【完】死にたがりの少年は、拾われて初めて愛される幸せを知る。

唯月漣

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第二章 夏目と雪平編

2)名探偵、夏目。(雪平視点)

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「ええっ!?じゃあアイツ、雪平さんのバイト先に来てたって事っスか!?」


 駅前のお洒落な喫茶店で大きな声を上げたのは、僕の目の前に座る夏目だった。


「夏目、少し声が大きい」
「す、すんません……」


 僕は彼をそう嗜めながら、自分のスマートフォンの画面に写った男をチラリと睨んだ。


「真冬が常春さんに助けられてバイトを休んでいた一週間、ほとんど毎日来ていたよ。カウンターでちびちびお酒を飲みながら、"真冬君に用がある"、"次のシフトにはいつなのか?"って何度も聞かれた」
「それで、教えちゃったんスね?」


 夏目にそう言われると、僕は返す言葉もなかった。

 言い訳をするならば、あのバーには気に入ったバーテンダーを尋ねてくるファンが一定数おり、彼の話もそういった類だと思ってしまったのだ。けれど、そもそも真冬はバーテンダーではなくアルバイトの単なるボーイだ。
 よって、僕の行動が浅はかであったことは明白で、僕は気まずさに俯いた。


「僕のせいで真冬があんな目に遭った以上、僕は絶対に犯人を捕まえたいんだ……!」


 そう言って、僕は机の上で拳を硬く握りしめる。


「落ち着くっスよ。そいつに職場を知られてるってことは、雪平さんだって危ないって事っスよね?」
「……けど、一緒に写っていたのが真冬の母親だとすると、明らかに真冬狙いでしょう?」
「そう言う問題じゃないっス。いざとなったら犯罪に手を染めるような奴らに対して、戦う手段を持ってないまま近づくのは、危ないって言いたいんス! 何の為のボディーガードなんスか!」


 夏目はそう言ってから、今度は自身で声の大きさに気付き、慌てて声のボリュームを落とす。


「……そもそも。真冬の母親が首謀者だとしたら、なんで息子である真冬にそんな事したんスかね?」
「さあ……。真冬がお母さんとあまり関係が良くないのは、何となく聞いてるけど」


 僕はそこまで話して、目の前のベルガモットティーに口を付けた。香り高いその紅茶を口に含むと、鼻腔をふわりと華やかな香りが通り抜け、少しだけ僕の思考回路を落ち着かせてくれる。


「とりあえず、真冬が最初に襲われた時に助けたってご夫婦から、話を聞いてきたっス。車は黒のワンボックスカーで、"わナンバー"だったみたいっスよ」
「"わナンバー"?」


 僕は夏目が発した聞き慣れない単語に首を傾げる。


「あー……っと、つまりはレンタカーっスね。最近はカーシェアリングってパターンもあるみたいっスけど」


 夏目はそう言って、書き殴りのメモを僕に見せた。


「走り去る車のナンバー、末尾だけっスけど、旦那さんの方が記憶してたっスよ。それで、それを元にここいらにあるレンタカー屋をしらみつぶしに探して……」
「……はっ? いつの間にそんなことを?」


 流暢に説明する夏目に、僕は驚きを隠せなかった。
 僕たちが協力関係になったのはつい三日ほど前の夜の事で、そんなことを調べる暇が、いつ夏目にあったのだろう?

 驚きを隠せない僕に気付いたのか、夏目が笑って言った。


「簡単なことっス。事件の後に、真冬に話を聞きに来た刑事の名前と顔を覚えてたんで、その人らの後をつけたんスよ。そうすれば、彼らは自ずと事件の関係者に話を聞いて回るでしょ? そしたら、あとはまぁ……記者のふりでもして、同じ人を回って、刑事さん達と同じことを聞くだけっス」


 夏目がニカッと歯を見せて得意げに笑う。
 正直、僕には思いつきもしない方法だった。夏目の頭の回転の速さと行動力、コミニュケーション能力の賜物だろう。


「夏目は凄いね……」


 僕が正直な感想を呟くと、夏目はキラキラとした笑顔を俺に向けて言った。


「あざっス! でも、たまたま今回は上手くいっただけっスよ」


 そこまで話すと、夏目はテーブルに運ばれてあったシフォンケーキにフォークを突き刺した。半分ほどをフォークで切り分け、添えられたクリームを絡めて大きな一口で頬張る。


「それで……んぐぐ……」
「待って。お行儀が悪いよ?」


 リスのように大きく頬を膨らませたまま、続きを話そうとする夏目を制止して、僕はティーポットから夏目のカップに紅茶を注ぎ足す。
 夏目は僕に勧められるがままに注がれた紅茶のカップを掴むと、紅茶と共にシフォンケーキを飲み下した。


「はあー、すんませんっ」


 夏目は一息ついてそう答えると、真面目な顔を作って言った。


「で、話を戻すんスけど。しらみつぶしと言ってもここいらのレンタカー会社は数軒しかなくて、現場から近い順に回って男の写真を見せたら、すぐに分かったっス」
「えっ……でも、個人情報でしょう? どうやって?」


 ここ何年かで、個人情報の扱いはとても厳しいものになっている。レンタカーを借りた顧客の情報を、店側がそう簡単に漏らすものだろうか?


「まぁそこは、聞き方と方法次第っスよね」


 夏目は意味深にそう言って、カップに残った紅茶を啜った。


「とりあえず、レンタカー屋はここっス。けど、借りたのはあの男で、返しに来たのは女の方だったみたいっスから、首謀者がどちらかって話はともかく、真冬の母親が一枚噛んでるのはほぼ確定でしょうね」


 夏目は不愉快そうに顔をしかめる。僕は夏目の調査報告を聞きながら、ただただ感心してしまった。


「夏目……キミ、探偵の才能があるんじゃ……」
「なに言ってるんスか。これは雪平さんが犯人の写真を撮ってくれたからこそ出来た事っス!」


 夏目はそう答えて、皿に残ったシフォンケーキの残りを大きな口で頬張る。何度か咀嚼をして今度はきちんと飲み下してから、再び夏目は口を開いた。


「けど、今度男を見つけても、絶対に一人で追いかけちゃ駄目っスからね! バイト先も、遅番の日は俺がバイトの帰りに迎えに行くっス」
「駄目だよ。君には君の生活があるし、防犯ベルなら持ったから。僕は大丈夫……」


 夏目の申し出を断ろうとする僕に、夏目は真面目な顔で言った。


「それは駄目っス。雪平さんがシフトを教えてくれないんなら、俺、毎日でもあのバーに通うっスよ?」
「…………はぁ」


 彼の性格的に、こう言い出したら本当にそうするだろう。僕は小さくため息をついて、バーのシフト表を夏目のスマートフォンに送る。夏目は早速自分のラーメン屋のバイトの勤務表を取り出して、照らし合わせて何やらボールペンで印をつけていた。

 一通り印を付け終わると、何かに気が付いたように目を見開いて夏目が言った。


「ああっ、しまった! 今日はせっかく雪平さんとデートだったのに……!」


 そう言ってスマートフォンの時計を覗くと、「こんな時間……」と呟いて、夏目が悲しそうな顔でこちらを見た。夏目のその大真面目な様子が可笑しくて、僕は僅かに口元をゆるませた。


「夏目、まだ時間はある?」
「えっ? まぁ……あるっスけど……」
「じゃあ、仕切り直ししようか? この近くに美味しいパンケーキとパスタのお店があるんたけど、どう?」
「!! い、行きますっ!!」
「決まりだね」


 頬を赤らめて即答する夏目を微笑ましく思いながら、僕は伝票を持って席から立ち上がった。
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