【完】死にたがりの少年は、拾われて初めて愛される幸せを知る。

唯月漣

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第二章 夏目と雪平編

18)愛の挨拶。(夏目視点)

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「なーんか二人とも、ちょっと前から様子がおかしい気がしたんだよねぇ」


 グラスの氷をマドラーでかき混ぜる真冬は、反対の手で目の前にあるチーズをつまみ上げながらそう言った。


「俺だって、雪平さんみたいな美しい人と、こっ、こいび……こんな事になれるなんて思ってなくて。今だって夢みたいっスから」


 俺はそう言って、最近覚えたレッドアイというカクテルにちびりと口を付けた。

 雪平さんと俺が付き合う事になったのは、ほんの三ヶ月ほど前のことだ。
 更には、夢のようなその事実を俺がようやく実感できるようになったのは、つい最近のことで。
 真冬には、言おう言おうと思いながらも、今日までなかなか言えずにいたのだ。


 雪平さんは仕事中で、カウンターを隔てた向こう側でシェイカーを振っていた。


 あれから雪平さんは、段々とピアノを弾く頻度が増えた。俺にはよく分からないが、雪平さんは『夏目のおかげだよ』と良く言ってくれた。
 そんな雪平さんが初めて職場でピアノを弾くと言うので、今日は真冬を伴って彼の職場であるバーに聞きに来ている。


「あはは。『美しい人』って。そりゃー確かに、雪平は美人な方だとは思うけど。……恋は盲目ってやつ?」


 真冬はそう言ってニヤニヤと俺を見ると、いつぞやにあっさり俺が酔い潰されたナンとかカンとかアイスティ……もとい、ロングアイランドアイスティを涼しい顔で煽る。真冬は成人してまだ半年も経っていないはずだというのに……。


「真冬、お酒に詳しいのはともかくとして、お酒強いんスね」
「あ。うーん、まぁ……ね」


 真冬はそう言って、グラスに口をつけながら言葉を濁す。
 ここは真冬の元職場だ。
 俺は真冬のその様子に、ピンときてしまう。

 
「真冬、お酒は二十歳になってからっスよ…………」


 そんな事を話していると、背後から誰かにポンッと肩を叩かれた。


「夏目くーん! あれ!? 真冬君もいるー!」


 甘ったるい声でそう俺達に声をかけてきたのは、稚早さんだった。

 今日雪平さんがピアノを弾くことは、事前に店で告知したものではない。
 けれどあの日、懸命に雪平さんの拉致された場所を探そうと沢山の人に電話をかけてくれた彼女には、俺がこっそりメールをして知らせておいたのだ。


「雪平君がピアノを弾けるだなんて、知らなかったわー。あ、私カシスオレンジね!」


 稚早さんはおしぼりを持ってきたバイト君にそう注文を出すと、俺の隣の席に座る。


「確かに、前に雪平の部屋に泊まったとき、壁にキーボードみたいなのがあったのは覚えているけど。弾いてるとこは俺も一度も見たことがないんですよ」


 真冬は稚早さんにそう同意して、カウンターの向こうにいる雪平さんを見た。
 雪平さんは稚早さんが俺達に合流した事に気付いて、こちらに軽く会釈して微笑みかけた。
 カウンターに戻ったバイト君に、雪平さんが何かを指示する。すると、入れ替わりにバックヤードから出てきた店長がカウンターに入って、雪平さんは奥にある小さなピアノの前に座った。


「そろそろ、始まるっスね……」


 雪平さんが流れるような動きでピアノを弾き始める。雪平さんが一曲目に選んだのは、俺があの日弾いてもらった『キラキラ星』だった。

 その後誰でも聞き覚えがあるような有名なクラッシックの曲を何曲か弾いて、それから少しだけ間を空ける。

 数秒の後、雪平さんはちらりとこちらに視線を送ってから、聞き覚えのある優しい旋律を弾き始めた。

 なんだろう……この曲。なんだか、とても心に染み渡るような……?


 天使のような優しい表情でピアノを弾く雪平さん。その横顔に見惚れつつ、どこかで聞いたその旋律に俺はぼーっと聞き入っていた。


「これ、エルガーの『愛の挨拶』よね。けどこの曲、どうやら雪平君は、夏目君のためだけに弾いてるみたいだけど?」
「……ええっ!?」


 稚早さんはそう言って、真冬と視線を絡ませながら笑った。
 真冬の鋭さもなかなかではあるが、女性の勘の鋭さとはまた恐ろしいものだと思う。


「愛の、挨拶……」


 俺はそう呟いて、ニヤけそうになる頬を必死に引き締めていた。その曲を弾く雪平さんは、慈愛に満ちた美しい女神様のようだった。


 ピアノを弾き終えた雪平さんが、店内に軽くお辞儀をしてこちらへ歩いてきた。


「稚早さん、今日は来てくれてありがとうございます。夏目と真冬も、ありがとう」


 雪平さんはそう言って、俺達に向かって微笑む。


「凄く良かったわよ。最後の曲には、当てられちゃったけどね」


 稚早さんはそう言って、悪戯に片目を瞑って笑った。
 稚早さんにそうからかわれると、雪平さんは珍しく照れたような表情で俺の方をチラリと見た。


「あ、あの……夏目」
「雪平さん、ピアノ凄く良かったです! 最後の曲が特に! 俺、惚れ直しちゃったっスよ!」


 何かを言いかけた雪平さんに俺がそう言うと、雪平さんは一瞬の驚いた表情の後、花が綻ぶように美しく微笑んだ。


「…………ーーーー僕も、夏目が大好きだよ」


 雪平さんの台詞に驚く二人を尻目に、雪平さんは笑って俺の頬にキスをした。
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