【完】死にたがりの少年は、拾われて初めて愛される幸せを知る。

唯月漣

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第二章 夏目と雪平編

5)二度ある事は。(雪平視点)【残酷な表現あり】

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「俺……酔い潰れてても、記憶は残ってるタイプなんス……」


 僕の家に夏目が泊まった翌朝。夏目は僕にそう言って、逃げるように帰ってしまった。

 人の職場に調査兼ボディーガード名目で押しかけてきたくせに、常連の女性客にあっさり酔い潰された夏目。
 二十歳になったばかりで酒の名前も知らないくせに、綺麗な女性に勧められたらホイホイ飲むのか。
 僕のボディーガードが、聞いて呆れる。


 そう思ったら何故だが腹が立って、気が付いたら僕は夏目にキスをしてしまっていた。

 夏目が自分以外の人物にデレデレする事が、殊の外不愉快だったのだ。
 我ながら、子供じみた独占欲だと思う。


「……はぁ。キスくらいで騒がなくても」


 僕は軽くため息をついて、ベッドから出た。
 いつもは食べない朝食ではあったが、夏目が食べてくれと言って置いていったコンビニの袋を、僕は好奇心で開けた。

 中に入っていたのはアボカドと海老のトルティーヤや海藻のサラダ、フルーツ入りのヨーグルトなどで、夏目が僕の食べそうなものを必死に考えてチョイスしてくれた事が伺えた。コンビニで悩みながらこれを選ぶ様までが、僕の瞼の裏に浮かぶ。


 本当に夏目は可愛い。
 ついそんな事を思う自分に気が付くと、無意識に緩んだ頬を引き締める。

 貰ったものは出勤前にいただくことにしよう。そう考えて、僕はコンビニの袋を冷蔵庫にしまった。





 職場であるバーは、電車で十数分ほどの距離にある。
 僕は数時間早めに家を出て、出勤前に真冬の母親が暮らしているアパートの近くに立ち寄った。

 男と真冬の母親が会っていた場所は、ここから程近い。夏目があれだけ足で稼いでいるというのに、僕だけがのんびりなんてしていられない。夏目は、沢山の情報が得られたのは僕の写真のおかけだと言ってくれたが、それはきっと夏目なりの気遣いだ。

 僕は夏目のバディとして、もっと手掛かりを掴みたかった。


「すみません。この人を見かけませんでしたか?」


 僕は、犬の散歩をしている老人や子供を連れた母親など、近所の人だと思われる人物に片っ端からあの男の写真を見せた。
 僕の容姿は女性や老人にも警戒心をあまり持たれない。普段はあまりメリットのない容姿だったが、こういう時には便利だ。


「女の人の方は奥のアパートでたまに見るけど……男の人の方は分からないわねぇ」


 買い物袋を下げたふくよかな初老のご婦人が、首を傾げながらそう答えた。


「そうですか……。ありがとうございます」


 僕は営業スマイルでご婦人に頭を下げる。

 十数組聞いて、全滅か……。 
 僕は深いため息をついた。昼過ぎに始めた聞き込みだったが、最後の一人を見送る頃には夕方になってしまっていた。

 そろそろ、仕事の時間になってしまう。

 僕はスマートフォンをポケットにしまうと、重い足取りで駅へと戻る道を歩き出した。




「……わっ」
 

 それはちょうど、公園の隣に差し掛かった時のことだった。不意に、背後からサッカーボールが転がってきた。ボールは僕の足にぶつかり、コロコロと転がる。
 振り返ると、ボールを追いかける小学生位の少年達が見えた。恐らく、このボールは彼らの物だろう。


「すみませーん」


 手を振る子供達に僕は軽く手を上げて答えると、サッカーボールを拾い上げて公園の中の彼らへ軽く投げてやる。
 子供たちの手元にボールが返ったのを見届け、僕が道路へ向き直ったその時だった。


 僕の背後に滑り込むように、黒のミニバンが猛スピードで停まった。
 後部座席のスライドドアが開いたと思うと、髪と腕を乱暴に掴まれる。
 次の瞬間には、僕は車の後部座席へと引きずり込まれていた。


「!!!!」


 し、しまった……!!!

 俺は子供達に気を取られて、一瞬生じた己の気の緩みを悔いる。
 僕は慌ててコートのポケットに入れていた防犯ベルを探ろうとするが、狭い車内で両腕を後ろに掴みあげられれば、それはもはや叶わない。

 せめてもの抵抗に、僕は自分を拉致した男を睨んだ。

 男の正体に、僕は心当たりがあった。
 ーーーーそう。犯人の正体は、真冬を襲った、憎きあの男だ。



 真冬が敵わなかったその男に、僕が力で敵うはずもない。僕はものの数秒で両手両足を結束バンドで縛り上げられ、後部座席に乱暴に転がされた。


「おい、もっとスピード上げろ」


 男が運転席に向かってそう命じる。運転席には中年の女性が座っていた。真冬の母親とは違う人物だ。どうやら、協力者は真冬の母親だけではなかったらしい。


「浅子が警察に捕まったんだってなぁ? 俺を嗅ぎまわってんのはお前だけか?」


 僕は男の言葉を無視する。
 夏目の事は当然言わない。
 夏目にあれだけ言われていたのに、昼間であることに油断して一人で聞き込みを行ったのは僕だ。迷惑をかける訳には行かなかった。


 ドスッとみぞおちに衝撃が走り、自分が殴られたのだと悟る。


「おい、無視するなよ。まぁ顔は綺麗だから、勘弁しといてやる」


 そう言って、男は僕の顎を掴んだ。


「もう一度だけ聞く。他に仲間は? 一緒に俺を嗅ぎまわってたのは、柊真冬か?」


 僕は慌てて首を横に振って「違う」と言った。けれど、それ以上答える気はもちろん無い。男は舌打ちをして、僕の髪を乱暴に引っ張った。





 男は三十分ほど車を走らせ、目的地らしき場所につく。
 その間男には何度も何度も殴られたけれど、僕は決して口を割らなかった。
 

『一人で追いかけて、万が一逆に犯人に何かされたら、苦しむのは真冬っス』


 目的地に着いて、運転していた中年の女性が、男にハンカチと小瓶を手渡した。男はハンカチを僕の口元に押し当てると、強烈な薬品臭が鼻腔を突き刺す。
 薄れゆく意識の中で、僕はいつかの夏目の言葉を思い出していた。
 いけない……真冬が悲しむ……。
 僕がもしここで死んだら、真冬と……夏目はどんな顔をする?

 夏目は、悲しんでくれるかな……。
 脳裏に浮かんだのは、今朝別れ際に見た夏目の照れた顔。

 もっとキス、したかったな…………。
 できる事ならば、泣かせたくない。


 そう思うけれど、もはや逃げられるはずもない。
 男は僕を軽々と肩に担ぎあげると、廃ホテルのような場所へと入っていった。
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