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セカンド・レイプ
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「こんなもの、税金使ってまで刷って、わざわざ送って寄越して」
そんな上司のため息に、ああ始まった……と俺は思った。
刹那、冷えた気持ちと共に俺は”黒の俺”へと切り替わる。
きっかけは、俺が住んでいる市町村から来た、LGBTの移住推奨や相談窓口に関する事が書かれたリーフレットだった。
職場に届いたそのカラフルなリーフレットは、卑下た薄ら笑いを浮かべる上司達の手によって、職場の面々に配られる。
『LGBTについて、考えてみよう』
リーフレットに並ぶそんなカラフルな文字は、上司達の手の中で虚しく笑い飛ばされた。
「こんなのが市民権を持つなんて、凄い世の中になったもんだな」
「ははは、そーっスね」
「子供も残せないのに、こんなのを誘致しても。なぁ?」
「あー。まぁでも移住してもらえたら、税収にはなるでしょうからね。ははは」
上司の言葉に"黒の俺"が慣れた顔で同意して、他人事のように笑う。
「はーい。市からこんなモノが来たので、一応皆に配りまーす」
……そんな言葉に、吐き気がする。
受け取ってすぐにゴミ箱に捨てられる、開かれることすらなかったリーフレット。それらを見送って、俺は人気のないトイレに逃げ込んだ。
――――息が、出来ない。
"黒の俺"に突如閉じ込められた"白の俺"が、鋭い爪で胃袋を引っ掻く。
俺は個室に駆け込んで、固い壁を拳で叩いた。
こんなことをしたって、俺が同性を愛してしまうバグを起した欠陥品であることに変わりはない。
けれど、『普通』に生まれられなかった憎しみと悔しさが、拳の痛みで少しだけ誤魔化せる気がした。
パートナーが待つ家に帰り、ソファに沈む。
物音を聞きつけたパートナーの陽介が、おかえりと言いながら俺の顔を覗き込んだ。
俺達は長い付き合いだから、陽介は俺の顔を見てすぐに何かを察したらしい。
「なにか飲む?」
そんな陽介の言葉に、俺は毛を逆立てた猫のような気持ちでぶっきらぼうに言った。
「ロイヤルミルクティー。茶葉から淹れたやつ」
陽介は面倒臭がりだから、手間のかかるロイヤルミルクティーを淹れるのは普段なら俺の役目だった。
けれども彼は、分かったと一言答えて、キッチンに立って鍋に湯を沸かし始める。
「出来たよ」
……そう言って渡されたミルクティーからは、熱い湯気が上がっていた。
「熱い。湯気、目に染みるんですけど」
そう言って顔を背けた俺の隣に、陽介が座る。普段なら殺気立っている俺の側になんて、自分からは絶対来ないくせに。
「ごめんね。熱くしすぎちゃった。フーフーして飲んで」
優しい言葉に、ようやく閉じ込められていた”白の俺”が呼吸を再開し始める。
「もう仕事部屋に戻っていいぞ。〆切前で忙しいんだろ?」
ぷいっとそっぽを向いた俺の口から、そんな言葉が飛び出す。
――――ああ、可愛くない。
男のくせに男のパートナーである陽介に甘える自分は、気持ち悪くないだろうか?
いっそ女みたいに可愛く泣いて、今日あったことを話して、ギュッと抱きしめてほしいと素直に甘えられたなら……。
けれど、男のプライドが邪魔をして、結局俺は上手く甘えられないのが常だった。
「うん。でも、せっかく環が帰ってきたから。ちょっとだけ休憩」
……そう言って穏やかに笑いながら、普段は食べない甘い物を持ってくるあたり、付き合いが長いパートナーというものは本当にたちが悪い。
きっと今俺が何を考えているのかもバレている。
「はぁ……サボりかよ。ちょっとだけだぞ」
俺は差し出されたティッシュを引き抜いて、目が痒いふりをして軽く擦った。
口に含んだミルクティーがいつもより少しだけ甘くて、固く冷えた心を癒し温める。
「おいしい?」
「まぁね」
俺がミルクティーを啜るのを、嬉しそうに眺める彼。
愛してるって、こういう気持ちを言うんだろうな。
絶対に、口になんて出せないけど。
そんな上司のため息に、ああ始まった……と俺は思った。
刹那、冷えた気持ちと共に俺は”黒の俺”へと切り替わる。
きっかけは、俺が住んでいる市町村から来た、LGBTの移住推奨や相談窓口に関する事が書かれたリーフレットだった。
職場に届いたそのカラフルなリーフレットは、卑下た薄ら笑いを浮かべる上司達の手によって、職場の面々に配られる。
『LGBTについて、考えてみよう』
リーフレットに並ぶそんなカラフルな文字は、上司達の手の中で虚しく笑い飛ばされた。
「こんなのが市民権を持つなんて、凄い世の中になったもんだな」
「ははは、そーっスね」
「子供も残せないのに、こんなのを誘致しても。なぁ?」
「あー。まぁでも移住してもらえたら、税収にはなるでしょうからね。ははは」
上司の言葉に"黒の俺"が慣れた顔で同意して、他人事のように笑う。
「はーい。市からこんなモノが来たので、一応皆に配りまーす」
……そんな言葉に、吐き気がする。
受け取ってすぐにゴミ箱に捨てられる、開かれることすらなかったリーフレット。それらを見送って、俺は人気のないトイレに逃げ込んだ。
――――息が、出来ない。
"黒の俺"に突如閉じ込められた"白の俺"が、鋭い爪で胃袋を引っ掻く。
俺は個室に駆け込んで、固い壁を拳で叩いた。
こんなことをしたって、俺が同性を愛してしまうバグを起した欠陥品であることに変わりはない。
けれど、『普通』に生まれられなかった憎しみと悔しさが、拳の痛みで少しだけ誤魔化せる気がした。
パートナーが待つ家に帰り、ソファに沈む。
物音を聞きつけたパートナーの陽介が、おかえりと言いながら俺の顔を覗き込んだ。
俺達は長い付き合いだから、陽介は俺の顔を見てすぐに何かを察したらしい。
「なにか飲む?」
そんな陽介の言葉に、俺は毛を逆立てた猫のような気持ちでぶっきらぼうに言った。
「ロイヤルミルクティー。茶葉から淹れたやつ」
陽介は面倒臭がりだから、手間のかかるロイヤルミルクティーを淹れるのは普段なら俺の役目だった。
けれども彼は、分かったと一言答えて、キッチンに立って鍋に湯を沸かし始める。
「出来たよ」
……そう言って渡されたミルクティーからは、熱い湯気が上がっていた。
「熱い。湯気、目に染みるんですけど」
そう言って顔を背けた俺の隣に、陽介が座る。普段なら殺気立っている俺の側になんて、自分からは絶対来ないくせに。
「ごめんね。熱くしすぎちゃった。フーフーして飲んで」
優しい言葉に、ようやく閉じ込められていた”白の俺”が呼吸を再開し始める。
「もう仕事部屋に戻っていいぞ。〆切前で忙しいんだろ?」
ぷいっとそっぽを向いた俺の口から、そんな言葉が飛び出す。
――――ああ、可愛くない。
男のくせに男のパートナーである陽介に甘える自分は、気持ち悪くないだろうか?
いっそ女みたいに可愛く泣いて、今日あったことを話して、ギュッと抱きしめてほしいと素直に甘えられたなら……。
けれど、男のプライドが邪魔をして、結局俺は上手く甘えられないのが常だった。
「うん。でも、せっかく環が帰ってきたから。ちょっとだけ休憩」
……そう言って穏やかに笑いながら、普段は食べない甘い物を持ってくるあたり、付き合いが長いパートナーというものは本当にたちが悪い。
きっと今俺が何を考えているのかもバレている。
「はぁ……サボりかよ。ちょっとだけだぞ」
俺は差し出されたティッシュを引き抜いて、目が痒いふりをして軽く擦った。
口に含んだミルクティーがいつもより少しだけ甘くて、固く冷えた心を癒し温める。
「おいしい?」
「まぁね」
俺がミルクティーを啜るのを、嬉しそうに眺める彼。
愛してるって、こういう気持ちを言うんだろうな。
絶対に、口になんて出せないけど。
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いい作品をありがとうございました。
ありがとうございます。
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読んでくださり感謝です(´;ω;`)
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みんなに読んで欲しい。
そう、思えるお話をありがとうございます!
感想ありがとうございます。
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