよくなってきたか?」
薬を飲んでから少し頭がすっきりしてきたような気がする。
「うん、会話ができるくらいにはよくなってきていると思う」
愁宋は綾香の頭をなでながら言った。
「無理させてしまってわるいな。あと2日はかかるけど何とか頑張ってくれ」
(あー・・・そうだった)
2日、3日かかるってという話を思い出した。
(大丈夫かな、私)
本気でそう思った。
(車酔いや船、飛行機は酔ったことないのにどうしてこの乗り物だけ合わないのだろう。考えても答えはないんだけど、みんなに迷惑をかけて足を引っ張るのはいやだな・・・)
(でも一度行くって決めたんだから!)
綾香は愁宋の顔を見上げながら言った。
「何とか頑張るわ」
「具合が悪くなったらまた口移しで薬を飲ませてやろう。心配するな。いつでも具合が悪くなってもいいぞ」
愁宋は意地の悪い顔を綾香に向けた。
「・・・愁宋だって女性に口づけしたの初めてだったんじゃないの?」
「そうだが?」
「私でよかったの?」
「お前以外の女とこんなことしたいだなんて思わない。俺はお前だけが欲しい。
経験はないが本能で何とかなるだろう」
青い瞳で見つめられなぜか筋がぞわっとした。
(今不穏なこと言われたような・・・)
綾香は重たい体を引きずって愁宋から距離をっとった。
足元には草原が広がり目の前には小さめの泉がある。愁宋の瞳のように青く澄んでいる。不思議な色だった。
「そんなに警戒しなくても今はまだ何もしない」
「今だろうと後だろうとしなくて結構です!」
綾香は真っ赤になりながら叫んだ。
それから綾香は輿に揺られるときは事前に酔い止めを飲むようにした。
夜は野宿で加賀さんたちが簡易の幕屋を作ってくれた。夜風と雨がしのげるだけすごいなぁと感心してしまった。そもそも文化が違うので驚くことばかりだ。
食事は干し肉と乾燥させた薬草を湯に戻して作った塩味のスープ。そして硬いパンのようなものだった。味あまりよくないが贅沢は言っていられない。
せっかく沙希ちゃんや加賀さんが用意してくれたものなのだからおいしく食べなくては罰が当たる。
食事のときは皆ほとんど会話をしなかった。
(それほど疲れているのね。そういえば沙希ちゃん顔色が悪い)
「沙希ちゃん?大丈夫?」
「綾香様、大丈夫ですよ!少し疲れちゃって・・・」
大の大人の男でもきつい旅なのだ。子供で女の子である沙希には相当のものかもしれない。綾香は沙希を気遣って沙希に休むように促した。
後の仕事は洗い物だけなのだから自分にもできるだろうと思い、やり方を聞きいて実践してみた。
やってみると意外と大変で、食器や鍋は重く数も多い。
それを泉のそばまでもっていって洗うのだ。汚れの落ちやすい石鹸や洗剤などない世界。汚れもなかなか落ちてくれない。
悪戦苦闘していると愁宋がやってきた。
「何をやっているんだ?」
「見ての通り洗い物をしているの。でもなかな汚れが落ちてくれなくて」
泉の前に座りこんでごしごしと皿の汚れを取ろうと頑張っている綾香を見下ろしている。
「かしてみろ」
「えっ?」
そういうやいなや愁宋は綾香から皿を取り上げた。
「こうやるんだ」
どうやら洗い方のコツを教えてくれているらしい。
「あ、ありがとう」
綾香は素直にお礼を言った。
「でも、王がこんなことしちゃいけないんじゃ・・・」
「大丈夫だ、人払いはしているし。それに俺は元は庶民だったんだからこれくらいできる。」
そういう問題じゃないような気もするが、沙希が心配で早く幕屋に戻りたい綾香はそのまま手伝ってもらうことにした。
「沙希は心配しなくても大丈夫だ。加賀がついているから。」
「えっそうなの?でも男性と二人っきりって大丈夫かしら。」
愁宋は声を立ててわらった。
「あははは、沙希と加賀はいくつ離れていると思っているんだ?間違いなんて起きないだろう」
「だ、だって・・・。」
綾香は変な心配したことを恥ずかしく思った。
愁宋が綾香の手に手を伸ばした。グイッと引っ張られ草むらに倒れこんだ。
「なにするのよ」
「綾香、お前だって男と二人きりじゃないか。そういう心配はしなくていいのか」
仰向けにされ、自分の上に覆いかぶさってきた愁宋の瞳は欲望をたたえていた。青い瞳は蒼く煌いている。まるで野生の狼のような感じだ。
「愁宋?ふざけていないでどいて・・・」
「ふざけてなどいないさ。こうでもしないと全く意識されている気がしないんだ。前から聞きたかった。どうしてお前は俺を期待させる態度をとるんだ?それがどういうことかわかっているのか?」
「期待させる態度って・・・?」
そんなものとった覚えはない。普通に接してきたにすぎない。
「その気もない男を入れたり、笑顔を向けたり、他にもあいまいな態度をとる。やっと好意を寄せてもらえたのかと思えばお前から出てくる言葉はいつも拒絶するような言葉だ。お前の本心を俺は聞きたい。先に言っておく・・・教えてくれるまでやめるつもりはないからな」
愁宋は綾香の上に覆いかぶさり片手で綾香の両腕を封じた。
「やっ」
「嫌がっても・・・やめない。やめてほしいのなら本心を言え」
綾香の首筋に愁宋の唇が触れる。強弱をつけて吸われる。時に痛みも感じた。
愁宋は空いている手で着物のあわせに手を滑り込ませてきた。そのまま一気に胸元を開き露出した肌にも唇を落としてくる。
今まで水を触っていたせいもあり愁宋の手はかなり冷たい。
「ひゃっ、お願いもうやめて」
月明かりに照らされて夜風が吹き抜ける草原でこんなことするなんて・・・愁宋はいつも優しくてこんなことしてくるそぶりがなかった。だから綾香は安心していたのだ。
綾香の乳房に唇がすーっと移動するのを感じた。これ以上はもう・・・無理。
「言うわ!言うからお願いやめて」
両手を拘束されたまま綾香は叫んだ。
それを聞いた愁宋は意地悪く嗤った。彼はきっとこれ以上の行為はするつもりなかったのだろう。やけにあっさり引き下がった。そして綾香の両手を解放した。
「それじゃあ、答えてもらおうか?」
綾香は衣服の乱れを直しながら考えながらポツリポツリと話し始めた。
「私は、帰りたいと思っている。でも・・・」
(悔しい今酷い事された相手にこんなこと言わなきゃいけないなんて)
「でも、愁宋のこと好きになりかけている。このままいけばもっともっと好きになっしまう。だから好きかと問われたときもそっけない態度をとってきた。そんなあいまいな私が真剣に告白してくれている愁宋の告白を受けるわけにはいかなくてあなたからの告白は全部はぐらかしてきたの」
(ああ、だからなのか愁宋がこんなことをしたのは私の態度が煮え切らないから少し脅かしただけだったんだ。こうでもしないと私が”言えない”ということに気がついていたんだ)
「愁宋、ごめんなさい。気持ちを聞いてくれてありがとう」
「ああ、俺も今の答えで満足できた」
愁宋は少しうれしそうにしている。綾香は腹が立った。
「でも」
ぱぁんっと小気味のいい音が響いた。
「こんなことしないで、本当にこのまま・・・されてしまう思ってしまったじゃないの」
愁宋はひっぱたかれた頬を押さえて真顔で言った。
「俺は無理強いは好みではない。思いが通じ合った相手としかしない」
「じゃあ今もし私が”あなたのこと好きで好きでたまらない”とか言ったらどうしたの?」
「もちろん抱いた」
「・・・最低ー」
恐ろしい。男って怖いと綾香は真剣に思った。
綾香が愁宋の国藍司に来て半月が過ぎた。
いつものように日が暮れると愁宋は花を抱えて綾香の部屋にばーんっと入ってくる。
「綾香、好きになってくれたか?」
開口一番こんな言葉を言ってくる。
「・・・まだよ」
(懐かれているのだろうか、最初に会った時とまるでほかの人のようだわ)
「そうか」
そういうと沙希に花を渡し花瓶に生けさせた。
綾香が高価なものが苦手なことを知っているので愁宋はきらびやかな衣装や、宝石などではなく庭に咲いている花を自ら摘んで持ってくるようになった。
普通の王様なら使用人に命じて摘ませてくるものだと思うが、それでは意味がないと思って毎日摘んで持ってきてくれる。
綾香はそんな愁宋に好意を抱いていた。
期限はあと半月。
(本当にどうしよう)
「綾香」
唐突に名前を呼ばれ綾香は驚いた。
「は、はい」
「俺は南地区で日照りが続いていると報告を受けたので視察に行かなければならない。ここから馬を使って丸二日はかかる場所だ」
綾香をまっすぐ見つめて愁宋は続けた。
「一緒についてきてくれないか?」
(視察・・・?)
「それってお仕事でしょう?私なんかが一緒に行ったら足手まといになるんじゃないの?馬にも乗れないし」
当然綾香には乗馬の経験はない。
「輿を用意させるから心配しなくてもいい」
うーんと綾香はうなりながら考えた。そんな様子を見ていた愁宋は不思議そうに綾香に尋ねた。
「嫌なのか?」
「・・・この国に来て城から出たことがまだないから少し不安で・・・」
そう正直に答えると愁宋は綾香を抱きしめた。
「大丈夫だ、何があてもお前だけは必ず守るから」
愁宋の腕の中は暖かくて心地よかった。
綾香は少し安心できた。
それでも、愁宋を拒絶しなくてはいけなかった。
「離して、私は・・・まだあなたのこと好きになっていないの」
それを聞いた愁宋は怒るでもなく悲しむでもなくただ、寂しそうに笑うだけだった。
「抱きしめたりして悪かった」
そういうとゆっくり綾香を解放してくれた。
それから二人は椅子に腰かけ南地区がどういう場所か、どのくらいの人数で視察に行くのか、細かい日程、日時の話をした。
「出発は3日後の早朝、服装はなるべくシンプルなものが動きやすくていいと思う。
服は沙希に用意させるから心配しなくていい」
「はい」
(少し不安も残るけど愁宋と一緒なら大丈夫よね)
それから三日後の朝が来た。
予定通り加賀さんと沙希ちゃんとその他軍部の人5人だけの小規模な視察団だった。皆、動きやすそうな恰好をしている。
綾香も沙希が用意してくれた飾り袖のなく色もおとなしめの淡い桃色の衣装だった。
沙希は色違いの緑色の衣装を着ていた。お揃いみたいで綾香は嬉しかった。
王である愁宋は黒色の衣装で地味なものを身に纏っているのになぜか高貴な人なのだとわかってしまう。
男性は皆馬に乗り、私と沙希ちゃんは輿に乗った。
「さぁ、出発だ!」
愁宋が合図をすると、一斉に皆進み始めた。
初めて乗る馬の引っ張る輿は正直乗り心地が良いとは言い難かった。がたがた揺れて乗り物酔いをしそうになりそうだった。
「綾香様?大丈夫ですか?こういう乗り物は初めてですか?」
「うん。実は初めてなの。結構揺れるのね」
口元を手で押さえて今朝の朝食を吐き出さないよう気を付けた。
「少し待っていてください」
沙希は馬を操っていた人に何か話している。
綾香は気分が悪くてその会話を聞く余裕すらなくなていた。
暫くすると輿が止まった。
ほっとしているといきなり愁宋に抱きかかえられた。
「どうした!?気分が悪いのか?」
両手で口元を押さえとりあえず頷く。なぜならしゃべることができないからだ。
(今しゃべったら吐いてしまう!)
そのままおとなしく愁宋に抱きかかえられたまま水辺へと連れてこられた。
愁宋は草の上にじかに座り、その両足の上に綾香を横抱きにしている。
「これは、酔い止めの薬草だ。飲めそうか?」
愁宋が懐から出した緑いろの液体を見て正直無理だと思った。見るからに苦そうで、まるで青汁のような匂いがした。
体調がいいときは難なく飲めるだろうが今は最悪のコンディションだ。
「・・・」
綾香は首を左右に振って飲めないということを伝えた。
すると愁宋は薬の入った小瓶を開け、自分の口に含んだ。
綾香はぼーっとする頭でそれを見ていた。
次の瞬間綾香の唇に愁宋の唇が重なり、苦い味の液体が口腔に入ってきた。
少しずつ綾香がむせないように飲ませてくれているようだった。
最後の液体を嚥下し終るとやっと愁宋の唇から解放された。
「・・・」
「・・・」
気まずい空気が流れる。
愁宋を下から見上げてみると耳まで真っ赤になっていた。
(沙希ちゃんが言っていたっけ。女性とこういう経験がないって)
(いや、私もそうだし!)
「・・・ファーストキスだったのに」
「え?ファース・・・ト?なんだって?」
よく聞き取れなかったようで愁宋は綾香に尋ねてきた。
綾香は両手を伸ばし仕返しとばかりに愁宋の両頬をぎゅううっとつねった。
「何をするんだ?」
「・・・」
愁宋の処置は的確なものなので、ファーストキスを奪われた云々は言ってはいけないことだろう。でも悔しい。初めてはもっとロマンチックにキスしたかった。女の子なら多少シチュエーションを思い描くものではないだろうか。
何もこんなに状態の時じゃなくったっていいじゃないかと思ってしまう。
「何でもない」
そっけなく綾香は答え愁宋の頬を放した。急に恥ずかしくなってきた。でもまだ具合が悪いのでじっとしていたい。
(あれ?そういえばみんなの姿が見えない)
「愁宋みんなはどうしたの?」
「ああ、ここのほかにも小さな泉があるからそっちに行っている。要は人払いをしている。こうでもしないとなかなか二人きりになれないしな」
少し照れたように愁宋は言った。
(良かった・・・みんなに今の見られたら恥ずかしくて死んでしまいそうだもの)
綾香はほっとした。
「具合はよくなってきたか?」
薬を飲んでから少し頭がすっきりしてきたような気がする。
「うん、会話ができるくらいにはよくなってきていると思う」
愁宋は綾香の頭をなでながら言った。
「無理させてしまってわるいな。あと2日はかかるけど何とか頑張ってくれ」
(あー・・・そうだった)
2日、3日かかるってという話を思い出した。
(大丈夫かな、私)
本気でそう思った。
(車酔いや船、飛行機は酔ったことないのにどうしてこの乗り物だけ合わないのだろう。考えても答えはないんだけど、みんなに迷惑をかけて足を引っ張るのはいやだな・・・)
(でも一度行くって決めたんだから!)
綾香は愁宋の顔を見上げながら言った。
「何とか頑張るわ」
「具合が悪くなったらまた口移しで薬を飲ませてやろう。心配するな。いつでも具合が悪くなってもいいぞ」
愁宋は意地の悪い顔を綾香に向けた。
「・・・愁宋だって女性に口づけしたの初めてだったんじゃないの?」
「そうだが?」
「私でよかったの?」
「お前以外の女とこんなことしたいだなんて思わない。俺はお前だけが欲しい。
経験はないが本能で何とかなるだろう」
青い瞳で見つめられなぜか筋がぞわっとした。
(今不穏なこと言われたような・・・)
綾香は重たい体を引きずって愁宋から距離をっとった。
足元には草原が広がり目の前には小さめの泉がある。愁宋の瞳のように青く澄んでいる。不思議な色だった。
「そんなに警戒しなくても今はまだ何もしない」
「今だろうと後だろうとしなくて結構です!」
綾香は真っ赤になりながら叫んだ。
それから綾香は輿に揺られるときは事前に酔い止めを飲むようにした。
夜は野宿で加賀さんたちが簡易の幕屋を作ってくれた。夜風と雨がしのげるだけすごいなぁと感心してしまった。そもそも文化が違うので驚くことばかりだ。
食事は干し肉と乾燥させた薬草を湯に戻して作った塩味のスープ。そして硬いパンのようなものだった。味あまりよくないが贅沢は言っていられない。
せっかく沙希ちゃんや加賀さんが用意してくれたものなのだからおいしく食べなくては罰が当たる。
食事のときは皆ほとんど会話をしなかった。
(それほど疲れているのね。そういえば沙希ちゃん顔色が悪い)
「沙希ちゃん?大丈夫?」
「綾香様、大丈夫ですよ!少し疲れちゃって・・・」
大の大人の男でもきつい旅なのだ。子供で女の子である沙希には相当のものかもしれない。綾香は沙希を気遣って沙希に休むように促した。
後の仕事は洗い物だけなのだから自分にもできるだろうと思い、やり方を聞きいて実践してみた。
やってみると意外と大変で、食器や鍋は重く数も多い。
それを泉のそばまでもっていって洗うのだ。汚れの落ちやすい石鹸や洗剤などない世界。汚れもなかなか落ちてくれない。
悪戦苦闘していると愁宋がやってきた。
「何をやっているんだ?」
「見ての通り洗い物をしているの。でもなかな汚れが落ちてくれなくて」
泉の前に座りこんでごしごしと皿の汚れを取ろうと頑張っている綾香を見下ろしている。
「かしてみろ」
「えっ?」
そういうやいなや愁宋は綾香から皿を取り上げた。
「こうやるんだ」
どうやら洗い方のコツを教えてくれているらしい。
「あ、ありがとう」
綾香は素直にお礼を言った。
「でも、王がこんなことしちゃいけないんじゃ・・・」
「大丈夫だ、人払いはしているし。それに俺は元は庶民だったんだからこれくらいできる。」
そういう問題じゃないような気もするが、沙希が心配で早く幕屋に戻りたい綾香はそのまま手伝ってもらうことにした。
「沙希は心配しなくても大丈夫だ。加賀がついているから。」
「えっそうなの?でも男性と二人っきりって大丈夫かしら。」
愁宋は声を立ててわらった。
「あははは、沙希と加賀はいくつ離れていると思っているんだ?間違いなんて起きないだろう」
「だ、だって・・・。」
綾香は変な心配したことを恥ずかしく思った。
愁宋が綾香の手に手を伸ばした。グイッと引っ張られ草むらに倒れこんだ。
「なにするのよ」
「綾香、お前だって男と二人きりじゃないか。そういう心配はしなくていいのか」
仰向けにされ、自分の上に覆いかぶさってきた愁宋の瞳は欲望をたたえていた。青い瞳は蒼く煌いている。まるで野生の狼のような感じだ。
「愁宋?ふざけていないでどいて・・・」
「ふざけてなどいないさ。こうでもしないと全く意識されている気がしないんだ。前から聞きたかった。どうしてお前は俺を期待させる態度をとるんだ?それがどういうことかわかっているのか?」
「期待させる態度って・・・?」
そんなものとった覚えはない。普通に接してきたにすぎない。
「その気もない男を入れたり、笑顔を向けたり、他にもあいまいな態度をとる。やっと好意を寄せてもらえたのかと思えばお前から出てくる言葉はいつも拒絶するような言葉だ。お前の本心を俺は聞きたい。先に言っておく・・・教えてくれるまでやめるつもりはないからな」
愁宋は綾香の上に覆いかぶさり片手で綾香の両腕を封じた。
「やっ」
「嫌がっても・・・やめない。やめてほしいのなら本心を言え」
綾香の首筋に愁宋の唇が触れる。強弱をつけて吸われる。時に痛みも感じた。
愁宋は空いている手で着物のあわせに手を滑り込ませてきた。そのまま一気に胸元を開き露出した肌にも唇を落としてくる。
今まで水を触っていたせいもあり愁宋の手はかなり冷たい。
「ひゃっ、お願いもうやめて」
月明かりに照らされて夜風が吹き抜ける草原でこんなことするなんて・・・愁宋はいつも優しくてこんなことしてくるそぶりがなかった。だから綾香は安心していたのだ。
綾香の乳房に唇がすーっと移動するのを感じた。これ以上はもう・・・無理。
「言うわ!言うからお願いやめて」
両手を拘束されたまま綾香は叫んだ。
それを聞いた愁宋は意地悪く嗤った。彼はきっとこれ以上の行為はするつもりなかったのだろう。やけにあっさり引き下がった。そして綾香の両手を解放した。
「それじゃあ、答えてもらおうか?」
綾香は衣服の乱れを直しながら考えながらポツリポツリと話し始めた。
「私は、帰りたいと思っている。でも・・・」
(悔しい今酷い事された相手にこんなこと言わなきゃいけないなんて)
「でも、愁宋のこと好きになりかけている。このままいけばもっともっと好きになっしまう。だから好きかと問われたときもそっけない態度をとってきた。そんなあいまいな私が真剣に告白してくれている愁宋の告白を受けるわけにはいかなくてあなたからの告白は全部はぐらかしてきたの」
(ああ、だからなのか愁宋がこんなことをしたのは私の態度が煮え切らないから少し脅かしただけだったんだ。こうでもしないと私が”言えない”ということに気がついていたんだ)
「愁宋、ごめんなさい。気持ちを聞いてくれてありがとう」
「ああ、俺も今の答えで満足できた」
愁宋は少しうれしそうにしている。綾香は腹が立った。
「でも」
ぱぁんっと小気味のいい音が響いた。
「こんなことしないで、本当にこのまま・・・されてしまう思ってしまったじゃないの」
愁宋はひっぱたかれた頬を押さえて真顔で言った。
「俺は無理強いは好みではない。思いが通じ合った相手としかしない」
「じゃあ今もし私が”あなたのこと好きで好きでたまらない”とか言ったらどうしたの?」
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