DRAGOON LEGEND

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〜〜リュウの少年とヒトの少女〜〜

狩人vs戦士 part1

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 フリングの西側区画の一つ、貯蔵倉庫。
 主に荷物や資材を保管する為の場所で、青と白に彩られた円形模様が刻まれたコンテナボックスが規則正しく積み込まれている。
 そんな場所にも、やはりマクロファートはいた。
 対処していたのは双子の精鋭ことスキューとふキュランだ。

「キュラン!」

「はい…よっと!!」

 連携は完璧だ。先攻は弟のスキューから。
 背中の触腕を自在に操り、その全ての先端に取り付けられた三日月状の刃型アーティス『ケルキ』。
 斬撃を飛せる為、遠距離からでも使えるケルキはその切れ味を遺憾なく発揮し、マクロファートを真っ二つ。時には細切れにしてしまう。
 だが、これでは死なない。
 マクロファートは一見すると生々しい有機物質のみで構成された肉体に見えるが、それは間違いだ。
 元が元だけに有機物質もあるにはあるが、構成する物質の大半はあくまで金属物質。
 夥しい無数の人工金属細胞が互いに結び付き合い、結束することでマクロファートは確立している。
 物理的な攻撃…斬撃や打撃では、マクロファートを殺すことはできない。
 金属細胞の集まりであり、厳密に言えばそれは細菌に近い為、自ら行動ができる。
 切っても繋がろうと集合・再生し、打ってもその衝撃を柔らかい性質が吸収してしまう。
 だからゼウのように火力のある攻撃で焼いてしまうか、消滅させるか。
 金属細胞を一つでも残してしまうとそこから分裂で増えていき、元に戻ってしまう。
 勿論それを知らない彼等ではない。

水牢の陣ポルキュース!」

 自信を呼ぶスキューの声に答えつつ両手を地面につけ、兄のキュランは自身の体内のユグジスを活性化させる。
 キュランが保有するユグジスの種類は兄弟共に翡翠色の特殊なユグジス粒子のテレスト以外にもう一つ。
 液体を生み出す『ミズガルド』がある。
 このミズガルドを利用した粒果式ラーニメントを持っている。
 とは言え、水を出すだけでは殲滅できない。
 キュランが生み出すのは水の牢獄だ。
 高さ10m、横幅が12mのそれはドーム状にしっかりとマクロファートを閉じ込めてしまった。
 当然これで終わりではない。
 
「潰れろぉぉ!」

 ポルキュースは、キュランが持つ粒果式ラーニメントだ。
 変幻自在に大きさ、広さを変えることができ
、最大で100kmに及ぶものを作ることができる。
 耐久性も優れており、外側でも内側でもあらゆる攻撃をシャボン玉のような柔軟的弾力で返し、威力に応じて受け流しも可能。
 しかし、真の意味で恐ろしいのは"圧縮"だ。
 水深10000mの深海域である100MPaaの水圧。
 その数倍の圧力を加えることができ、中に囚われた者にとっては一溜りもない。
 それはマクロファートも例外じゃない。
 キュランの声に応えるように水の牢獄がブルブルと震え、段々微細な振動へと変わっていき
、その大きさを縮ませていった。
 縮小した分、相応の圧力が掛かり、マクロファートは1匹1匹と水圧に耐え切れず弾けて、
水に溶けるかのように消えていった。
 とうとう最後の1匹になったところで……。
 
 限界が来た。
 
 パァァンッ!!

 甲高い炸裂音。ポルキュースがただの水へと戻り、貯蔵倉庫の床の大部分が池を形成する位に水浸しになる。
 後片付けが大変だ…などと側から見ればそう思うレベルの散らかし様だ。
 しかし、後片付けなど問題ないと。
 そう言わんばかりに水は一滴も残さず蒸発。
 綺麗さっぱり消え去ってしまった。

「ここは終わりだな」

「ふぅぅ~」

 キュランの言葉にスキューは疲労を含んだ溜息を一つ零す。
 
「にっしてもさ~、どういうことコレ?」

「俺だって聞きたいし」

 弟の疑問の声を兄はバッサリと切り捨てる。
 生物の学問に精通している訳でもなければ、
アレスの生物兵器に詳しくない。
 そんなハーフメルにこの状況の是非を聞いた所で意味などない。
 学者にでも聞け、というのがキュランの内心での感想だ。

「そんじゃ、次行くぞ。…管制室へ通達。西側区画の貯蔵倉庫クリア。残存生物兵器の気配なし…??」

 キュランは通信チャンネルを開き、フリングの管制室へ繋げて連絡を図ろうとした。
 そして。すぐにその異常に気付いた。

「管制室?応答を。管制室!」

 雑音が続くばかりで返答が全く無い。
 繰り返し繋げてはみたものの、結局繋がる事はできなかった。

「さっきまで出来てたのに、なんで……」

「もしかして、妨害系の粒果式ラーニメント?」

 この世界の通信は原理的に粒果式ラーニメントだ。
 そして当然ながらソレを妨害する粒果式ラーニメントもある。
 ついさっきまで良好だったのにも関わらず、突然不能になる。それは何かしら事故が起きた可能性も否定できないが、この現在進行形で襲われている状況を鑑みれば、偶然起きてしまった事故の可能性は低い。 
 十中八九、人為的なものだろう。
 一体いつ仕掛けられたのか、そこまでは不明だが。

「ああ、そうとも。間違いなく我々の仕業だな」

 一つ断っておくと、この貯蔵倉庫内に兄弟以外に誰もいない。
 隊員達はフリング内に現れた大量のマクロファートの駆除に専念し、それぞれ事に当たっている。
 精鋭であるファブラのメンバーたちも、それは同じだ。
 最初ここに来た時には兄弟二人だけ。
 途中から……あるいはたった今、誰かが入って来た気配は微塵もなかった。     
 いくらマクロファートの駆除活動に意識が向いていても、それに気付けない筈がない。
 でなければ精鋭になどならず、とっくに戦場で無様な最期を迎えている。
 第一ファブラのメンバーか隊員ならば声をかけ、場合によっては手を貸してくれる筈。
 このような意味もなく悪戯に気配を消して、不意を突くのような近付き形は決してしない。
 だからこそ……明らかにおかしかった。
 いや、もっとおかしいのはスキューとキュランに話しかけた存在だ。

「ほほう。数時間前にやり合った相手に再び巡り会うとは。しかも双子と。あぁぁぁ~イイ!
とてもイイぞぉぉ!」

 舐め回すような、ねっとりと湿度を孕んだ言い回しは背筋に氷水をかけられたような悪寒を生み出し、兄弟の中に尋常じゃない不快感と嫌悪感を滲ませた。
 スキューは一度邂逅し、キュランは情報としてその存在を知っている。

「片割れを目の前で殺される悲鳴、慟哭。それが聞けるなぁぁ」

 血でも零したのかと言いたくなる程紅い、柄のない刀身剥き出しの刃『チザメ』を握り締めながら。
 歪に両端が吊り上がった笑みを張り付かせて、兄弟めがけその紅刃を振り下ろした。











 ゼウ、ジークアは南区画の軽い訓練を行える簡易な大広場でルガ、ハーディスと合流。
 たった今し方マクロファートの駆除を完了させていた所だった。
 それだけなら、問題はなかった。
 互いの情報交換などして、それで他へ行けばよかったのだが、予想外な事態が起きてしまった。
 頑丈な金属で構成された天井の一部を、朽ちた木材とばかりに容易く粉々に砕きながらオオウルが乱入。
 完全に予期せぬ事だった。
 当然疑問などいくらでも湧いて来るが、相手が相手だ。
 そしてそのまま、否応なしに戦闘を強いられる羽目になってしまった訳だ。

「オ、ラァァァァァーーーーッッッ!!」

 一拍子置くような雄叫びを上げ、腕を剣状にしたオオウルはゼウに向けてソレを振り下ろす。
 その手に自身のアーティス『ゲラル・ウノス』を出現させると間髪入れず、ゼウは盾代わりとばかりに受け止める。

「へぇぇ。やるじゃん隊長さん」

 オオウルがニヤリと笑いながら、素直な賞賛を送る。
 が、とうの向けられた本人はというと、眉間に皺を寄せて、いかにもな不快感全開の顔を剥き出した。

「褒められても嬉しくねーよクソが」

 そう吐き捨て、一気に押し返す。
 その際、あからさまに隙だらけな仰々しいだけの宙返りという、はっきり言って意味のない…あるとすれば挑発としか思えない行為を見せつけて来た。
 とは言え、それに乗るほどファブラの精鋭達は全員三流以下の戦士ではない。
 オオウルが着地した瞬間、それは起きた。

「ん?」

 僅か一瞬に感じた、奇妙な違和感。
 あまりに小さく、曖昧と言っていい感覚だったのですぐにオオウルは気のせいだと断じ、次の手を打とうとした。
 結果的にそれは失策だったが。

 フォォン。

 大きい音、という訳ではなく。至って普通に聞こえる程度の小ささで、それでいて自然に出るようなものとも思えない。
 まるで何かの機械が作動した時。
 その時に出る無機質な音、と言うのが近いか。
 瞬間。暗闇としか形容できない真っ黒の靄のようなものがオオウルの全身を覆う。
 ほんの少しの剣腕の先さえも動かせず、完全に身動きを封じられてしまった。

「今だ!」

 ハーディスが叫ぶ。
 問う必要はない。考える必要もない。
 仲間の声を引き鉄にジークアが背後まで素早く回り込み、背中からレヴァトを。
 そして斜め右側からルガのクローファングが叩き込まれた。
 狙い所は勿論ある。コアだ。

「がはぁッ!」

 苦痛を伴った吐息が口から溢れ、オオウルは獣の頭蓋骨の眼窩から赤い光が消え去り、項垂れる。

「やったか」

 微動だにせず、ひたすら沈黙するだけ。
 一切の動きが無いことを確認したジークアとルガはそれぞれ自身のアーティスを引き抜き、少し距離を取る。
 ハーディスも自身が生成した黒い靄を消し、確信を込めた言葉を零す。
 アーティスで的確にコアを貫けば、それはもう十分致命的なダメージだ。
 死ぬのは当然……だが。
 
「いい。イイねぇ……今のは中々に効いたよ」

 声がした。出所は間違えようもなく、非常にあってはならないが…なんと事切れた筈のオオウルからだった。
 彼は顔を持ち上げ、その眼窩の奥には再び赤い光を宿していた。
 それは紛れもなく生きている証拠だ。

「まさか…コアが無ねぇのに動いてんのかよ?!」

 目を見開き、僅かだが唇を振動させながら、ゼウはそう問わずにはいられなかった。

「だったら?んなことより、遊ぼうぜ!」

 コアが無いという、その異常極まりない事項をそんな言葉で容易く切り捨てる。
 さもどうでもいい、といった様子だ。
 けれど本人は良くてもそれで他が納得する道理はない。

「ふざけるな!」

 堪らずハーディスが叫ぶ。

「コアが無いなんて、あってたまるか!!」

 堪らずハーディスが叫ぶ。例えばの話になるが、人間は心臓が亡くなった場合、その生命活動は停止となる。
 心臓は血液を送るポンプだ。血液が酸素や栄養を運び、それを全身の細胞へ届けなければならない。
 よって、その為の流れを作る心臓は必要不可欠だ。
 しかし心臓がなく、その代わりの人工臓器すら無い人間が現れたとしたら……まず、有り得ないだろう。
 これはまさしく、そういう事である。

「あぁ?めっんどくせーなぁー……」

 心底面倒だ。
 楽しみにしていたゲームを前に勉強を強いられる子供のような、そんな不貞腐れた様子でオオウルは文句を駄弁り始める。

「お前らは俺の敵で、殺さなきゃいけないだろ?そんな難しいことか?俺がお前らを殺す。お前らが俺を殺す。んで、俺はその殺し合いを楽しみたい」

 "ただそんだけさ。シンプルだろ?"

 本人は普通な事を言っているつもりなのだろう。
 紛れもなくそれが彼の抱く主観であり、そこに嘘偽りはない。
 もっとも、聞いている側からすれば、普通を軽く超えた狂気になるが。

「無駄話はやめろ。全員でコイツを抑えるぞ」

 尋常じゃない狂気。会話など何の意味があるのか。それをよく理解しているからこそ隊長として部下の口を制止させる。
 今必要なのは平行線にしかならない言葉の応酬ではなく、命を賭けた武力行使による戦闘だ。
 しっかりと命を持って生き長らえるか。
 残酷に命を奪われて死に絶えるか。
 二つに一つの選択を迫られるほど、オオウルというアレスの幹部は実力者だ。
 その性質も極めて危険。
 故に迅速に無力化する必要があった。
 どういうカラクリか分からないがハーフメル共通の弱点であるコアがない。
 それは実質、不死身の類に近い。
 なら、戦闘不能になるまで徹底的にぶちのめし、その上で拘束するしかない。
 ゼウはそう判断したのだ。

荒ぶる雷霆ゲル・ロッグ!!」

 顕現させたゲラル・ウノスを床へ叩きつけ、赤黒の稲妻とそれに伴う衝撃波を繰り出す。

「おぉ!ソレ面白そ!!」

 自身へ向かって来る稲妻を前にしても、やはり動揺の類はオオウルにはなく。
 純粋な好奇心と期待感。それしかない。

「そ…いよっと!!」

 オオウルは左右計4本の剣腕を巧みに操り、初手の雷撃を左右2本を交差させ受け止め防ぎ、残り2本の剣腕を袈裟斬りに振るう。
 無論、距離がある為刀身は届かない。
 だが刀身から生じた黒い粒子が三日月状の刃となり、ゼウへ向かって来た。
 刃は余波によって床を削りつつ、その威力を弱める事なく。ただ射線状にいる対象を切り裂こうと迫るが
、ゼウは回避行動を取ることはなかった。
 しかし、かと言って防ぐつもりもなかった。

「オラァァ!!」

 覇気の籠った叫びを上げ、右拳に雷を収束…そのまま雷を宿した拳を放った。
 雷と拳圧を利用した力のベクトルは黒い斬撃の刃を胡散。消失させてしまった。

「この程度でどうにかできると思うなァァゴラァァァッッ!!!!」

 また更に叫ぶ。先程のは気合を込めると言った類のものだったが、今度は怒号だ。
 舐めるのも大概にしろ。
 そんな怒りをふんだんに込めた咆哮はゼウの身体から黄光の雷を迸らせ、その雷を思いのままオオウルに向け放つ。
 
「やるねぇ!けど同じじゃ意味ねーよ!」

 荒ぶる雷霆ゲル・ロッグは黒色の雷。
 対してゼウの身体から迸しり放出された雷は黄色。
 たかが色違いだと言うのがオオウルの見解だった。
 なら話は簡単だ。また防いでやればいい。
 そして今度は斬撃の量を倍に引き上げ、回避も防御もままならなくしてやる。
 自身が繰り出す攻撃のパターンを構築し、実行しようとしたオオウルだったが、それは頓挫することになった。

「ハッ。馬鹿が」

 ゼウはニヤリと笑みを浮かべ、そう吐き捨てた。

 バチィィッ!!

 瞬間。黄光の雷はオオウルの神経や筋肉を引き裂き、燃やすことなく眼前で炸裂し、眩い光を生んだ。
 そして、その閃光の線が容赦なくオオウルの眼窩にある光…視覚器官を担う部位へと突き刺さり、視界を完全に奪ってしまう。

「チィィィッ!目眩しかよ!!」

 ズキズキと目の神経を針で刺すかのような激痛に襲われ、尚且つ視界を完全に奪われている
状態にも関わらず。
 忌々しさを滲ませた舌打ちを鳴らしながら、オオウルはすぐさま自分の身に起きた状況を理解した。
 この黄光の雷は攻撃ではなく、ただの目眩しだったのだ。
 現状では自分はコアが無い為、実質死ぬ事はないに等しい。そんな自分を相手取るなら早急に迅速に、持久戦には決して持ち込まず無力化させる事を望む筈。
 敵が自分と同じような狂い者ならその例に当て嵌まらないが、見る限り同類と思わしき感じがしないのは確かだ。
 こうして自分の目を封じた今、次に来る手は分かり切っていた。

「おっとォォ!!」

 丁度後方斜めの方角。そこから空気を裂いて迫る何かの音を察知し、すぐさま宙へ舞い上がり回避するオオウル。
 その刹那、何かを向けて来た相手に対して剣腕を一本差し向ける。

「ぐっ!」

 剣腕は勢い付けて回転しながら、相手の肩を深く切り裂いた。

「ジークア!!」

(ジークア……ああ。アイツか!)

 ルガの心配する声を聞き、オオウルは自分に向けて攻撃して来た相手をすぐに特定する。
 ジークア。この名前自体はオオウルも知っている。
 精鋭の中でもトップクラスの実力とそれに比例した
数々の功績を残す稀代の若き英雄。
 しかも、アレスを統べる竜帝アグニールと同じドラグ属で、かつては同じ師の下、互いに切磋琢磨する兄弟関係を築いていたと聞く。
 なら、その実力の程も期待できるのではと思っていた為、会ってみたいと心待ちにしていたオオウルからすれば、まさに突然舞い込んだ幸運なのだろう。

「なーるほど。あのドラグ属のジークアか!!お初にお目にかかるぜ!あんたみたいな有名モンに会えるたぁ光栄だ!幸先良すぎだろオイイ!」

 会えた事が嬉しい。
 そう言ってる風体だが、決して友好的なものではなく、むしろ真逆の意味合いなのが容易に分かる。

「……ッ!」

 だからこそ、ジークアは容赦しない。
 いかに争い事を嫌い、相手を傷つける行為を忌々しく思おうと他者の意を介することなく、平気で破壊と殺戮を嬉々できる相手を容認する訳にはいかない。
 
「俺は、お前を殺す!!」

「おお、おおおお!マジでイイ殺気出すじゃねぇーか!!」

 両者は同時に床を蹴り、互いに肉迫した。











「用件は一つ。さっさとその娘を渡せ」

「断る」

 管制室は緊迫した空気が張り詰めていた。
 本来ならここにいる筈のないベルセルクのリーダー
、ベアヌスがいる。
 おまけに凄まじい殺気を身震いしてしまう冷酷さを孕んだ鋭い視線と共に向けて来る。
 向けられた方は溜まったものではない。
 しかし、フレイアだけは違った。
 管制室のスタッフたちが敵への恐怖で身動きが取れない中で彼女は、一本のアーティスを両手で持って構え、視線を逸らさず。
 自分の後ろにいる瑠美の前に立つ形で守りながら、敢然とベアヌスに相対する。

「飾り耳なのか?それとも聴覚機能の不備か?どっちでもいいが、そこに立つなら……」

「ああ。力強くで来るといい」

 皆まで言わずとも分かる。
 だからこそフレイアは、己のアーティスをベアヌスへと向けているのだ。
 そして、一つ。
 技銘ネムワを口ずさむ。

黄金なる戦宮殿フォルクヴァング

 瞬間。フレイアとベアヌスは灼熱の業火に飲み込まれた。
 しかし熱さはなく、熱による苦痛もない。

「!!ッ……」

 何かしらの幻覚の類か。
 感覚の機能を欺く力を持ったアーティスや粒果式を何度か経験しているベアヌスは、すぐさまその可能性に行き着いた。
 炎に包まれて苦痛も熱くもない訳がない。
 おそらく、意表を突く為の幻覚だろうと早急に結論を出したベアヌスは燃える身体を意に介さず、左手を繰り出しフレイアのコアを刺突しようと構える。
 が、その直後。
 炎が消えた。
 一つの火の粉も残さず、幻のように。
 そしてここでベアヌスはある事に気付いた。
 今、立っている場所が全く違う場所へと移り変わっている事に。

「!……これ、は……」

 紅蓮と黄金が入り混じる大空。
 その空の光に照らされる黄昏れ色に染まる雲に似たガス状物質に覆われた大地。
 おおよそ、異なる世界としか形容のできない光景。
 先程まで艦内の管制室にいたにも関わらず、いつの間にか屋外へと出ている点も、より謎を不明瞭なものへと加速させている。

「とくと見よ。これぞ我が宮殿。私の記憶に焼き付いた戦士達を招聘することのできる、私の戦場だ」

 困惑に飲まされそうになる心境など知らぬとばかりにフレイアは堂々と宣言。
 そして、己のアーティスを地面へ突き刺した。
 名を『ブリシンガル』。
 一眼見れば黄金の輝きを放つ、煌びやかな槍だと思うだろう。しかし、その槍が放つ異様な雰囲気はそれ自体が単なる飾るだけの代物ではない事を自ら語りかけているかのように思えて来る。
 無論、この槍型のアーティスは単なる飾り物でなければ、一般的な武器でもない。
 この槍にしかない固有の力がある。

 ガシッ!

「!!ッ」
 
 突然自分の足首を手で掴まれた感触が伝わり
、咄嗟に発生源である足下を見てみれば、そこには顔と腕を地面から出した隊員がいた。
 それを振り解こうと足払いをするが、ビクともしない。
 やがて隊員がベアヌスの足首を掴んだまま、ゆっくりとその姿を現す。
 やはり、風貌そのものはヴァナディスの隊員に間違いない。白亜の鎧型パワードスーツがその証拠だ。
 しかし気になる点が一つあった。
 本来コアのある胸の中央。そこにはポッカリと穴が空き、貫通しているのだ。
 おまけに……コアが無い。
 
「こいつ、まさか、私たちと…ッ!!」

「無いのは当然。彼は死者なのだから」

 コアが無くても自由に肉体を動かすことのできるベアヌス、オオウル、カミフのバルセルクたち。
 その自分達と同じように"あの技術"による処置を受けた者かとベアヌスは勘繰る。
 が、フレイアがそれを真っ先に否定する。

「ここはラグロギアスの何処にもない。ラグロギアスとは違う次元位相の空間……我らハーフメルの精神と命を司るコアがその肉体の死と共に導かれる世界」

 太古より、幽境界レンヘブンと呼ばれる世界の伝承がラグロギアスにはある。
 ハーフメルの死生観の一種で、肉体の死後ハーフメルのコアは世界から消滅するのだが、厳密に言えばそれは消滅ではなく、異なる世界へと転移すると言う。
 伝承ではあるが、これは現実的な観点で事実として証明されている。
 そして、その世界へと干渉することのできるアーティスこそ、ブリシンガルなのだ。
 ブリシンガルの固有能力とは、幽境界に接続・干渉することで所有者のイメージを基に、本来なら見えないし感じる事もできない無に等しい抽象的世界に具現化という形を与え、干渉できるようにするもの。
 同時に死してこの世界へと導かれた者を使役するという、まさに死者世界における権能と言っていい代物


「……ふん。死者にコアのない私を殺せるか、試してみるがいい!!」

 だが、それで簡単に降伏することなど有り得ない。
 死を恐れず、いかなる強敵であっても竜帝以外に膝を屈さない狂気的な蛮勇。
 自分らを恐れる者がいても、その逆はあってはならない。
 ベアヌスは困惑という感情を切り離す。
 
「いい加減、離せ!!たわけが!!」

 未だに自身の右足首を離さないヴァナディスの隊員に対し、ベアヌスはそう吐き捨てた。
 しかし相手は死者で、フレイアに仕える戦士。
 敵の言葉に耳を貸す筈もなく、徐々にその手に力を加えていく。

 "何も言うな。黙れ"

 言葉を口にしなくても、その動作や行動で言わんとしている事が大体分かる。
 なので、ベアヌスは強硬手段を実行する他になかった。

 カチカチ。

 ギゴッ。

 ガゴッ。

 チチチチチチ……。

 様々な金属音が無機質な演奏を始める。その発生源は左腕の手に備わったアームだった。
 パーツとパーツが連結したかと思えば分離し、また連結し合う。
 それを細かに部分部分と繰り返していき、その形状を『レーザー照射器』へと形成する。
 それを向け、紫光の閃光を解き放つ。
 閃光はベアヌスを掴んでいた隊員の右腕を貫通。
 そのまま右腕を本体から爆散させる形で切り離した


「……ッ」

 痛みを感じるのか。
 その有無に関しては不明ながらも大きくのけ反り、ベアヌスの解放を許してしまう。

「ハァァッ!!」

 死者の拘束を自力で脱したベアヌスが地に足をつけた瞬間。ブリジンガルによる真っ直ぐな刺突が頭部へと迫る。
 弱点であるコアが無いのであれば、身体の運動と記憶を司る頭中神経が密集している頭部を破壊すればいい。そう踏んだのだろう。す
 気迫が込み入った声を張り上げ、フレイアは容赦なく頭部を穿とうとするが、それを幾多のアームが穂先を掴み阻止する。

「パワー寄りながらも良いスピードだ。が、粗いな」

 フレイアの操る槍捌きは非常に力強く、並大抵の敵なら瞬殺だって容易くできてしまう。
 だが、搦め手を戦術や戦法の中に組み込み、そういった手段で攻めて来る相手を幾度も屠って来たベアヌスから見れば、パワーでカバーしているにしてもバカ正直過ぎていた。
 有り体に言って、読み易いのだ。
 スピード、パワーの両面から見て優秀だとしても、動き自体が読み易ければ対応はそう難しいことではない。
 これが一般の下っ端兵士なら不可能だが、幹部ならば話は別だ。

「どうかな?」

 穂先を掴まれ、抜こうにも抜けない状態でフレイアは不敵な笑みを浮かべる。
 武器を掴まれるというのは、当然不利な状態になった事を意味する。
 そうなった場合、相手の次の手を逸早く読んだ上で反抗。脱しなければならない。
 にも関わらず、ただ笑うのみ。
 恐怖に屈した訳でも、混乱し正気を失った訳でもなく。
 その必要がない、と。
 断言してるに等しい自信に満ちた正気の顔。

 "何か隠している"。

 ベアヌスは即座にそう判断し、槍の穂先を手放そうとした。途端に穂先から火が生じ、そこから槍全体へと伝わり、槍を包み込む炎となって燃え上がった。
 高熱は容赦なくベアヌスのアームにダメージを与え
、灼熱の苦痛が襲う。
 手を離した所で無駄だった。
 既に左腕へと燃え移り、そのまま身体全てを飲み込むまで1分と掛からない。

「フンッ!」

 そんな状況の中でベアヌスは何の躊躇いもなく、極めて冷静に自分が助かる方法を即座に出して実行する


「んんッ………ふぅぅぅぅぅ……中々来るじゃないかコレは」

 すなわち、切り離しだ。
 切り離すと言っても刃物の類は使わない。
 こう言う場合を想定して仕込んでいた、各部位の部分ごとに応じて自分の任意で切り離す事のできる機構を組み込み、ソレを利用したのだ。
 とは言え、かなりの苦痛はある。
 神経や粒子ケーブルは本体と繋がっている。
それが物理的に切れるのだから、ダメージは否応にも受けてしまう。
 しかしベアヌスは少しばかり顔を歪め
、長めの吐息を出すのみ。
 それだけで、腕を切り離す痛みに対し順応。
 程なくして何事もないかのように振る舞っていた。

「……なんと」

 身体に行く前に離してしまえば燃え移る事はない。言うのは簡単だが、自切機能を加味しても容易に実行はできない。
 この世界には失った手足や臓器を完璧に再生する医療技術はあるが、それには色々と条件があり、下手すればその恩恵を受けられない可能性がある。
 この世界の医療技術も決して万能ではない。
 だからこそ、手足や臓器を簡単に失わせる事など普通なら出来ない。

 "それがどうした?"
 
 "そんな些事、知ったことか"

 実際口にしてはいないが、そう言わんばかりの異質さを漂わせていた。
 己の背筋に氷を当てられたかのような悪寒がフレイアを襲う。
 すぐに気を奮起させ、その嫌な感覚を取り払った。

「何を驚いている。そうせざる得ない状況を作ったのはお前だぞ?」

「……ああ。そうだな。アレスの狂気に呑まれるとは不甲斐ない!」

 炎に包まれた黄金の槍を天に翳す。
 何かを誓う儀式か、あるいは粒果式ラーニメントを発動させるのか。
 残念ながら、どちらも違う。

『ハァァァ!!』

『ウォォォッッ!!!!』

 猛々しい荒ぶり具合が目立つ低い声。
 凛としながらも、覇気が込められた高めの声。
 それが後方から嫌でも聞こえて来る。
 間抜けめ。後方からの敵に対して内心嘲笑うと、ベアヌスは膝を屈み、背後から迫る槍と剣の袈裟状の薙ぎ払いを回避

 続けて、片足を利用して剣型のアーティスを持っていた男の手首を蹴り上げ、剣を手放させると素早くそれを手に取り、その首を切り落とす。
 対して、女は一切の動揺なく槍でベアヌスを刺そうとするが、それを男の持っていた剣の腹で止める。

『くっ!』

「惜しかったな。私の討ち取るには力量不足だ」

 ここはフレイア自身のイメージをテクスチャとすることで生み出した死者の世界。
 そして死者を使役できるのであれば、首を落とした男も自身と剣と槍で鬩ぎ合っている女も、死者ということになる。
 見れば女はブラウンの防護スーツ(※この世界ではダイバースーツに似たもの)を纏い、長い金髪を後ろへポニーテール状に束ねている。
 データベースに精鋭の記録は無い為、一般の戦士だろう。

『私がいることを忘れるな』

「!!ッ」

 首を落とされた筈の男が、頭部を元通りにした状態で何事もなく立ち上がる。
 咄嗟に振り向いたが遅く、その腹部に渾身の拳を叩き込まれたベアヌスの身体は、ぐにゃり、と少しばか
り『くの字』に曲がる。
 そして、後は力のベクトルに従い、その方向へと風や地表の雲を切って吹っ飛ばされる。

「がはぁァァッ!」

 しかし無限に続く訳もなく。
 その一撃によって30mは軽く飛ばされたがすぐに地面に接触し、身を捻る様に転がる。
 そして、止まったと同時に幾人の死者が地面から盛り上がる様にその姿を現し、その手に持った銃器型アーティスでベアヌスを標的に定める。
 彼等が持っている銃型アーティスは、一般的な湾曲孔の生じるT字型の形ではなく。黒い円形の筒にL型の持ち手が付いている形状をしていた。
 これは『ウィッカー』と呼ばれる銃で、ユグジス粒子の一種ムスペナを利用して発火。
 その火を銃内部で矢の形状に固定、射出するといったものだ。固定するのに使われるのは『ルーン』と呼ばれる記号の形で様々な効果を発揮する粒果式。
 更にはホーミング機能も備わっており、狙われた獲物は貫かれる瞬間まで追われる運命を背負わされる訳だ。

「……ハハッ、死者なのは疑いようもないか」

 乾いた笑みが零れる。
 別段、この状況に絶望して壊れたんじゃなく、むしろ至って正気で冷静。
 狂気的な行動、言動、動作。
 それらを考慮するとおかしな表現ではあるが…自死を願うほど絶望している、という意味では狂ってなどいない。

「だが、小娘は違う」

 この死者の世界を形成する基点。
 それは紛れもなく、ブリジンガルを持つフレイア本人。
 そして、彼女は生者だ。
 つまり……殺せる事を意味している。
 
「撃て!!」

 だが、それを容易に許す本人。彼女に信頼と忠誠を寄せる死者達ではない。
 拳によって生じたダメージで動けない事を確認したフレイアの号令によって、燃え盛る紅蓮の矢状弾丸が情け一切なくベアヌスを貫こうと迫る。

 その最中、ほんの刹那の間。











万物よ、移り変わり、反転せよハング・ドゥ・マーン










 
 ベアヌスは……技銘を解き放った。
 






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