【完】死にたがりの少年は、拾われて初めて愛される幸せを知る。

唯月漣

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終章

終章)エピローグ。(常春視点)

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 俺が真冬を拾ってから、一年と少しが経とうとしていた。
 出会った頃はヒョロヒョロの身体だった真冬は、今やすっかり健康的だ。体格も少しだけ逞しくなって、背もわずかに伸びたらしい。
 まぁ、俺が毎日美味い飯を食べさせているんだから、当然といえば当然だ。

 一時は絶縁状態だった母親とも、最近は一定の距離を保って連絡を取り合えるようになったようだ。

 いつも仄暗い孤独な空気を纏っていた真冬が、春の木漏れ日のような空気を纏うようになったのは、いつからだっただろうか?


「つーねはる! なに呆けてるの? 開店時間に間に合わなくなるよ!」


 開店準備をして真冬が、手に持っていたメニュー表で俺の目の前をヒラヒラと扇ぐ。


「ああ、悪い。……なんか、幸せだなーって、思って」
「……は? あー……取り敢えず、そういうのは仕事が終わってから!」
「いてっ」


 真冬は一瞬弛んだ頬を引き締めるようにそう言ってから、手刀で俺の頭を軽く叩いた。





「こんにちは」


 店を開店するや否や入ってきたのは、真冬の元同僚である雪平君だった。
 

「あれ? 雪平君。また新しいポスターが出来たの?」
「はい。良かったらまた、お店に貼らせて貰えますか?」


 雪平君は俺の前にポスターを一枚取り出して見せ、ふんわりと微笑んだ。俺は二つ返事でオーケーして、ポスターを受け取る。


 雪平君は最近、福祉施設や町内会の子供向けイベントなどで、ボランティアでピアノを弾いているようだ。
 今日持ってきたポスターも、町内会で行う子供向けのクリスマスイベントのものだった。


「それから、これ。瑞希ちゃんに」


 そう言って雪平君が俺に差し出したのは、小さな白い花と、キーホルダーサイズの小さなテディベアだった。


「少し早いですけど、メリークリスマス」
「ありがとう」


 俺が雪平君からそれらを受け取っていると、今度は元気よく店の引き戸が開いた。


「ちーっス……あっ、雪平さん! 来てたんスか!?」


 引き戸の向こうから現れたのは、長年この店でアルバイトをしていた、後輩の夏目だった。
 夏目は今年大学四年生になり、就活のためアルバイトをセーブしていた。
 忙しい癖に一週間に一度はこうして店にやってきて、真冬や俺の様子を伺っていくのだ。


「雪平さんに偶然会えるなんて、今日はラッキーっス!」
「またそんなこと言って。一昨日も会ったでしょう?」

 雪平君は少し呆れた顔でそう答えながら、夏目の肩にポンと手を置いた。

 この二人が付き合っていることを知ったのは、俺が真冬と暮らし始めてから数ヶ月後のことだった。


「俺、雪平さんとなら、毎日でも会いたいっス!」


 夏目と俺は彼の幼少期から数年来の付き合いだ。
 親しくなりさえすれば面倒見こそ良いものの、どちらかといえば夏目はクールな性格だと俺は認識していた。
 ところが、雪平君と付き合い始めた途端、夏目は飼い主に懐く犬のようになってしまっている。
 恋をすれば、人は変わるのだ。
 まぁ俺も、人の事は言えないんだけどな。


「雪平さんが来てるなら、丁度良かったっス。 聞いてください。俺、内定取れました!! これで晴れて、四月からは社会人っス!」


 そう言って、夏目はスマートフォンの画面を俺たちに向かって高らかに掲げた。


「おぉっ、おめでとう。へー、今どきの内定通知書は、スマートフォンに送られてくるんだな」


 俺が何気なく述べた感想に、真冬と夏目が揃って笑った。
 

「常春、オッサンみたい」
「ハルさん、オッサンっスね」


 普段気が合う訳でもないのに、こんな時だけ声を揃えるなよと言いたくなる。


「うるさいな。どーせオッサンだよ、お前らから見たら」
「あれ、ハルさん拗ねてるっスか?」


 俺はにやつく夏目にそうからかわれながら、夏目のスマートフォンを覗き込む真冬に向き直った。

 

「真冬、あのさ……」
「いらっしゃいませー!」


 俺の声は、夏目によって遮られた。見れば入り口には常連である家族連れの姿があって、俺は弾かれたように厨房の中に舞い戻る。
 というか、夏目。お前、今日はバイトじゃないだろ……。
 長年の習慣というものは恐ろしい。


「いらっしゃいませ! 四名様ですか? 奥のボックス席へどうぞ」


 真冬はすっかり慣れた営業スマイルを浮かべながら、いそいそとトレーに人数分の水とおしぼりを用意し始めた。
 俺も頭を切り替えて、すぐに営業スマイルを浮かべる。


「あ、じゃあ俺達はこれで。ハルさん、真冬、また来るっス」
「あ、ああ。また」


 店から出る雪平君と夏目を厨房の中から見送って、俺は仕事に集中する。
 今日の夜営業の客足は伸びに伸びて、結局閉店時間になるまで客足は途絶えず。俺は二人が帰って以降、真冬とゆっくり話すことが出来なかった。





◇◆◇◆◇◆





「……ねはるっ、常春っ!」
「んあっ?」


 真冬の声に目を開けると、俺はリビングのソファにいた。
 今日はいつもより客が多く仕事がハードだった。

 仕事を終えて、閉店作業後に終電で帰宅した俺達は、心地よい疲労感に誘われてソファーで休んでいたはずだった。
 どうやらその後、俺だけがソファーで寝落ちてしまい、隣で休んでいたはずの真冬は、いつの間にか起きてシャワーを浴びてきたらしい。
 真冬から漂うシャンプーの香りが、俺を一気に覚醒させる。同じシャンプーを使っているはずなのに、真冬から漂うふんわりと甘い香りに、俺はドキッとした。


「そう言えば、常春。昼間のことだけど」
「悪い、先にシャワー浴びてくる」


 俺はそう言って、真冬をリビングに残してバスルームへと逃げた。


 疲労のせいか、はたまた真冬の色香にあてられたのか。
 勝手に元気になってしまった股間のそれを鎮めようと、俺はシャワーの湯を熱めに設定し、頭からかぶった。


「ね、逃げないでよ」
「うわっ!?」


 不意に背後のドアが開き、バスルームに服のままの真冬が入ってきた。真冬は濡れた俺の背中にそっと抱きつくと、交差した両腕を俺のへそ下あたりできゅっとしめる。


「ちょっ、濡れるぞ……」
「別に、いい」


 背中の真ん中に真冬が顔を埋めるのを感じながら、俺は蛇口をひねってシャワーを止めた。未だバスルームに満ちる湯気は、目の前に据えられた鏡を曇らせ、真冬の表情を俺に見せてはくれない。


「急にどうしたんだよ?」


 俺は僅かな困惑と期待の間で、真冬に短くそう問う。極力声にその内心を含ませないようにしたつもりではあるが、真冬にどう聞こえたのかを知る術は、俺にはない。


「昼間の……」


 真冬は口元だけを俺の背中から僅かに離して、小さな声で話し始めた。


「オッサンなんて言って、ごめん」
「ん? ああ……、別にそれに怒っていた訳じゃないんだ」
「じゃあ、何?」


 真冬は不安なのか、少し睫毛を伏せて俺にそう聞いた。
 付き合いの長い夏目だけではない。最近の真冬もなかなかに、俺の変化に敏感だ。
 俺はふぅっと小さくため息をついて、頭をがしがしとかきながら言った。


「大したことじゃないよ。凄く幸せだなーって思うと、次の瞬間に俺は失うことを恐れてる。……ま、単なる悪い癖だな」


 俺はそう答えて、背後にいた真冬を振り返り、ぎゅっと抱きしめ返した。


 心の傷が癒えてなお、時折思い出したように頭をもたげる不安。
 
 それを打ち消すように、俺達は今宵も抱き合う。

 真冬は濡れた服を脱ぎ捨てて、シャワーの湯で火照った俺の体に舌を這わせる。僅かに舌を絡めるキスをして、心臓の鼓動に頬を寄せてから、真冬は顔を上げて俺を間近から見上げた。
 

「常春は失わない。もう、なにも」


 不安を温もりでかき混ぜて、悲しみを優しさで包み込んで。

 残酷で温かなこの世界を、今日も俺達は生きるのだ。






 ーーーー【完】ーーーー

 常春と真冬たちの物語は、一旦これで完結となります。今後は不定期に番外編などを投下予定です。

 ここまで読んでくださった全ての読者様に心より感謝申し上げます。宜しければ感想など頂けますと、大変励みになります。


 ありがとうございました!
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