【完】死にたがりの少年は、拾われて初めて愛される幸せを知る。

唯月漣

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第一章 常春と真冬編

4)俺、再び拾われる。

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「ほら、食べなよ!」


 店に着くなりカウンターに座らされ、数分の後。目の前に置かれたのは熱々のチャーシューメンだった。


「こないだ言ってた、うちの店の名物ラーメンだよ。これマジで絶対おすすめだから」


 そう言って、常春はカウンターの向こう側から俺に向かってブイサインをしてくる。
 正直、今の所持金で外食する余裕など無かったのだが、またもや助けてもらった手前、要らないとも言えない。


「ハルさーん、もしかしてまーた拾って来たんスかぁ?」


 背後から水を運んできた男が、常春に向ってそう言った。

 男は褪せた金髪を上半分だけゴムで括り、左耳には赤いピアス。一瞬ヤンキーを思わせるその顔は、笑うと僅かに猫目になって、途端に人懐っこい印象に変わる。
 色白ながらしっかりと筋肉のついた健康的な体つきをしている彼は、常春と同じ『ラーメンはる』の腰エプロンを巻いていた。
 胸には【夏目】と書かれた名札を下げている。


「多分ハルさん、お代は要らないって言うッスよ。だから遠慮なく」


 その男……夏目は、躊躇う俺に向かって笑顔でそう言うと、カウンターに水を置いてくれた。俺は遠慮がちに割り箸を割って、ラーメンに口をつける。

 丼の中の白濁したスープには、てらりと光る透明の脂が浮かぶ。それに沈むのは、黄味がかった滑らかな中華麺だ。行儀よく並んだ数枚のチャーシューはうっすらピンク色で、白濁したスープによく映えている。その隣には、小ぶりの味付け卵とメンマ、彩りを添える葱。

 俺にとって、数日ぶりの温かい食事だった。
 一口食べた瞬間、せきを切ったように食欲が溢れ、俺は夢中でそのラーメンを食べた。
 温かい麺が喉を通るたび、ほんわりとした熱が食道を伝って体を温める。芯まで冷え切っていた俺の体は、段々と内側からポカポカと温まってきた。
 優しい鶏ガラの旨味と昆布やカツオ出汁のコクが、口の中いっぱいに広がって、滑らかな細麺は驚くほどするすると胃袋へ納まる。

 夢中でラーメンを食べていると、俺はふと視線を感じて顔を上げてみた。ニコニコと俺が食べる様を見ていた常春と目があって、俺は少しだけ気まずそうに目を逸らしてから言った。


「お、おいしいよ……」


 俺の台詞を聞くと、常春はパアッと明るい表情になり、カウンターキッチンから出てきて嬉しそうに俺の横の席に座った。

「だろだろー!? この界隈の店ん中じゃ、うちのチャーシュー麺はかなりレベル高いと思うんだよなー、我ながら!」


 常春は、興奮気味に俺にそうまくし立てた。


「なぁなぁ、もう一枚チャーシュー食うか?」
「ハールーさん!」


 背後から夏目がやってきて、常春を低い声で嗜める。


「いつもそんな事ばっかやってっから、うちの店は儲からないんスよ!」


 そう言いつつも、夏目は俺のコップに水を注ぎ足してくれる。


「い、いつも??」


 俺はほぼ汁だけになったラーメンの丼を両手で持ちながら、夏目に向って聞いた。


「そーっス。ハルさんってば、困ってそうな人とか、メシ食ってなさそうな人見ると、放っておけないタチなんっス。ほら、ここらは一本通りの向こうに出たら歓楽街でしょ? しょっちゅう拾ってくるんスよ。アンタみたいな困ってそうな人間を!」


 そう言って夏目は、常春を呆れたような顔で睨んだ。


「今日だってその腕、めっちゃ擦り剥いてるし。ハルさんが中華鍋振れなくなったら、炒飯とかの注文はどうするんスか! 俺、鍋は振れないっスからね!」
「えっ……!?」


 ーーーーそうだ。
 あのとき、常春のダウンジャケットは大きく擦りむけていた。本人はケロリとしていたし、分厚い綿に被われていたから、てっきり怪我はないと思っていたのに……。

 俺は慌てて隣に座る常春の腕を掴むと、厨房着の袖を捲り上げた。そこにあったのは丁寧に貼られた大きなガーゼで、中心には点々と僅かに血が滲んでいる。


「ご、ごめん……! 助けてもらったのに、俺……、気付かなくて……」


 俺は申し訳なさに肩を落とす。


「いーからいーから! むしろ怪我をしたのが俺で良かったよ。昔から俺、体だけは丈夫でさ!」


 常春は本当に悪びれない。ニコニコ笑いながら、俺が捲くった腕をしまう。


「そんなことより、真冬。大分顔色良くなったな? こないだより更に死にそうな顔して歩いてたから、思わずまた連れて帰ってきちゃったんだけどさ。何かあった?」


 そう優しく聞かれても、説明に困る。


 どこまでは言っても良くて、どこまでは言ってはマズイのか。睡眠不足の頭はなかなかその答えを弾き出してはくれなくて、俺は再び黙り込んでしまった。


「言いたくない?」


 常春の言葉にコクリと頷きかけ、俺は迷った末に最低限だけを答えた。
 

「夢を……。怖い夢を……見るんだ。最近は、毎日……。それで一人だと、あまり眠れなくて……」


 そう答えてから、すぐに俺は後悔する。
 怖い夢を見るから眠れないだなんて、冷静に考えたら小さな子供が母親に訴えるような内容だったからだ。俺は恥ずかしくなって、膝の上に視線を落として俯いた。

 そんな俺の頭を、常春は優しく撫でた。


「それは大変だったな。どんなに頑張ったって人間は寝ない訳にゃあいかないし、夢からは新幹線に乗ったって逃げられないもんなぁ? 辛かったな、真冬」
「あ……」

 まさかの全肯定だった。
 頭を上げれば、常春は穏やかな目をして俺の頭を撫で続けてくれている。それから常春は少し考えるような仕草をすると、こう言った。


「なぁ、それって寝る時に一人じゃなかったらオーケーってことか?」
「ええっと、そういう時もあるけど、誰かの腕の中なら……」 


 そこまで答えかけて、俺は慌てて口を噤む。常春がやたらと優しくするから、俺は危うく口を滑らせそうになったのだ。


「うん? じゃあ、添い寝ならオーケー?」
「えっ……。ええっと、そう……かも」


 常春の意外な質問に、俺は思わず答えを濁した。すると常春はぱあっと明るい表情で上を指差しながら言った。


「なら、ここの二階で寝ていけよ! ちょうど俺も、夜の営業まで休憩に入るとこだったからさ。昼寝でもしようかと思ってたんだ」


 そう言いながら、常春はエプロンを外してカウンターの上に置く。


「ーーやれやれ。まーたハルさんのお節介病が始まった」


 暖簾を外しに外に出ていたらしい夏目が、いつぞやに俺が激突した電飾看板を重そうに片付けながら、一人ごちる。

 その後、スープを飲み干してすっかり空になったラーメンの丼の底を見つめながら、何がなんだか分からないまま、俺は二人の閉店作業をただぼんやりと待っていたのだった。
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