【完】死にたがりの少年は、拾われて初めて愛される幸せを知る。

唯月漣

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第一章 常春と真冬編

24)事件は突然に。

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「大変っス!!! 雪平さんが居なくなりました!!!」


 そう言って、閉店後の店に夏目が飛び込んできたのは、母親が事情聴取をされた一件から数週間ほど経ったある夜の事だった。

 その日夏目は早番で、三十分ほど前に店を出たはずだった。


「えっ……!? なんで雪平が……!?」
「分かんないっスけど、真冬を攫った犯人に拉致された可能性があるっス! 雪平さん、最近俺と一緒にあの男について調べてたんで」


 俺はそれを聞いた途端、自分の顔が顔が青ざめていくのを感じた。
 事件のあと、雪平は俺が攫われたのは自分のせいだと、しきりに悔いている様子だった。


『ごめん……あの日、僕がもう少し残っていたら……。変な男に狙われてたの、聞いてたのに……』


 そう言って俯くあの日の雪平の顔がありありと思い出され、俺はスマートフォンを握る手が震えた。
 落ち込んでいた雪平が、その後俺の知らない所で、まさかそんな危険なことをしていただなんて……。


「とにかく、みんなで探そう。心当たりは!?」 


 洗い場から出てきた常春がそう言いながら、そっと俺の肩に手を置いてくれた。
 背後からふわりと漂う常春の匂いと体温。俺は真っ暗になりかけた視界が戻り、安心と同時に脳が冴えていくのを感じる。


「今、雪平さんの店の常連さんが、心当たりを当たってくれてます。けど、まだ連絡は……」


 常春の質問に夏目がそう答えると、常春は毅然として言った。


「分かった。とりあえず落ち着こう。まずはタクシーを呼ぼうか。その人から連絡が来たら、すぐに向かえるように」


 そう言って常春ははタクシー会社に電話をかけ始めた。
 常春の手が肩から離れると、俺は自らを奮い立たせるようにパシンと自分の両頬を叩いた。それから夏目の方を見て、あの事件の日を思い起こしながら、しっかりとした口調で言った。


「多分だけど、俺が連れて行かれたのは、ここから車で三十分くらいの山の中。閉じ込められていたのは、廃ホテルの地下を改造したみたいな場所だった。ちょっと心当たりがあるから、今から電話する」


 そう言って、俺はスマートフォンである番号へと電話をかけた。
 それは、二度とかけることがないと思っていた、母親あのひとの番号。


「あんなことを言っておいて、ごめん。……聞きたいことがある」


 数コールで電話に出た母親は、少し怯えた様子の声音だった。俺が事情を話すと、少し考えた後、少し離れた市にある、とある山の名前を告げる。


「前に一度だけ、車でその近くに送らされたことがあるの。あいつ、ロープとかナタなんかをホームセンターで買っていて……。とても怖かった……。けれど確証はないわ」
「十分だよ。……ありがとう」


 俺は電話を切って、母親から聞いた話を元に、俺は夏目の調べ上げた候補地の中から、一つの廃ホテルを選び出す。


「……多分、このホテルだと思う」


 いくつかの候補から俺が指を指したのは、八年ほど前に閉業した、山奥の観光ホテルだった。





 繁華街を抜けた先のバイパス道路を経て、俺達を乗せたタクシーは街頭のないカーブだらけの山道を登り始めた。車のヘッドライトに照らされた場所を除き、真夜中の山道は数メートル先すら良く見えない。

 慣れぬ暗闇の細道を慎重に運転する運転手に焦れながら、俺達は不安に沈黙したまま俯いていた。


「お客さんたち、肝試しか何かですか? ここは本当に出るって噂ですよ」


 呑気にそんなことを言う運転手に、夏目が曖昧に相槌を打った。


「なんでも、誰もいないホテルから、夜な夜な悲鳴が聞こえるんだとか……」
「……!! いいから早く!! 急いでくれ!!」


 イライラした様子で運転手にそう怒鳴ったのは常春で、運転手は黙り込んで慌てて車を走らせた。
 目的地へ着くと、俺達は転がり出るようにタクシーから降りる。


「運転手さんは、ちょっとここで待ってて下さいっス!」


 背後のタクシーに向かって、夏目が大きな声でそう叫ぶ。俺達は目の前の廃ホテルへと走った。





 スマートフォンの明かりを頼りに、俺達は内部に侵入する。入ってすぐのロビーを抜けると、左右にいくつかの客室が並んでいた。
 ホテルの中は埃とゴミに加え、割れたガラスの破片や吹き込んだ落ち葉、小枝などが散乱していた。
 けれど、インターネットなどで観る心霊スポットとは違い、通路は明らかに手入れをされた痕跡があった。定期的に出入りしている人間がいる。そういう事だろう。


「地下はどっちだろう?」


 俺はそう言いながら、エレベーターの前に立った。エレベーターは当然止まっており、俺はその場でキョロキョロと辺りを見回した。


「二手に別れましょう。非常階段か従業員通路を探すのが、多分手っ取り早いっス!」


 夏目はそう言うなり、右の通路を駆け出した。


「おいっ、夏目……!」


 俺は慌てて夏目を追いかけようとしたが、常春に腕を掴まれて引き止められた。


「あいつなら、大丈夫だ。それよりも真冬、俺からあんま離れんなよ」
「でも! 一人じゃ危ない……!」


 俺が常春の腕を振り払ってなおも夏目を追いかけようとすると、常春は苦笑して言った。


「いや、むしろあいつが本気を出したら、ここにいる全員が束になってかかっても瞬殺だろうよ。なんせ、空手の全国大会で三連覇するようなやつだぞ?」 
「……えっ!?」


 俺はその話を聞いて、ポカンとしながら立ち止まる。


「ああ、言ってなかったか。アイツと俺はそもそも同じ大学のOBで、同じ空手道場に通ってたんだ。もっとも、あいつは入ってきて一年で道場に敵無し。三年で県内に敵無し、中学生の時に高校生を倒し、高校で全国を制した才能の持ち主だったんだけどな」
「…………。マ、マジか……」

 
 俺はそこまで聞いて、夏目を追いかける必要がないと言った常春の言葉の意味を理解した。
 そう言えば、いつだったか夏目から『DVをする旦那さんが殴り込みに来て大変だった』という話を聞いた気がする。
 つまりそれは、夏目がその旦那さんと対峙して勝ったって意味だったのか……?
 話を聞いてなお、普段の夏目からは想像もつかない。


 ーーーー人は見かけによらないものである。
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