図書館から異世界へ3

えりー

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図書館から異世界へ第3部 その1

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綾香あやかは大泉がある場所までやってきて竹筒に水をいれた。
水はとても澄んでいて日の光に反射してきらきら輝いていた。
(これも全部愁宋しゅうそうの力なのね)
綾香は愁宋の力を目の当たりにして以来彼が心配で仕方がなかった。
普通国のためだからといって命を削りながらここまでするものだろうか。
もし私が愁宋の立場なら逃げ出しているかもしれない。
(愁宋はどう思っているのだろう)
そう考えていると後ろから愁宋がこちらに向かってくるのが見えた。
綾香は慌てて、愁宋に駆け寄った。
「戻りが遅いから迎えに来た」
「愁宋、幕屋に居なきゃダメじゃない!加賀さんたち心配してしまうから早く戻ろう」
そう促しても愁宋は一歩も動かず大泉に目を向けていた。
南地区全体が膝のあたりまで水が浸水してしまっている。初日より水が引いたとはいえ、まだ生活できるレベルまで回復していない。
「愁宋、水に浸かっているとまた体が冷えてしまうから」
そう言う綾香を横抱きにすると愁宋はそのまま宙に浮いた。
「体を冷やしているのはお前のほうじゃないか」
(力を使うと命を削る・・・)
綾香はハッとして愁宋の腕の中でジタバタした。
「何だ?いきなり暴れたら危ないだろう?」
「だって、この力も使うと命が削れてしまうんじゃないの!?」
愁宋は笑っている。
「この力は大丈夫だ。心配するな」
どうやら寿命を削る術は雨を降らせることだけのようだ。
「愁宋」
「ん?」
「王様をやめて逃げたくなったことないの?」
愁宋は目を見開いた。どうやら綾香の言葉に動揺したようだ。
それでも気を取り直して答えてくれた。
「あるさ。今だって本当は逃げ出したいと思っている」
「それならどうしてこんなことを続けるの?」
愁宋は自分の目を指さした。
「この瞳の色が蒼い限りどこへも逃げられない。逃げても追ってきて捕らえられてしまうだけだ」
「きれいな色なのに。残酷な瞳ね。愁宋から自由を奪うなんて」
「そうだな。でも、悪い事ばかりじゃないぞ」
愁宋が艶を含んだ笑みで答えた。
「この瞳を持っていて力があったから綾香に会うことができたんだ」
どきん胸が鳴る。駄目だとわかっていながら私はこの人に堕ちていく。
ふと愁宋の顔を触ってみた。
「あたたかい・・・よかった。わたし、あのまま死んじゃうんじゃないのかと思った」
「そう簡単には死なないさ」
愁宋は綾香の唇に自分の唇を重ねた。
「お前を置いて死にはしない」
唇が軽く離れてはまた押し付けられる。
「だから、元の世界より俺を選んでくれないか?」
「っ」
拒む間もなくまた唇が重ねられた。
今までも何度か愁宋から口づけをされたことはあったけど綾香は目を閉じなかった。
彼に流されたくなかったし。意地でも元の世界に帰るんだと意地を張っていた。
それなのにー・・・今の自分は目を閉じ彼を受け入れてしまっている。
唇を柔らかくすりあわされ、啄まれ、そっと食まれる。
されるがまま受け止めていると、やがて薄く開いた唇の隙間から舌がぬるりと忍び込んできた。
口づけが瞬く間に濃密さを増していく。
唇の角度が変わる。口内をなでる舌が私のそれを捉えた。
肉厚な熱がねっとりと絡み合う。与えられる感触にめまいがした。
その瞬間愁宋と目が合い、腰にぞくりとした何かが走った。
「も、や・めて」
息も絶え絶えに訴えてみると愁宋はあっけなくやめてくれた。
「せかして悪い。もう何もしないでそばにいること何でできない。それほど俺はお前に惹かれている。・・・今ならまだ手放してやることができる」
「それって・・・」
「お前の全部が欲しくてたまらない」
「!」
「明日、ここを発つ前にお前の答えを聞かせてくれないか?」
(あんなキスしておいて今なら手放せるなんて、よく言えるわね・・・)
頭の中で少し呆れてしまった。
「明日の朝、またここで会おう。お前はそれまで俺に近づくな。本当に奪ってしまいそうになるから」
「わかった。明日の朝までに答えを出すわ」
「今日は沙希と一緒に休んでおけ。馬と輿は体にこたえるだろう」
「はい」
そう返事をすると愁宋は高台の幕屋まで綾香を連れて飛んだ。
そっと降ろすと名残惜しそうに髪をひと房手に取り口づけた。
その様子が切なくて、寂しくて、悲しくて自分の感情がごちゃ混ぜになった。
ー明日の朝ー
私は、答えを出す。
急ではあるがこれはもう決定事項なのだからよく考えなくてはならない。



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