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第一章 常春と真冬編
18)それぞれの想い。
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「なんで……母さんが……」
俺が事実を認識した途端、闇の中に突き落とされるように俺の視界は暗く歪んだ。
雪平のスマートフォンを握る俺の手が激しく痙攣するように震え、体の奥深い所から苦いものが込み上げる。
「うっ…………!!」
俺は込み上げる胃液を抑え込むように、唇に手のひらを押し付ける。
「!? ま、真冬っ……!? ちょっ……」
驚いて立ち上がった雪平を構う余裕などなく、俺はトイレに駆け込んで激しく嘔吐した。
心臓が破裂しそうに早鐘を打ち、頭は激しい混乱でグラグラと揺れて、強烈な目眩を引き起こす。
雪平が慌てた様子で追いかけてきて、俺の側にしゃがみ込む。
「真冬っ! 大丈夫? ごめん……ごめん……っ。あんな目に遭った真冬に、あいつの写真をいきなり見せるなんて、軽率だったよね」
雪平は優しく俺の背中をさすりながら、ハンカチを差し出してくれる。
「違う……男のほうじゃ、ない。あれは……! かぁ……っ」
そこまで言って、俺は再び激しく嘔吐した。激しく飛び出した吐瀉物で喉が焼け、強烈な酸が鼻腔までも侵入して焼き焦がす。俺はゲホゲホとむせこんで、生理的な涙を滲ませた。
「いいっ、真冬、もう喋らなくていいから……!」
雪平は泣きそうな声でそう言って、俺を抱きしめた。
雪平の腕の中は少し甘い紅茶と控えめな香水の香りがして、温かかった。
「うう、ううう……っ」
不意に差し出された雪平の温もりに、俺はすがりついた。次に俺の目から次に溢れたのは、生理的なものではなく、悲しい涙。
母さん……どうして。
◇◆◇◆◇◆
「ん……? あれ……?」
俺は気が付くと、誰かの背中に背負われていた。隣を歩くのは雪平で、俺の目の前には見慣れた後頭部。上半分だけをゴムで結ぶスタイルの褪せた金髪に、左だけの赤いピアス。白い肌に、バランス良くついた筋肉。
「あ、気が付いたっスか?」
俺をおぶっていたのは、どうやら夏目だったようだ。
「真冬……っ!」
雪平が慌てて駆け寄ってきて、俺を背負っていた夏目ごと俺を抱しめてくる。夏目が俺を背中から下ろすと、改めて雪平は俺をぎゅっと抱きしめた。
「良かった……。ごめん……僕、本当にいつも軽率で……」
雪平は俺から離れ、申し訳なさそうに頭を下げる。
「ああ、いや……。男の方は大丈夫。犯人は間違いなくアイツだったよ。それより……」
「は、犯人……?」
不意に夏目の声が聞こえて、俺達は振り返る。
ああ、そうだった。今は夏目が一緒に居るのだった。
「そう言えば、なんで夏目がここに?」
俺は慌てて話をそらす。
「リカちゃんとお茶してたら、雪平さんに『助けてくれ』って電話で店のトイレに呼ばれたんス。慌てて行ったら、真冬がトイレの床に座り込んで動けなくなってたっスよ」
そう教えてくれる夏目に、雪平はすまなそうに頷いた。恐らく華奢な雪平一人では、動けなくなった俺をトイレから連れ出すことができなかったのだろう。
「ごめんね、夏目。デートの邪魔をしたよね……」
雪平が夏目にそう謝れば、夏目は照れくさそうに頭をかきながら答えた。
「雪平さんの頼みなら、別にいーっス。その代わり今度、あの店でお茶に付き合って欲しいっス。今回は注文だけして、特製のチーズタルトを食べそこねちゃったんで」
「うん、もちろん。ご馳走させて?」
雪平がそう答えると、夏目はとても嬉しそうに笑った。
俺達は本日定休日という札が下がった『ラーメンはる』に戻る。
常春は厨房で大きな寸胴にスープの仕込みをしていた。常春は、夏目と雪平を見て意外そうな顔で言った。
「おかえり。珍しい組み合わせだな?」
店内には嗅ぎ慣れたスープの出汁の香りが漂っていた。俺は常春の顔を見た途端、緊張していた心が解けるのを感じる。
「まぁね。雪平とお茶してたら、たまたま出先で夏目とばったり会って」
俺は軽くそう説明し、夏目と雪平に向き直って言った。
「夏目、送ってくれてありがとう。雪平も。心配かけてごめん。俺はもう大丈夫だから」
俺がそう言うと、雪平がポンポンと俺の頭を撫でて言った。
「うん。じゃあ僕は帰るから、あとは常春さんにいっぱい甘やかしてもらって」
雪平の意味深な言葉と笑顔に、俺は驚く。
けれど、雪平の隣ではコクコクと夏目までもが頷いており、二人が俺と常春の関係を知っていることは明白だった。
俺は常春の顔を見ると、常春も同じように驚いた表情で俺の顔を見ていた。
「雪平さん、送って行くっス! 外はもうすぐ暗くなるっスから」
店の外に出る雪平を追いかけるように、夏目も外に出た。
「僕、女の子じゃないよ?」
雪平がクスリと笑ってそう言うと、
「でも、雪平さんは美人さんっスから。危ないっス!」
と夏目が食い下がる。
この二人、意外な組み合わせだが、案外仲良くなっている……?
俺は二人を見送ってから、店のカウンターに座る。だらりとカウンターテーブルに身を預けて、上目遣いで常春を見上げた。
「うん? 少し早いけど、夕飯にするか?」
常春はそう言いながら、厨房下の業務用の冷蔵庫を開ける。
「いや……。今夜はご飯より先に常春が食べたいんだけど」
「ぶっ……」
俺は真顔でそう言ったのだが、常春は少し照れたような顔で俺を振り返る。
「駄目……?」
俺が甘えるようにそう問うと、常春は困ったような顔でスープの入った寸胴を覗き込む。小皿にスープを取り出して味見をすると、お玉で軽くスープをかき混ぜた。
「あー……、あと一時間だけ待てるか?」
そう答えた常春にコクリと頷き、俺は二階へと向かうのだった。
俺が事実を認識した途端、闇の中に突き落とされるように俺の視界は暗く歪んだ。
雪平のスマートフォンを握る俺の手が激しく痙攣するように震え、体の奥深い所から苦いものが込み上げる。
「うっ…………!!」
俺は込み上げる胃液を抑え込むように、唇に手のひらを押し付ける。
「!? ま、真冬っ……!? ちょっ……」
驚いて立ち上がった雪平を構う余裕などなく、俺はトイレに駆け込んで激しく嘔吐した。
心臓が破裂しそうに早鐘を打ち、頭は激しい混乱でグラグラと揺れて、強烈な目眩を引き起こす。
雪平が慌てた様子で追いかけてきて、俺の側にしゃがみ込む。
「真冬っ! 大丈夫? ごめん……ごめん……っ。あんな目に遭った真冬に、あいつの写真をいきなり見せるなんて、軽率だったよね」
雪平は優しく俺の背中をさすりながら、ハンカチを差し出してくれる。
「違う……男のほうじゃ、ない。あれは……! かぁ……っ」
そこまで言って、俺は再び激しく嘔吐した。激しく飛び出した吐瀉物で喉が焼け、強烈な酸が鼻腔までも侵入して焼き焦がす。俺はゲホゲホとむせこんで、生理的な涙を滲ませた。
「いいっ、真冬、もう喋らなくていいから……!」
雪平は泣きそうな声でそう言って、俺を抱きしめた。
雪平の腕の中は少し甘い紅茶と控えめな香水の香りがして、温かかった。
「うう、ううう……っ」
不意に差し出された雪平の温もりに、俺はすがりついた。次に俺の目から次に溢れたのは、生理的なものではなく、悲しい涙。
母さん……どうして。
◇◆◇◆◇◆
「ん……? あれ……?」
俺は気が付くと、誰かの背中に背負われていた。隣を歩くのは雪平で、俺の目の前には見慣れた後頭部。上半分だけをゴムで結ぶスタイルの褪せた金髪に、左だけの赤いピアス。白い肌に、バランス良くついた筋肉。
「あ、気が付いたっスか?」
俺をおぶっていたのは、どうやら夏目だったようだ。
「真冬……っ!」
雪平が慌てて駆け寄ってきて、俺を背負っていた夏目ごと俺を抱しめてくる。夏目が俺を背中から下ろすと、改めて雪平は俺をぎゅっと抱きしめた。
「良かった……。ごめん……僕、本当にいつも軽率で……」
雪平は俺から離れ、申し訳なさそうに頭を下げる。
「ああ、いや……。男の方は大丈夫。犯人は間違いなくアイツだったよ。それより……」
「は、犯人……?」
不意に夏目の声が聞こえて、俺達は振り返る。
ああ、そうだった。今は夏目が一緒に居るのだった。
「そう言えば、なんで夏目がここに?」
俺は慌てて話をそらす。
「リカちゃんとお茶してたら、雪平さんに『助けてくれ』って電話で店のトイレに呼ばれたんス。慌てて行ったら、真冬がトイレの床に座り込んで動けなくなってたっスよ」
そう教えてくれる夏目に、雪平はすまなそうに頷いた。恐らく華奢な雪平一人では、動けなくなった俺をトイレから連れ出すことができなかったのだろう。
「ごめんね、夏目。デートの邪魔をしたよね……」
雪平が夏目にそう謝れば、夏目は照れくさそうに頭をかきながら答えた。
「雪平さんの頼みなら、別にいーっス。その代わり今度、あの店でお茶に付き合って欲しいっス。今回は注文だけして、特製のチーズタルトを食べそこねちゃったんで」
「うん、もちろん。ご馳走させて?」
雪平がそう答えると、夏目はとても嬉しそうに笑った。
俺達は本日定休日という札が下がった『ラーメンはる』に戻る。
常春は厨房で大きな寸胴にスープの仕込みをしていた。常春は、夏目と雪平を見て意外そうな顔で言った。
「おかえり。珍しい組み合わせだな?」
店内には嗅ぎ慣れたスープの出汁の香りが漂っていた。俺は常春の顔を見た途端、緊張していた心が解けるのを感じる。
「まぁね。雪平とお茶してたら、たまたま出先で夏目とばったり会って」
俺は軽くそう説明し、夏目と雪平に向き直って言った。
「夏目、送ってくれてありがとう。雪平も。心配かけてごめん。俺はもう大丈夫だから」
俺がそう言うと、雪平がポンポンと俺の頭を撫でて言った。
「うん。じゃあ僕は帰るから、あとは常春さんにいっぱい甘やかしてもらって」
雪平の意味深な言葉と笑顔に、俺は驚く。
けれど、雪平の隣ではコクコクと夏目までもが頷いており、二人が俺と常春の関係を知っていることは明白だった。
俺は常春の顔を見ると、常春も同じように驚いた表情で俺の顔を見ていた。
「雪平さん、送って行くっス! 外はもうすぐ暗くなるっスから」
店の外に出る雪平を追いかけるように、夏目も外に出た。
「僕、女の子じゃないよ?」
雪平がクスリと笑ってそう言うと、
「でも、雪平さんは美人さんっスから。危ないっス!」
と夏目が食い下がる。
この二人、意外な組み合わせだが、案外仲良くなっている……?
俺は二人を見送ってから、店のカウンターに座る。だらりとカウンターテーブルに身を預けて、上目遣いで常春を見上げた。
「うん? 少し早いけど、夕飯にするか?」
常春はそう言いながら、厨房下の業務用の冷蔵庫を開ける。
「いや……。今夜はご飯より先に常春が食べたいんだけど」
「ぶっ……」
俺は真顔でそう言ったのだが、常春は少し照れたような顔で俺を振り返る。
「駄目……?」
俺が甘えるようにそう問うと、常春は困ったような顔でスープの入った寸胴を覗き込む。小皿にスープを取り出して味見をすると、お玉で軽くスープをかき混ぜた。
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そう答えた常春にコクリと頷き、俺は二階へと向かうのだった。
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