【完】死にたがりの少年は、拾われて初めて愛される幸せを知る。

唯月漣

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第一章 常春と真冬編

25)春の日に。

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「お、夏目からメール」


 俺達はしばらく夏目とは反対の左側の通路を進んでいたが、不意に鳴ったスマートフォンの通知音に足を止めた。


「夏目が、地下へ行けそうな階段を発見したって! 常春、行こう!!」


 俺達は頷き合って来た道を引き返す。しばらく進むと、廊下の突き当りには地下へと続く非常階段があった。

 やがて階段の奥からぼんやりと僅かな明かりが滲み、コンクリートが打ちっぱなしになった部屋が現れる。すっかりSM部屋に改造されてしまったそこは、元はリネン室か倉庫のようだった。


「夏目ッ! 雪平ッッ!!」


 俺達がそこに到着したとき、既に犯人は夏目の手によって、椅子の上に拘束されていた。常春は警察を呼ぶため、慌てて地上階へと走った。

 恐らく酷い行為をされたのだろう。雪平は上半身裸で、天井から伸びた十字架に磔にされていた。本来傷跡一つない雪平の白い四肢には、鞭による痛々しい内出血の跡がいくつも浮かび上がっている。
 俺は棚に置かれた鍵を取って、慌てて雪平の拘束を解いた。ようやく地面に足をつけた雪平に、俺は思い切り抱きついた。


「雪平ぁ! 良かったぁぁ」


 俺は雪平にしがみついて、安堵のあまり号泣してしまった。雪平は俺を優しく抱き返して、よしよしをするように俺の頭を撫でてくれる。

 側にいた夏目は、犯人の襟首を掴んで逃げないように見張りながらも、雪平の方を見ていた。夏目の視線に気がついた雪平が、小さな声で言った。


「……ごめん。また夏目に迷惑をかけたね」
「ほんとっスよ。みんな心配したっス」


 雪平が素直にそう謝ると、夏目は珍しくムスっとした表情でそう答えている。俺には見せない夏目と雪平の表情に、俺は少し驚いた。


「ごめん。お説教は、後できちんと聞くから……」


 雪平そう言って、俺からそっと離れた。そのまま夏目の側に駆け寄ると、夏目にぎゅっと抱きつく。


「助けに来てくれて、ありがとう」


 雪平がそう言うと、夏目は空いていた手で、俺が雪平にされたように、よしよしと雪平の頭を撫でていた。雪平は一気に緊張が緩んだようで、夏目の側でポロポロと涙を零していた。
 

「雪平さん。怖かったっスね……」


 夏目が優しい口調でそう言うと、雪平は子供のように涙を流した。
 警察が到着するまでの数分間、雪平はずっと夏目に抱きついていた。

 初めて見る二人の意外な一面に、俺は色々と思案しながら常春の戻りを待っていた。






 数分後。
 思いの外早く到着した警察によって、犯人はあっさりと連行されていった。
 俺達は事情聴取のため、そのまま警察署へと赴く。
 犯人には沢山の余罪があったようで、聴取が長引いた俺達は翌朝まで警察署から出る事は出来なかった。
 




◇◆◇◆◇◆





「ハッピーバースデイ! 真冬っ!」


 桜の蕾が綻び始めた頃、俺は常春と住む新居のマンションで、誕生日を祝われていた。





 朝起きると、常春がいきなり


「昨日の夜『ラーメンはる』の鍵を掛け忘れた気がするから、悪いんだが真冬、確認してきてくれないか」


なんて俺に頼むから、なんとなく違和感は感じていた。
 だってあの常春が、そう思っていてすぐに自分で確認しに行かないあたり、何かおかしい。

 そう思いながら俺は言われた通りにラーメン屋の鍵を確認し、問題なく鍵が閉められていたことを常春に伝えて、電車に乗って家路についた。


「ただいまぁー……えっ!?」


 すっかり慣れたマンションのドアを開けた途端、俺の目の前で派手にクラッカーが鳴る。

 色とりどりの紙リボンが常春の手の中から吹き出して、よく見れば奥のリビングには『真冬誕生日おめでとう!』なんて書かれたプレートが貼り付けられていた。
 奥には夏目と雪平の姿が見えて、ようやく俺は意味のよく分からないお使いを頼まれた意味を悟る。


「ハッピーバースデイ、真冬っ!」


 三人が口々にそう言って祝ってくれるのを、俺は目をぱちぱちしながら見ていた。


「な、なんで俺の誕生日を……?」


 名前からして冬生まれだと思われがちな俺だったが、誕生日は春だ。けれど、それを誰かに教えた覚えはない。


「前にバーの店長に聞いたんだ。履歴書、出したでしょう? 犯人も捕まったし、またバイトに入ってくれないかなぁって、店長が言ってたよ。稚早さんも真冬に会いたがっていたし、お客さんとしてでもいいから、また店に遊びにおいで」 


 雪平はそう言って、俺のグラスにシャンパンを注いでくれる。


「真冬も二十歳になったんスから、今度俺と一緒に雪平さんのカクテルを飲みに行けるっスね!」


 夏目はそう言いながら、俺に料理の取り皿と箸を渡してくれる。


「そうだね。真冬には、夏目が飲み過ぎて潰れないように、見張ってて貰わなくっちゃ」


 雪平がそう言うと、夏目は苦笑いしながら少しだけグラスのシャンパンに口をつけた。


「美女と美味しいカクテルには、今後十分気をつけるっス……」
「ん? 二人とも、何かあったの??」


 二人の意味深なやり取りに、俺は首を傾げた。


「真冬っ!」


 散らかったクラッカーの中身を片付け終えたらしい常春が、背後から俺の名前を呼んだ。俺は振り返って、常春の顔を見た。


「真冬。誕生日、おめでとう。……生まれて来てくれて、ありがとう!」
「…………ーーっ!」




『生まれて来てくれて、ありがとう』


 あたたかい常春のその言葉。


 生きていて、良かった。

 生まれて来て、本当に良かった。


 俺は幸せを胸いっぱいに噛み締めながら、心の底からそう思ったのだった。
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