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番外編

番外編)フライング・クリスマス*(前編)

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「雪平さぁん! 置いてかないでくださいッス」


 町内会主催の子供クリスマス会で、ピアノを弾いた帰り道。
 僕は今年も子供達からの沢山の笑顔を貰い、ほっこりした気分で家路についていた。
 クリスマス会の片付けを手伝っていたはずの夏目は、上手く抜けてきたのか十数メートル後ろから大きな声で僕の名前を呼んでいる。


「片付けはもういいの?」
「あと少しで終わるんで、皆さんにお願いして抜けてきちゃったッス。へへ……」


 走ったせいか、寒さで赤くなった鼻の夏目が、白い息を吐きながら笑う。一丁前に車道側に回り込んでから並んで歩き始めようとする夏目の手を取った僕は、そのまま冷たい夏目の手を自分のコートのポケットへ入れた。


「ゆっ、ゆっ……!?」
「こんなことくらいで騒がないの。走ったから寒いでしょ? ほら」


 夏目の手を温かな手でぎゅっと握ってやると、夏目は鼻だけでなく頬まで赤くなった。

 いつまで経っても夏目は可愛い……。そう思ったら、少しだけ顔に出てしまったらしい。
 夏目が「何笑ってるんスか?」と不思議そうな顔で尋ねたが、僕は「ふふ、内緒」とだけ答えて夕日に照らされた家路を再び歩き出した。


「クリスマス、楽しみっスねー!」
「明後日のイブはお仕事でしょう?」
「うーん。そうなんスよね。家庭持ちの人の休暇を優先すると、独身者はどうしても抜けられなくて。けど、クリスマス当日は休みなんで、帰ったら雪平さんが好きな料理、沢山作るッス! 何が食べたいっスか?」
「夏目を食べられたら、僕はそれでいいよ」
「ゆっ……ゆゆゆっ………!?!?」


 しれっとそう言って、僕はわざと前を向いた。
 夕日を顔面に浴びて、赤面している顔色を誤魔化すために。


「ーーーーっっっ! うう、反則っス。雪平さぁん……」
「何が?」


 知らないふりで歩き出そうとしたけれど、ポケットの中の夏目の手がギュッと僕の手を握って立ち止まる。


「あのっ。寄り道……していいですか?」
「寄り道?」
「俺、もうクリスマスまで我慢できそうになくて」


 そんな事を言い出した夏目に手を引かれて、僕は歩き出した。『我慢できない』なんて言うから、ホテルにでも連れ込まれたりして……。
 けれど、そんな僕の考えは杞憂だったようだ。





 夏目は駅から少し離れた、大通りの真ん中にやってきた。薄暗くなり始めた大通りの中心には、数日前から大きなクリスマスツリーが設置されている。



「わ……キレイ。これを僕に見せたかったの?」
「あ、いや、その。それもあるんスけど……っ」


 夏目は持っていたリュックを下ろすと、歯切れの悪い返事をしながらゴソゴソと中を漁っている。どうやら探しものをしているらしい。
 そうしているうちに、パッとツリーのライトが点いた。ツリーから連なるすべてのLED照明が一斉にぱぁっとライトアップされる様はなかなかに圧巻で、僕は思わず感嘆の声を漏らしながら辺りを見回した。


「わ……っ。夏目、見て。とても綺麗だよ」
「ゆっ、ゆゆゆ、雪平さんッッッ」


 不意に大きな声で名前を呼ばれて、再び夏目を振り返る。目を丸くしている僕の前に、突然夏目は片膝をついた。


「好きですッ!! あの……ッ、良かったらこれを受け取って下さい……ッッ」


 周りの人達が、夏目の大きな声にざわめきながら振り返る。けれども夏目本人は全く気にしていないようで、真剣な顔で真っ直ぐ僕の方を見ていた。


「ちょっ……夏目っ」


 小声で夏目を諌めながら、僕は彼が差し出してきたものに目をやる。
 彼の手の中にあったのは可愛らしいキーホルダーで、その先には見慣れない鍵がつけられていた。


「これは……?」
「俺、コツコツ貯めたお金で、今度実家を出てマンション借りることになったんス! それで、良かったらその合鍵を」
「あ……合鍵」


 僕がすんなり鍵を受け取ったのを見て、夏目はホッとしたような顔で立ち上がった。「へへへ」と照れ笑いを浮かべた夏目に、僕は腕を伸ばして、夏目の頭のど真ん中に、割とガッツリめのチョップをする。


「……イテッ。な、なんスか急に……っ」
「おバカ。あんな場所であんなことしたら、みんなプロポーズかなにかかと思っちゃうでしょ」
「えっ……」
「ほら、帰るよっ」
「ええーっ、我ながらいい演出だと思ったのに……」


 ブツブツ言っている夏目の手を引っ張って、僕は自分のマンションへと帰る。

 帰宅後真っ直ぐにシャワールームへ向かう僕と、エプロンをつけてキッチンでつまみを作り出す夏目。これが僕達のいつものパターンなのだが……。


「雪平さん、あの。因みに! 因みに……ですよ? ……もしあのとき俺がプロポーズしてたら、受けてくれてました?」
「…………は?」


 脱衣所の前で熱っぽい眼差しで真剣にそんな事を聞いてくる夏目に、不意にドキリと心臓が騒ぐ。よく見れば、聞いてきた夏目の顔も真っ赤だ。
 男の僕が、男の夏目にプロポーズされる……?

 そんな事、考えたこともなかった。けれどもそれを聞くということは、夏目にとって僕は生涯愛することを誓ってもいいと思える相手ということで……。

 そこまで考えたところで、僕は自分の顔や耳がみるみる赤くなっていることに気が付く。肩に置かれた夏目の手を軽く除けて、僕は無理矢理クールに微笑んだ。


「バカなこと言ってないの」


 そう言い残して、僕は脱衣所の扉を閉めて夏目をシャットアウトする。夏目の姿が扉の向こうに消えると同時に、僕は煩い位に脈打つ心臓に手を当ててしゃがみこんだ。





◇◆◇◆◇◆





「ちょっ、雪平さん……っ?」


 夕食後風呂場に消えた夏目は、湯上がりに脱衣所のドアを出るなり眼の前に立つ僕を見て、驚いた顔でそう聞いてきた。上半身は裸のまま、下半身だけスエットを纏って、首元にタオルをかけている夏目。
僕はそんな彼に構わず彼の首に腕を回して、しっとりと唇を重ねる。



「んんっ、ふ……」


 風呂上がりの夏目の濡れた髪に指を絡めて、何度も息継ぎをはさみながらキスを貪った。風呂で茹でられた温かな胸や腹が、密着するたびに僕と同じソープの香りを漂わせる。


「先に煽ったのは誰?」
「あっ、煽ってなんか……あっ……やっ」


 鍛えられて少し厚みのある胸板に、僕はカプリと歯を立てる。そのまま舌を使って薄い皮膚を舐めあげると、痛みとくすぐったさに夏目がピクリと反応した。


「煽ってないなら、やめる?」


 そう問いながら意地悪くスエットの上から夏目の股間を撫でると、夏目はぶんぶんと勢いよく首を左右に降った。


「すいません! 俺が雪平さんを煽りましたッ!」
「ふっ。素直でよろしい」


 僕は可愛い夏目の態度にクスクスと笑いながら、高く結い上げていた長い髪をするりと下ろした。
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