【完】死にたがりの少年は、拾われて初めて愛される幸せを知る。

唯月漣

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第二章 夏目と雪平編

4)キスの理由。(夏目視点)

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 キスをされた事に気がつくまでのタイムラグで、俺はたぬき寝入りの決め込みに成功したらしい。

 雪平さんはあっさりと俺から離れて、廊下の突き当りにある部屋へと消えていった。
 薄目を開けて辺りを確認した俺は、雪平さんの姿がないことを確認すると、今度はパッチリと目を開ける。心臓がバクバクと騒ぎ立て、酔いなんて一瞬で覚めてしまった。

 数秒で再びガチャリとドアが開く音がしたので、俺は慌ててたぬき寝入りをし直す。部屋から出てきた雪平さんの手にあったのは厚手の毛布だった。雪平さんはたぬき寝入りをしている俺に、そっとその毛布をかけてくれる。
 立ち上がる瞬間、雪平さんの長い指が、俺の髪を漉くように掠めた。


「……っ」
 

 不意打ちのその仕草に、俺はうっかりピクンと反応してしまう。
 ……一瞬の静寂。

 ーーーーしまった。
 俺はコンマ数秒悩んだ末、さも今起きたかのように目を開けた。


「んんっ、ハッ!? 雪平さん? すんません、俺酔っ払っちゃって……!」


 台詞に若干の白々しさはあるが、俺は役者ではないのだから仕方がない……。


「あれ、起きたの?」


 雪平さんは俺の演技の白々しさには気が付かなかったようだ。いつものクールな表情で、するりと手を引っ込める。


「起きたなら、立ってくれる? もう終電、とっくに終わってるよ。風邪引かれても困るし、せめて部屋で寝たら?」
「……!! そ、そんなの悪いです。俺、歩いて帰れます!」


 俺はそう言って立ち上がりかけたが、頭は酔いが覚めても、足はまだ言うことを聞かない。俺はふらりとよろけて、再び雪平さんに支えられてしまった。


「ほら、危ない。……別に泊めたからって襲ったりしないよ」
「!? お……襲……!?」


 雪平さんの冗談を、俺は引きつった笑顔で誤魔化す。
 いや、冗談……だよな?
 冗談……と、思いたい……。


「何変な顔してるの? さっさと部屋に入れば? 僕は疲れたから、もうシャワーを浴びて寝るよ」


 雪平さんは面倒臭そうにため息をついて、あっさり部屋へと踵を返した。
 俺は慌てて立ち上がって、壁を支えに転ばないよう気をつけながら後を追う。
 雪平さんについて部屋に入ると、そこには白を基調とした家具で統一された、十二~三畳程の広いワンルームがあった。
 左手前には簡易なカウンターキッチン。その前には小さなローテーブルと、グレーのソファ。
 部屋の最奥には大きめの窓があって、その前にはセミダブルと思わしきベッドが置かれている。

 部屋の右側に目をやると、壁に立てかけるようにキーボードが置かれていた。


「雪平さん、キーボード弾けるんスか?」


 俺は室内をキョロキョロと見渡しながら、クローゼットの前で着替えを出す雪平さんに聞いた。


「あれはキーボードじゃなくて、電子ピアノ。……まぁ、嗜む程度かな」


 雪平さんはなぜか苦笑して、クローゼットから取り出した着替えを片手にバスルームへと消えた。
 程なくして部屋に戻ってきた雪平さんは、パジャマ姿だった。長い黒髪をタオルで拭きながら、大きなあくびをしている。
 濡れ髪の雪平さんはいつもにも増して艶っぽくて、あくびで潤んだ黒い瞳は、目が合っただけで俺の理性を惑わす。
 ほくろ一つない白い肌に、雪平さんピンク色の頬や唇が映える。唇の隙間から覗く赤い舌が、たまらなく扇情的だった。


「あっ! お、俺もシャワー借りていいっスか!?」


 俺は若干前かがみになりながら、雪平さんに聞く。雪平さんは冷蔵庫を開けて、ペットボトルの水を飲んでいた。白い首には僅かながら喉仏の膨らみがあって、水を飲下すたびに緩く上下した。


「好きにしなよ。部屋にあるものも、適当に使ってくれていいから。因みにバスタオルと着替えは脱衣所にあるし、新しい歯ブラシも洗面所に出してある。飲み物は冷蔵庫ね」
「あ、ありがとうございます!」


 そう言うと、雪平さんはドライヤー片手にソファに座った。
 俺は手短に礼を言って、慌ててバスルームに入る。しっかりと鍵をかけて、頭から熱いシャワーを浴びた。
 雪平さんの扇情的な姿に緩く勃ちあがってしまったコレを、一刻も早く鎮めなくては……。
 けれどもまさか、雪平さんの家のバスルームで、雪平さんのことを考えながら抜くなどという無体が俺に出来ようはずもなく……。

 襲ったりしないようにしなければならないのは、どうやら俺の方らしい…………。






 長らくシャワーに入って、俺はようやく下半身の熱が冷えたことを確認する。部屋に戻ると、室内は暖色の間接照明に切り替わっていた。雪平さんは一足先にベッドで寝息を立てているようだ。

 俺は先程玄関で借りた毛布を拾い上げ、ソファに横になって毛布にくるまる。
 こんな状況で眠れるはずもない……と思ったのは僅か数分のことで、俺は数分後すぐに意識を手放した。アルコールの力は偉大だ。





 明け方近くに眠ったはずなのに、俺の体は朝七時にパッチリと目を開けた。
 習慣というものは恐ろしい。
 雪平さんは未だすやすやとベッドで寝息を立てている。
 雪平さんの寝顔を見た途端に寝起きから騒ぎ立てる心臓と下半身を黙らせるため、俺は日課であるジョギングに出た。
 二時間ほどガッツリ走り込んで、コンビニで食料を調達してマンションに戻る。テーブルの上にコンビニの袋と鍵を戻して、俺はそっと雪平さんの寝顔を見た。
 いつもクールな雪平さんの寝顔は、年上の割にあどけない。
 このピンク色の唇が、昨日俺の唇に触れたのだ……。

 俺はいつの間にか、雪平さんの寝顔に見惚れていた。その場に跪き、吐息と共に僅かに上下する顎や、ふっくらとした白い頬を眺める。
 この人の美しい顔ならば、何時間でも眺めていられる気がした。
 ドキドキと心臓が騒ぎ立てる中、俺は覗き込むように雪平さんの顔に自分の顔を近づけた。
 あと十数センチで、唇に触れる……。
 いけない、こんな事をしては…………。


「…………。なつ、め?」


 雪平さんが目を開けたその瞬間、俺は弾かれたように雪平さんから離れた。
 ヤバい……。俺はもう少しで……。


「また僕の顔を見ていたの?」


 雪平さんはそう言って笑い、ベッドから起き上がる。寝起きの掠れた声まで色っぽいなんて、反則だ。
 俺はベッドから離れ、赤面した顔を隠すように背けた。


「昨日は泊めてくれてありがとうございましたっ! 俺、帰ります。今日は三限の授業を取ってて……。コンビニ弁当ですけど、朝ごはん買っておいたので食べて下さいっス!」


 そう言って、小さなショルダーバッグを拾い上げた俺の腕を、雪平さんが掴んだ。


「……待って。僕、朝ごはんは食べないんだ。夏目、食べていかない? 三限なら、まだ間に合うよね?」


 パジャマの袖口から覗く、白くて細い手首。
 長いまつげに縁取られた、黒くて大きな瞳。その目で上目遣いに見つめられてねだられたら、断れないじゃないか……。
 頼むから、これ以上俺を引き止めないで欲しい……。

 俺は少し迷って、口を開いた。


「あっ、あの。俺……酔い潰れてても、記憶は残ってるタイプなんス……」


 それが何を意味するのかは、きっと雪平さんにも伝わったと思う。俺の腕を掴む雪平さんの指が、僅かに緩んだのを感じた。


「……そういうことなんで、帰ります。今夜また、バーに迎えに行きますね」


 俺は雪平さんの顔を見る勇気が出ないまま、逃げるようにマンションを出たのだった。
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