となりのロリコン

ハレるや!

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最終章

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 助けられなかった。ジュンはミナヅキの遺体の横に腰掛けたまま動かないでいた。だが気がつくと部屋の中には全裸の男が来ていて、ジュンの前で片膝をついている。もはやこの男に違和感を感じるゆとりもない。
「諦めるな。まだ間に合うかもしれない」
「間に合うもなにも、ミナヅキはもう死んでるんだ…何ができる」
「魂の定着だ」
 ジュンがハッとなる。
「君も真理を見たのなら理解できるはずだ。死んでから少し時間が経っている。可能性は五分だが、ミナヅキの魂をなにか対象に移すことができれば、長くは持たないが延命できるはずだ」
 迷ってる暇はない。一秒が生死を分ける。ジュンはさっそく魂の定着の対象を探す。それはすぐに見つかった。部屋中に置かれているダッチワイフ…それしかすぐに用意できるものはない。
「ただ、代償は支払うことになる。等価交換だ。妹を取り戻す代わりに、君はなにかを奪われることになるだろう」
 やるべきことが決まっているジュンに迷いはない。すぐに魂の定着へとりかかる。
「畜生…。かえせよ、妹なんだよ…。足だろうが!両腕だろうが!…心臓だろうがくれてやる。だから‼返せよ‼たった一人の妹なんだよ‼」
 錬金術の光がほとばしると、対象としたダッチワイフの目に光が宿った。魂の定着は成功。ミナヅキの魂はダッチワイフの中へと入り、ジュンは代償としてミナヅキの遺体とロリコンの遺体、そして自分の服をすべて失った。
 しばらくの沈黙の後、ダッチワイフになったミナヅキが喋りだした。「おにい…ちゃん?」体はまだ不慣れで動かせない。ただでさえ空気が入っただけのビニール人形だ。
「帰るぞ…ミナヅキ…」
 ジュンはミナヅキを背負って洋館を出る。秋の夜は全裸の体にはとても寒かったが、その感覚もまるで他人事のように感じる。星がきれいに輝く田舎の夜道は、まるでこれまでの悪夢からあるべき現実へ引き戻してくれるかのように、変わらず光り続けていた。
 家に着くまで一時間ほどかかったが、ダッチワイフは軽いので苦労はしなかった。しかし家の中へは、重い足取りで入っていく。
「ジュン!どこいってたんだ!お前までいなくなったと心配したぞ!」
「ジュンくん、ようやく帰ってきたのかあい!」
「父さん…おばあちゃん…、ミナヅキは…帰ったよ」
「見つかったのか⁉どこだ⁉ミナヅキは!」
「おとう…さん…」
 ジュンが抱えてるダッチワイフからミナヅキの声が聞こえる。父と祖母は最初はどこかへ隠れているだけかと思ってあたりを探しながらミナヅキを呼ぶ。そんな二人にジュンはこみ上げる涙を流しながら説明をする。「父さん…ミナヅキの体は…死んだ…。ロリコンの奴に殺された…。いま、ミナヅキの魂は…この中にいる…。これがミナヅキなんだ…」説明するごとに涙は溢れ、おえつ混じりになる。
「…お父さん…ごめんなさい…。すごくこわかった…。でも…お兄ちゃんが…たすけてくれて…」
「ミナヅキっ!」
 ミナヅキの姿にショックを受けた父と祖母は口を抑えて涙を流した。
「ごめんな…ごめんな…。お父さんが不甲斐ないばかりに、お前たちをこんな目に合わせて…」
 この日は全員とても疲れていた。帰ってきた二人を家に入れてあげてからこれ以上なにかを話すこともなく休ませてあげた。しかしダッチワイフの体となったミナヅキは飲むことも食べることも寝ることもなく、じっと夜を過ごすのだった。



 夜が明けても空には黒い霧のようなものがかかって薄暗かった。おそらくは昨日御神木を壊したおかげで放たれた悪しきもののせいだろう。ジュンは目覚めるとテレビのニュースを観た。異変は世界の各地でも起きているようで、異形の怪物や超常的な力を持った人間が事件を起こしているらしい。安っぽい終末論者が堂々とニュース番組に出演してなにかを語っている。だがそれはジュンにとってはどうでもよかった。
 昼頃になると知らせを受けたカンナがやってきた。ジュンはただありのままの現状を見せて話す。ミナヅキがダッチワイフになったこと、ジュンが全裸になったこと、世界に悪しきものが放たれたこと。カンナはただただショックを受けながらジュンの全裸をチラ見した。
「ここらへんでも異変は起きてるみたいなの。森には毒霧がかかっていたり、見たこともない巨大な虫がでたり、街には怪物が出たりしてる。危ないからとりあえず学校は閉鎖するみたい」
「俺もしばらく学校には行くつもりなかった。ちょうどいいよ」
 ジュンはうつろに考える。ミナヅキは行政上どういう扱いになるのだろうか。とりあえず捜索願は取り消され、死亡届を出すことになるのだろうか。そのへんは大変だろうが父にまかせるしかない。これから自分はどうしていけばいいのか考えた。世界はいずれ闇に飲み込まれていくのかもしれない。すべての人間の日常は崩壊していくのかもしれない。あるいは勝手に収まっていくのかもしれない。しかしそんなことよりも、この世界に希望を持てるとするならば、ミナヅキの体を元に戻すことだった。

 ミナヅキは縁側で外の異様な風景を眺めている。自分のせいで世界に異変が起きていることは理解していた。未来が不安でたまらない。いっそ自分なんて生まれてこなければよかったとも思った。だがその時、母から貰った言葉を思い出す。「ミナヅキはやればできる子だよ」
 ミナヅキは思い立つと、慣れて動かせるようになったダッチワイフの体で走り出した。
「お兄ちゃん!私、せかいをすくいたい!」
「ミナヅキ…。俺たちになにができるってんだ」
「やってみなきゃわからない。でも、ミナヅキはやればできる子だから…やらなきゃいけないから!旅に出よう!」
 旅。ジュンの目に光が宿る。旅をすればミナヅキを元に戻せる方法が見つかるかもしれない。世界のことなんてジュンにとってどうでもよかったが、ミナヅキが前を向いていること、可能性を探すことが、今は一番重要なことだと思った。



 次の日、ジュンとミナヅキはさっそく身支度をして村から出発しようとする。父はついていくと言ったが、祖母のことを守っていて欲しいとジュンが断った。
 カンナも見送りに来ていた。
「ほんとに行っちゃうの?あと服は着ないの?」
「ああ、行くよ。大丈夫、俺には錬金術の力がある。なんとかなるよ」
 ジュンが歩きだそうとすると、目の前にいつかの全裸の男が立っていた。
「立って歩け、前へ進め、君には立派なイチモツがついてるじゃないか」
「あんたか…、いろいろありがとうな。だが、あんたはどうして俺たちに手を貸してくれたんだ?」
「大したことじゃない。ただ、僕が昔愛した人の子孫だからさ」
「子孫って、あんた何歳だよ。ていうかいいのか?あんたみたいな普通じゃない人間がこんな人前に出て」
「問題ない。僕は君以外には見えていないからね。そういう存在なんだ」
「…あんた、名前は?」
「ジョニーだ。また会おう」
 ジョニーは別れを言うとすうっと幻のように消えていった。後ろから心配するカンナの声がする。
「ねえ、いま喋ってたあの全裸の人だれ?あきらかにヤバい人に思えてならないんだけど…。ジュンが全裸なこととなにか関係があるの?」
「…しらん」
 今度こそ二人は歩きだした。この先はきっと辛い道が待っているはず。だが運命に立ち向かうことを決心した二人が負けることはない。きっとこれから世界にその名をとどろかせていくことになるだろう。ダッチワイフと、裸の錬金術師として。
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