【完】死にたがりの少年は、拾われて初めて愛される幸せを知る。

唯月漣

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第一章 常春と真冬編

17)雪平、ときどき夏目。

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 冬の太陽が優しくぬくもりを落とす、昼下りのカフェ。
 俺の目の前に座る雪平の長く白い指先が、運ばれてきたティーボトルの取手を摘む。
 雪平は長い黒髪を耳にかける仕草をしてから、目の前に置かれたティーカップに琥珀色の熱い液体を注いだ。


「どうぞ。クランベリーティーなんだけど、良かった?」


 慣れた手付きで二人分の紅茶を淹れ終えた雪平は、うやうやしい仕草で俺にそれを勧める。


「うん。ありがと」


 ゆらりと僅かに湯気を纏うそれは、俺の鼻腔に甘い果実の香りを届けた。


「いいえ。最近僕、この店のフルーツティーにハマっていて。真冬とも、いつか飲みたいなって思っていたから」


 そう言って、雪平は微笑みながら紅茶に小さな角砂糖を一つ落とす。俺も雪平を真似て角砂糖を取り、差し出された紅茶のカップに落とした。






 ここは半年程前、駅の近くに出来たばかりのカフェだった。

 あの事件の際にバキバキに壊れてしまった俺のスマートフォンは、未だ警察の押収から戻ってくる気配はない。まぁ、戻ってきたとしたって、もう使い物にはならないだろう。

 バイト代を貯めて先週ようやく新しいスマートフォンを買った俺は、雪平に新しい連絡先を知らせた。
 


「連絡先ありがとう。たまには昼間に僕とお茶でもしない? ちょっと相談したいこともあるし」


 雪平にそう言われて、俺は二つ返事でオーケーし、今に至る。






「それで……相談って?」


 俺は紅茶をティースプーンでかき混ぜながら、店の名物であるチーズタルトを口に運ぶ雪平に問う。


「ああ、そうだった。コレなんだけど……」


 そう言いながら雪平はフォークを置いて、自分のスマートフォンを取り出して何やら操作をし出した、その時だった。



「あっれー!? 真冬じゃないっスか!? あれ、雪平さんも? なんでここにいるんスか?」



 店の通路の奥から、見慣れた金髪頭の青年がこちらへ向かって歩いてきた。


「夏目こそ、なんでここに?」


 俺が思わずそう聞いたのは、正直俺の中で夏目は、こういったおしゃれな雰囲気の店とはかけ離れたイメージだったからだ。


「デートの下見っス! こういうお店、好きかなぁって思って調べてたんスけど、先越されちゃったっスねー」


 夏目は何故かちらりと雪平の方を見てから、そう言って笑った。


「ここの紅茶とタルトはどれも美味しいから、夏目のセンスは間違っていないと思うよ?」


 雪平はそう言って、夏目に向かってふんわりと微笑む。


「せっかくだし、一緒にお茶する?」
「あ……! いや。俺、今日はツレがいるっスから……」


 夏目が慌ててそう言うのとほぼ同時に、夏目の背後から若い女性が現れた。ゆるふわの巻き髪に、スモーキーピンクのヒラヒラとした女性らしいコート。
 夏目と同じ大学生くらいの可愛らしいその女性は、チラリと雪平を見るなり、夏目の腕を組んで甘えるような上目遣いで言った。


「夏目くんー? お知り合い?」
「あ、えっと……。こちらはラーメン屋のバイトで一緒のひいらぎ真冬さんと、そのお友達の雪平れいさんっス!」


 夏目が女性に俺たちをそう紹介をすると、彼女は俺だけを真っ直ぐに見てニコリと笑う。


「こんちには! 私、加賀美かがみリカでーす! 夏目君と同じサークルやってまーす。夏目くんがいつもお世話になってます!」
「えっと……ど、どうも……」


 俺はとりあえずの愛想笑いを浮かべながら、リカにペコリと頭を下げた。

 デートの下見のはずなのに、既に女の子と一緒……??
 夏目は一体今、どういう状況なんだ??
 何故リカは俺にだけ挨拶をしたんだ???

 俺はこの良く分からない状況に、頭上にはてなマークを沢山浮かべて首を傾げた。
 雪平は微笑みを浮かべたまま、何故か無言で夏目を見つめている。


「ああっ、リカちゃん! 二人の邪魔したらいけないっス! さぁ、俺達は席に戻るっスよ」


 夏目は一瞬雪平の方を見てから、慌てたようにリカの手を取ると、元来た通路の方へ、リカの手を引っ張るようにして歩んでいく。


「じゃ、真冬。また明日っス! 雪平さんも、また!」
「え? あ……、うん。また明日……」


 そう言って嵐のように立ち去る夏目とリカを見送ってから、俺は少し冷めてしまった紅茶を啜った。


「なんだか状況が良く分からないけど、夏目、可愛い女の子を連れてたね。夏目って、案外モテるのかなぁ?」


 俺が呑気にそう雪平に問えば、雪平はクスクスと笑って、何故か上機嫌な様子で答えた。


「さあ? 夏目はまだ若いし、真面目で可愛いからね。……それより真冬、さっきの話なんだけど……」


 そう言って雪平が自分のスマートフォンの画面を俺に見せる。


「真冬に酷いことをしたのは、もしかしてこの男……?」
「………!!」


 そこに写っていたのは、隠し撮りと思わしきあの忌まわしい男の姿だった。
 女性と親しげに腕を組む男が映るその背後には、見覚えのある風景。

 巨大なマンションの影になり、陰鬱な空気の漂う、安いボロアパート。
 二階へと伸びる、見慣れた錆びた階段。
 枯れ草の伸びた、寂れた駐輪場。


 そして。男と腕を組む、めかし込んだその女性は…………。


「母、さん……」


 そこに映るのは、間違いなく俺の母親と、その母親が住むアパートだったーーーー。
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