17 / 46
第一章 常春と真冬編
17)雪平、ときどき夏目。
しおりを挟む
冬の太陽が優しくぬくもりを落とす、昼下りのカフェ。
俺の目の前に座る雪平の長く白い指先が、運ばれてきたティーボトルの取手を摘む。
雪平は長い黒髪を耳にかける仕草をしてから、目の前に置かれたティーカップに琥珀色の熱い液体を注いだ。
「どうぞ。クランベリーティーなんだけど、良かった?」
慣れた手付きで二人分の紅茶を淹れ終えた雪平は、恭しい仕草で俺にそれを勧める。
「うん。ありがと」
ゆらりと僅かに湯気を纏うそれは、俺の鼻腔に甘い果実の香りを届けた。
「いいえ。最近僕、この店のフルーツティーにハマっていて。真冬とも、いつか飲みたいなって思っていたから」
そう言って、雪平は微笑みながら紅茶に小さな角砂糖を一つ落とす。俺も雪平を真似て角砂糖を取り、差し出された紅茶のカップに落とした。
ここは半年程前、駅の近くに出来たばかりのカフェだった。
あの事件の際にバキバキに壊れてしまった俺のスマートフォンは、未だ警察の押収から戻ってくる気配はない。まぁ、戻ってきたとしたって、もう使い物にはならないだろう。
バイト代を貯めて先週ようやく新しいスマートフォンを買った俺は、雪平に新しい連絡先を知らせた。
「連絡先ありがとう。たまには昼間に僕とお茶でもしない? ちょっと相談したいこともあるし」
雪平にそう言われて、俺は二つ返事でオーケーし、今に至る。
「それで……相談って?」
俺は紅茶をティースプーンでかき混ぜながら、店の名物であるチーズタルトを口に運ぶ雪平に問う。
「ああ、そうだった。コレなんだけど……」
そう言いながら雪平はフォークを置いて、自分のスマートフォンを取り出して何やら操作をし出した、その時だった。
「あっれー!? 真冬じゃないっスか!? あれ、雪平さんも? なんでここにいるんスか?」
店の通路の奥から、見慣れた金髪頭の青年がこちらへ向かって歩いてきた。
「夏目こそ、なんでここに?」
俺が思わずそう聞いたのは、正直俺の中で夏目は、こういったおしゃれな雰囲気の店とはかけ離れたイメージだったからだ。
「デートの下見っス! こういうお店、好きかなぁって思って調べてたんスけど、先越されちゃったっスねー」
夏目は何故かちらりと雪平の方を見てから、そう言って笑った。
「ここの紅茶とタルトはどれも美味しいから、夏目のセンスは間違っていないと思うよ?」
雪平はそう言って、夏目に向かってふんわりと微笑む。
「せっかくだし、一緒にお茶する?」
「あ……! いや。俺、今日はツレがいるっスから……」
夏目が慌ててそう言うのとほぼ同時に、夏目の背後から若い女性が現れた。ゆるふわの巻き髪に、スモーキーピンクのヒラヒラとした女性らしいコート。
夏目と同じ大学生くらいの可愛らしいその女性は、チラリと雪平を見るなり、夏目の腕を組んで甘えるような上目遣いで言った。
「夏目くんー? お知り合い?」
「あ、えっと……。こちらはラーメン屋のバイトで一緒の柊真冬さんと、そのお友達の雪平怜さんっス!」
夏目が女性に俺たちをそう紹介をすると、彼女は俺だけを真っ直ぐに見てニコリと笑う。
「こんちには! 私、加賀美リカでーす! 夏目君と同じサークルやってまーす。夏目くんがいつもお世話になってます!」
「えっと……ど、どうも……」
俺はとりあえずの愛想笑いを浮かべながら、リカにペコリと頭を下げた。
デートの下見のはずなのに、既に女の子と一緒……??
夏目は一体今、どういう状況なんだ??
何故リカは俺にだけ挨拶をしたんだ???
俺はこの良く分からない状況に、頭上にはてなマークを沢山浮かべて首を傾げた。
雪平は微笑みを浮かべたまま、何故か無言で夏目を見つめている。
「ああっ、リカちゃん! 二人の邪魔したらいけないっス! さぁ、俺達は席に戻るっスよ」
夏目は一瞬雪平の方を見てから、慌てたようにリカの手を取ると、元来た通路の方へ、リカの手を引っ張るようにして歩んでいく。
「じゃ、真冬。また明日っス! 雪平さんも、また!」
「え? あ……、うん。また明日……」
そう言って嵐のように立ち去る夏目とリカを見送ってから、俺は少し冷めてしまった紅茶を啜った。
「なんだか状況が良く分からないけど、夏目、可愛い女の子を連れてたね。夏目って、案外モテるのかなぁ?」
俺が呑気にそう雪平に問えば、雪平はクスクスと笑って、何故か上機嫌な様子で答えた。
「さあ? 夏目はまだ若いし、真面目で可愛いからね。……それより真冬、さっきの話なんだけど……」
そう言って雪平が自分のスマートフォンの画面を俺に見せる。
「真冬に酷いことをしたのは、もしかしてこの男……?」
「………!!」
そこに写っていたのは、隠し撮りと思わしきあの忌まわしい男の姿だった。
女性と親しげに腕を組む男が映るその背後には、見覚えのある風景。
巨大なマンションの影になり、陰鬱な空気の漂う、安いボロアパート。
二階へと伸びる、見慣れた錆びた階段。
枯れ草の伸びた、寂れた駐輪場。
そして。男と腕を組む、めかし込んだその女性は…………。
「母、さん……」
そこに映るのは、間違いなく俺の母親と、その母親が住むアパートだったーーーー。
俺の目の前に座る雪平の長く白い指先が、運ばれてきたティーボトルの取手を摘む。
雪平は長い黒髪を耳にかける仕草をしてから、目の前に置かれたティーカップに琥珀色の熱い液体を注いだ。
「どうぞ。クランベリーティーなんだけど、良かった?」
慣れた手付きで二人分の紅茶を淹れ終えた雪平は、恭しい仕草で俺にそれを勧める。
「うん。ありがと」
ゆらりと僅かに湯気を纏うそれは、俺の鼻腔に甘い果実の香りを届けた。
「いいえ。最近僕、この店のフルーツティーにハマっていて。真冬とも、いつか飲みたいなって思っていたから」
そう言って、雪平は微笑みながら紅茶に小さな角砂糖を一つ落とす。俺も雪平を真似て角砂糖を取り、差し出された紅茶のカップに落とした。
ここは半年程前、駅の近くに出来たばかりのカフェだった。
あの事件の際にバキバキに壊れてしまった俺のスマートフォンは、未だ警察の押収から戻ってくる気配はない。まぁ、戻ってきたとしたって、もう使い物にはならないだろう。
バイト代を貯めて先週ようやく新しいスマートフォンを買った俺は、雪平に新しい連絡先を知らせた。
「連絡先ありがとう。たまには昼間に僕とお茶でもしない? ちょっと相談したいこともあるし」
雪平にそう言われて、俺は二つ返事でオーケーし、今に至る。
「それで……相談って?」
俺は紅茶をティースプーンでかき混ぜながら、店の名物であるチーズタルトを口に運ぶ雪平に問う。
「ああ、そうだった。コレなんだけど……」
そう言いながら雪平はフォークを置いて、自分のスマートフォンを取り出して何やら操作をし出した、その時だった。
「あっれー!? 真冬じゃないっスか!? あれ、雪平さんも? なんでここにいるんスか?」
店の通路の奥から、見慣れた金髪頭の青年がこちらへ向かって歩いてきた。
「夏目こそ、なんでここに?」
俺が思わずそう聞いたのは、正直俺の中で夏目は、こういったおしゃれな雰囲気の店とはかけ離れたイメージだったからだ。
「デートの下見っス! こういうお店、好きかなぁって思って調べてたんスけど、先越されちゃったっスねー」
夏目は何故かちらりと雪平の方を見てから、そう言って笑った。
「ここの紅茶とタルトはどれも美味しいから、夏目のセンスは間違っていないと思うよ?」
雪平はそう言って、夏目に向かってふんわりと微笑む。
「せっかくだし、一緒にお茶する?」
「あ……! いや。俺、今日はツレがいるっスから……」
夏目が慌ててそう言うのとほぼ同時に、夏目の背後から若い女性が現れた。ゆるふわの巻き髪に、スモーキーピンクのヒラヒラとした女性らしいコート。
夏目と同じ大学生くらいの可愛らしいその女性は、チラリと雪平を見るなり、夏目の腕を組んで甘えるような上目遣いで言った。
「夏目くんー? お知り合い?」
「あ、えっと……。こちらはラーメン屋のバイトで一緒の柊真冬さんと、そのお友達の雪平怜さんっス!」
夏目が女性に俺たちをそう紹介をすると、彼女は俺だけを真っ直ぐに見てニコリと笑う。
「こんちには! 私、加賀美リカでーす! 夏目君と同じサークルやってまーす。夏目くんがいつもお世話になってます!」
「えっと……ど、どうも……」
俺はとりあえずの愛想笑いを浮かべながら、リカにペコリと頭を下げた。
デートの下見のはずなのに、既に女の子と一緒……??
夏目は一体今、どういう状況なんだ??
何故リカは俺にだけ挨拶をしたんだ???
俺はこの良く分からない状況に、頭上にはてなマークを沢山浮かべて首を傾げた。
雪平は微笑みを浮かべたまま、何故か無言で夏目を見つめている。
「ああっ、リカちゃん! 二人の邪魔したらいけないっス! さぁ、俺達は席に戻るっスよ」
夏目は一瞬雪平の方を見てから、慌てたようにリカの手を取ると、元来た通路の方へ、リカの手を引っ張るようにして歩んでいく。
「じゃ、真冬。また明日っス! 雪平さんも、また!」
「え? あ……、うん。また明日……」
そう言って嵐のように立ち去る夏目とリカを見送ってから、俺は少し冷めてしまった紅茶を啜った。
「なんだか状況が良く分からないけど、夏目、可愛い女の子を連れてたね。夏目って、案外モテるのかなぁ?」
俺が呑気にそう雪平に問えば、雪平はクスクスと笑って、何故か上機嫌な様子で答えた。
「さあ? 夏目はまだ若いし、真面目で可愛いからね。……それより真冬、さっきの話なんだけど……」
そう言って雪平が自分のスマートフォンの画面を俺に見せる。
「真冬に酷いことをしたのは、もしかしてこの男……?」
「………!!」
そこに写っていたのは、隠し撮りと思わしきあの忌まわしい男の姿だった。
女性と親しげに腕を組む男が映るその背後には、見覚えのある風景。
巨大なマンションの影になり、陰鬱な空気の漂う、安いボロアパート。
二階へと伸びる、見慣れた錆びた階段。
枯れ草の伸びた、寂れた駐輪場。
そして。男と腕を組む、めかし込んだその女性は…………。
「母、さん……」
そこに映るのは、間違いなく俺の母親と、その母親が住むアパートだったーーーー。
10
お気に入りに追加
168
あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・話の流れが遅い
・作者が話の進行悩み過ぎてる

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる